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119日目:仮想の仮装(後編)

「知り合い?」

「えっと、左々木(ささき)さんです。前に話した、ココさんの」


 ココさんの、なんだろう。私なんかが『友だち』とか断じてしまっても良いのだろうか。


 前までは心の中で取り巻きと呼んでいたけれど、流石に今はそんな失礼なことは言わない。


「友だち、で良いよ。ココの友だち」

「そっかぁ。修学旅行では莎楼がお世話になったみたいで、ありがとうねぇ」

「お世話だなんて、そんな。ウチこそ助けられましたよ」

「そんな先輩、お母さんじゃないんだから」


 確かに私がクラスメートと上手くやっているかどうか、以前から相当心配されていたけど。


「それで、注文は?」

「えっと、何がオススメですかね」

「大体なんでも美味しいよ。軽く済ませるならキッシュとかオススメ」

「じゃあ、ボクはじゃがいもと牛肉のキッシュとアイスコーヒーで」

「では、私は海老と明太子のキッシュとストロベリーラテを」

「かしこまりました」


 そう言って、左々木さんは恐らく厨房の方へと消えていった。


 服装こそメイドさんのようだが、別にメイドさんというわけでは無いらしい。私と似ている。


 改めて店内を見渡すと、レンガ風の白い壁紙にいくつかのメニューが書かれた紙が貼られている。


 観葉植物が沢山あって、随分と緑が溢れている。パキラ、モンステラ、アイビーにサボテンまで。店主の趣味だろうか。


「ねぇ莎楼」

「はい?」

「ササキはココの友だちって言ってたけど、莎楼もササキと仲良いの?」

「悪くはない、と思いますが。ココさんの隣に居る人なので、自然と関わることが多いと言うか」


 きっかけはそれよりも前、左々木さんがセイナさんとキスしているところを見てからだと思う。


 そこから別に何があったわけでも無いけれど、普通に接することができているのは凄いことかもしれない。


「そっかぁ。どんどん友だちが増えてるんだねぇ」

「友だち……?」

「どうしたの、突然感情が芽生えたロボットみたいになったけど」


 先輩の的確なツッコミに笑いを堪えつつ、疑問に感じたポイントに戻ろう。


 果たして、私と左々木さんは友だちなのか。


 先輩と私は友だち、ということに少し前まではなっていたけれど、それを基準に考えると友だちではない気がする。


 ココさんやセイナさん、左々木さんに(さかずき)さん……友だちと言うのは容易いけれど、私が言っても良いものなのかな。


「先輩は、ニケさんとアラさんと親友ですよね」

「そうだねぇ。それがどうかしたの?」

「私は、親友どころか友だちかどうかも断言できないんですよ」

「そんなに難しく考えなくてもいいんじゃない?」

「そう、ですかね」


 そんな話をしていたら、左々木さんがキッシュと飲み物をお盆に乗せて来た。


 ふわりとバターの匂いが香ってくる。美味しそう。


「どうぞ。熱いうちに食べるのがオススメです」

「ありがとぉ。あ、ねぇササキ」

「はい?」

「ササキは、莎楼と友だち?」

「ちょ、先輩?」

「ウチはそう思ってますけど。それが何か?」

「ううん。ありがと」


 そう言って、先輩は左々木さんに笑顔で手を振った。


 困惑しつつも、それに会釈で返す左々木さん。クールな表情が崩れることは無い。


 それにしても左々木さん、即答だったな。


 セイナさんといい左々木さんといい、どうしてそんなに私によくしてくれるんだろう。謎だ。


「さ、キッシュ食べよっかぁ」

「そうですね」


 ナイフとフォークで、一口大に切る。ザクザク、と小気味の良い音が鳴る。人参の次くらいに気持ち良いかもしれない。


 小海老と明太子が、チーズに包み込まれている。見た目の威力は申し分無し、むしろバターの香りと相まって火力過多とも言える。


「あむ……。んっ、美味しい!」

「ボクのキッシュもすっごくおいしぃよ!」

「海老も明太子も食感がしっかりしていて、それがキッシュのサクサク感と相性抜群で……」

「ボクにも一口ちょーだい?」

「どうぞ。先輩のもちょうだいね?」


 垂れる髪を耳にかけ、あーんと口を開ける先輩。


