119日目:仮想の仮装(前編)
ハロウィン2日前。
「それじゃあ、また放課後ねぇ」
「はい、楽しみにしてます」
今日は火曜日、お互いにバイトは休み。
放課後に遊ぶ約束をして、第二理科準備室を出る。
喜びと笑みを抑えきれず、主に口の端から感情がダダ漏れになっているのを感じる。無表情は無理でも、限りなく真顔に近づけてから教室に入る。
「おはよう、茶戸さん」
「おはよ、クグ!」
「おはようございます、セイナさんに左々木さん」
2人に挨拶を返して、軽くクラスを見渡す。
昨日の3人組の姿は見当たらない。まさか休みじゃないよね。セイナさんかココさんが圧をかけたんじゃないか、とか勘繰ってしまう。
「……セイナ、なんか茶戸さんと親密になってるね」
「嫉妬してるの、シオリ?」
「してない」
「欲求不満な上に、嫉妬までしてるの?」
「うるさ」
ニヤニヤするセイナさんと、それをあしらう左々木さん。
なんとも微笑ましい光景を眺めつつ、席に座る。
いや、これは本当に微笑ましいで片付けて良いのだろうか。私のせいで険悪になったりしたら最悪だ。
「あ、あの。左々木さん」
「何。別に、私のことは名前で呼ばなくて良いからね」
「わかってますよ。私と仲良くしたいわけじゃないですもんね」
「……いや、割と仲良くはしたいよ」
「えっ」
意外な発言に驚いていると、チャイムが鳴り響いた。それとほぼ同時に、ココさんが教室に入ってきた。
「セーフ!」
ココさんは野球の審判のように、両腕を横に広げる。
「アウトだ」
しかし、その背後から現れた糧近先生が正しいジャッジを下した。
「えー、カテキン厳しい」
「もっと余裕を持って教室に入れ。今日は見逃してやる」
「前言撤回、カテキン優しい」
「さっさと座れ」
「はーい」
今までは、ただ私が気にしていなかっただけなのかもしれないけど、自分のクラスってこんなにも青春ものっぽい雰囲気だったんだ。
まるで学園ドラマのようだ。もしくは日常系の漫画。
いや、日常生活を漫画にしたのが日常系なのであって、日常生活を見て日常系みたいだと思うのは順序が逆か。
苺の匂いをショートケーキの匂い、と言うようなものだ。
「さて。それじゃあ、校長からの伝言をお前らに伝える」
「校長先生……?」
「全校集会じゃなくて、伝言……?」
クラス中がざわつくが、糧近先生が両手を叩くと一斉に静かになった。
「明後日は何の日かわかるか」
「……ハロウィンですか?」
「そうだ。ハロウィン当日は、制服以外の着用を許可すると校長が決めた」
「なん……だと!?」
「コスプレしてもいい……ってコト!?」
「落ち着けお前ら。過度な露出や、著しく授業の進行を妨げるような服装じゃなければ、基本的に自由だそうだ」
「つまり、私服も良いんですね」
「その通りだ、茶戸。そして勿論、制服で来ても良い」
なら、私は制服で登校しようかな。
先輩はどうするんだろう。と言うより、他のクラスや学年はどうするんだろう。少し気になる。
なんせ練羽高校始まって以来、初の試み。全く想像が付かない。
「これは余談だが、もし誰も仮装しなかったら泣いちゃうかもしれない、と校長は仰っていた」
「校長を悲しませるわけにはいかねぇ!」
「やってやろうぜ!」
男子の謎の一体感に、少し気圧される。
まぁ、これだけ生徒から信頼と人望が厚いのは良いことか。
「だってさー。クグルちゃんはどうする?」
「普通に制服で来ますよ」
「メイド服、着ようよ」
「……いやいや、流石にそれは」
学祭後に1度だけ袖を通し、今は我が家のクローゼットの中で眠っているメイド服。まさかここに来て急に出番がやってくるとは。
このままだと、あの時にメイドをやった生徒が全員着てくる、という流れになりかねない。
「私も着るからさー、ね?」
「当日、私だけが着てくるみたいな展開になりません?」
「ならないよー。皆が着てるのを確認してから着替えても良いからさ」
「それなら、まぁ」
「そもそも、私だって電車の中では制服だよ?」
「あっ」
そうか。私の中では、家を出る時から着てくるイメージだった。冷静に考えたら、そんなハズが無かった。
男女問わずメイド服を着て通学する姿、シュールで面白いけど。
「メイドをやってない人は、悪いけど自由で。あと私服で来たい人はメイドじゃなくても良いよー」
「それは何故ですか」
それなら私も私服で来たいけど。正確には制服で来たい。
「多分だけど、私服登校をしたいって意見が多くなってきたから、校長が実験的にやることにしたんだと思うんだよね」
「ふむ」
「で、ハロウィンの日に私服で来る人が多かったら、校則を変えるかもでしょ」
「なるほど。仮装ということにすれば、仮に私服のセンスを指摘されても平気ですもんね」
何度か私服登校を可にしてほしい、という生徒からの嘆願書が出ているのは私でも知っている。
正直、毎日服を選ぶのは面倒なので、制服の方がありがたい。服選びで悩むのは、先輩とのデートだけで十分。
「そこまでは言ってないよー?」
「失礼しました」
「じゃあ、これで俺からの話は終わる。1時限目の準備をしておけよ」
「はーい」
先生の言葉を受け、教科書とノートを準備する。
今日の放課後が楽しみだ。先輩は仮装するのかどうか、訊かなくちゃ。
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「莎楼はメイド服着るの!?」
「目が飛び出してますよ、ギャグ漫画くらい」
放課後。先輩と手を繋いで、学校の近くを歩いている。
すぐに電車に乗っても良かったんだけど、ちょっと歩きたいと先輩が言ったので歩いている。この前もそうだけど、目的も無く歩くのが先輩は好きらしい。
私も好きだけど。
「だってさぁ、そんな……」
「先輩が嫌なら着ませんよ」
「イヤじゃないよぉ」
本当に嫌ではないみたいで、にっこり微笑む先輩。
学祭で色んな人に見せたし、今更独占したいとか言わないか。
「先輩は何か仮装するんですか?」
「んー。どうしようかなぁ。君と違って、ボクは学祭の時と同じ格好はできないし」
「そうですね。著しく授業の進行を妨げますもんね」
怖すぎて記憶が曖昧だけど、腸とか溢れ落ちていた気がする。
「君がメイドなら、ボクはご主人様になろうかなぁ」
「……なるほど?」
「あんまりピンときてないでしょ、その顔は」
「はい。メイドさんや執事はなんとなくわかるんですけど、ご主人様の服装は多種多様では」
「例えばさぁ、君に首輪とリードを着けて、それをボクが引いて歩いてたらご主人様に見えるでしょ?」
「た、喩えですよね? わかりやすく伝えるための例ですよね?」
「……?」
「なんでピンときてない顔してるんですか!?」
きょとん、ととぼけるその顔はあまりにも可愛くて、この表情を浮かべられたら最後、あらゆる余罪の追及も逃れられるだろう。
いや、先輩はなんの罪も犯してないけど。強いて言うなら、私の心を盗んだくらいのものだ。うん、やめよっか。
「あはぁ。まぁそれは、学校ではやらないとして」
「いつでもやりませんよ?」
「……なんで?」
「あっまたその顔して」
本当に理解不能だと言わんばかりのその表情も、あまりにも可愛いが過ぎる。
先輩は自分の容姿が、世間一般的に言うところの美人に該当している自覚が薄い。にも関わらず、何故こんなにも可愛い表情を瞬時に出せるのか。
「そういうプレイは嫌い?」
「私は犬ではなく、ネコなので」
「にゅっ、ぅぎゅ……」
「乳牛?」
聞いたことのない呻き声を上げ、バタバタと手を動かす先輩。ゴキゲンな蝶にも見えるし、溺れている人にも見える。
「……あれ?」
先輩が落ち着くのを待っていると、いつの間にか見たことの無いお店の前に居た。
オシャレな外観で、真っ白な外壁が綺麗だ。どうやらカフェらしい。
「先輩、知らないカフェの前まで来ちゃいましたよ」
「じゃあ、入ってみよっか」
「はい」
扉を開けると、メイド服に身を包んだ店員さんが駆けて来た。
「いらっ……しゃ……」
メイドさんは私たちを見て硬直し、顔色をお店の外観に負けないくらい真っ白に変えた。
「左々木さん……?」
次回、五十右さんの次は左々木さんを掘り下げ!?需要はあるのか!?乞うご期待!