 それを見て、心臓が大袈裟なくらいに高鳴る。良かった、停止するかと思ったけどちゃんと動いてる。


 一呼吸おいて、先輩の可愛い口にキッシュを運ぶ。


「うんっ、こっちもおいしぃねぇ。海鮮とチーズって、どうしてこんなに相性がいいんだろうねぇ」

「本当ですよね。では、次は私の番ですよ」

「はい、あーん」


 あーんって言いながら自分の口もあーんの形になる先輩、可愛すぎて好き。子どもの歯を磨く母親みたいだ。


「……じゃがいもと牛肉、めっちゃ合いますね」

「だよねぇ。これは革命だよ」


 随分と上機嫌な先輩を見て、なんとなく散策して良かったと心から思う。


 やっぱり、美味しいものを食べる先輩を見ていると、幸せな気持ちになれる。


 ストローをくわえてアイスコーヒーを美味しそうに飲む先輩も、絵になる。


「……あ!」

「んぅ、何?」

「先輩、ストローを見せてください」

「普通のプラストローだよぉ。未来では紙になるらしいけど」

「そうなんですか? いや、そこじゃなくて。……あ、ふふっ」

「な、なぁに?」


 噛まれて潰れた吸口を見て、思わず笑ってしまった。


「先輩は、欲求不満ですね」

「んなぁっ、はっ、にゃあ!?」


 キャラ崩壊を招いてしまった。


 先輩は三大欲求が全て強い、って普通に言ったことあるのに、どうしてそんなに狼狽するんだろう。


 左々木さんとは全然違うリアクションで面白い。 


「私の()()()が、ストローを噛む人は欲求不満だって言ってまして」

「な、なるほどねぇ。てっきり誘われたのかと思って慌てちゃったよぉ」

「誘われ……? あっ違いますよ!?」

「う、うん。わかってるよぉ」


 そんなつもりは無かったのに、ほんの数秒前の自分を思い返すと恥ずかしくてしょうがない。


 欲求不満はどっちだって話だ。ストロベリーラテのストローを思いっ切り噛もうかな。


「……ねぇ、キッシュとキッスって似てない?」

「そ、そうですね……?」

「欲求不満なの認めるからさ、あの……あとでチューして?」

「それはもちろん、いつでもしますよ」

「ごほん。……あのさ、外では気をつけなよってウチ言ったよね?」


 怒っているのか呆れているのか、少なくとも笑っていないことは間違いない表情の左々木さんが、水のおかわりを持ってやってきた。


「ご、ごめんなさい」

「他に客も居ないし、ウチに聞かれても大丈夫だと思ってるんだろうけど」

「あはぁ。だってササキは、莎楼の友だちなんでしょ?」

「……信頼として受け取っておきますよ。水、おかわりする?」

「いえ。そろそろ帰ります」

「お会計は一緒?」

「うん。ボクが払うから一緒でいいよぉ」


 また奢られムーブになってしまった。あとで払おう。


 断られても絶対に渡そう。最悪の場合、知らぬ間にポケットとかにねじ込んでおこう。


 先輩がご主人様の仮装をするとしても、メイドが払わない理由にはならないし。


 ……いや、普通は使用人が払うのかな。それとも、ご主人様が気前の良さを見せるのかな。


 支払いを終えた先輩と、手を繋いで店を出る。また左々木さんに注意されそうだけど、やっぱり手は繋いじゃう。


「いやー、おいしかったねぇ」

「美味しかったですね。左々木さんは嫌がるかもしれませんが、また来ましょう」

「うんっ」

「それじゃ、駅に戻る前にしちゃいますか」

「あはぁ。大胆だねぇ、欲求不満なの?」


 仕返しのつもりですか、とか。


 そんなこと言うならしませんよ、とか。


 そういう言葉でも良かったんだけど、なんだか違う気がした。選択肢の一番下に表示された台詞を選ぶ。


「そうですよ。私、先輩のせいで欲求不満になっちゃったんです」


 先輩の次の言葉を待たず、キスをする。


 キッシュを切る感覚も悪くなかったけど、先輩の唇の感触に勝るものはこの世に存在しないね。

大変更新が遅くなり申し訳ございません。本作は4周年を迎えることができました。これもひとえに、今この部分を読んでくださっているあなたのおかげです!本当にありがとうございます。

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