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118日目:噛み対応

セイナ→五十右さん、シオリ→左々木さんです。そろそろ定着してきましたでしょうか。

「……」

「どうしたの、クグルちゃん」

「えっ、あ、いえ。別に」

「何ー? 話してごらんよ」

「ココさんに話しても仕方ないので」

「失礼じゃなーい?」


 昼休み、教室。


 何故か私は、ココさんと一緒にご飯を食べている。


 隣の席には、五十右(いみぎ)さんと左々木(ささき)さんも居る。


 2人は、同じ袋からスティックパンを取り出して食べている。アレをシェアする人、初めて見た。


「いや、なんというかですね。その……」

「『ココさんに恋バナしてもわかんないだろうしな』って顔してるよー?」

「うぐっ」

「まぁ、確かに私は自分で恋はしないけどさー。誰よりも他人の恋を見てきた実績はあるよ」


 確かに、小説家と読書家が違うように、映画監督と映画好きが違うように、ココさんは恋愛経験が無くても知識量は桁違いだろう。


 ココさんに話してみよう、と思ったタイミングで、隣の五十右さんが目を輝かせて身を乗り出してきた。


「茶戸さん、恋してるの!? 彼氏とか居る感じ?」

()()()居ません」


 彼女も居ないけど。実はまだ付き合ってないけど。


「ふーん。セイナも今は彼氏も彼女も居ないけど、恋バナなら大歓迎の大賛成!」

「そ、そうなんですね」

「セイナ。茶戸さんが引いてるからやめな」

「良いじゃん、だってシオリもココも恋バナしないんだもん」

「左々木さんもしないんですね」


 2人は付き合っているわけではない、と前に言っていたけど、やっぱりそうなのかな。


 ココさんが居る手前、あまりそういう話題にならないように気をつけているのかもしれないけど。


「ウチは……まぁ、そうだね」

「というわけで茶戸さん、セイナと知識豊富なココが聞くから話してみて!」

「では、その。皆さんは、フェチってありますか」

「私は『他人フェチ』かな」

「セイナはね、高身長と筋肉が好き!」

「ウチは特に無い」


 ココさんのそれは、フェチと言っても良いのだろうか。


 五十右さんのはフェチっぽい。特定の部位や行為、シチュエーションに対する執着がフェチだよね。多分。


「なるほど。あのですね、その……相手を噛むっていう行為について、悩んでいまして」

「噛み癖のある男と付き合ったことあるけど、セイナは嫌だったなぁ」

「つ、強く噛むとか?」

「んー。あれって欲求不満とか独占欲から来るからさ。セイナのことが好きでしてるのは違うかなって」


 欲求不満、独占欲。


 失礼だけど、先輩にめちゃくちゃ当てはまる気がする。


 いや、私のことを好きという前提でしているとは思うけど。でも、思い返せばキスだって、先輩がしたいから始めたことなわけで。


「なるほど……」

「欲求不満といえばさ、見てこれ!」


 そう言って五十右さんは、左々木さんの飲んでいるカフェオレを指差す。正確には、先の潰れたストローを。


「シオリも欲求不満!」

「うるさっ。良いでしょ別に」

「否定しないんだ」

「否定しないんですね」

「茶戸さんまで……」


 先輩は、ストローを噛んでいただろうか。


 そういう自分はどうだろう。噛んでいないつもりではいるけど、こういうのって無意識だったりするからわからない。


 子どもの頃は、爪を噛む癖があった。お母さんに言われて、なんとか矯正したのは記憶に新しい。


「でも、欲求不満って悪いことじゃないと思うよー。全く欲が無い方が、私は怖いかな」

「良いこと言いますね、ココさん」

「良いことしか言わないよ、私は」

「そんなことは無いのでは?」


 いつから名言製造機になったのか。


 確かにココさんは良いことをよく言うけれど、名言を並べて信者をはべらせて、クラスの中心として君臨している……なんて、クラウドファンディングで荒稼ぎする教祖紛いの人みたいでなんか嫌だな。


 ココさんだって、普通の女の子なんだから。


 話がそれなりの着地点に到着したところで、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。


「シオリ、残りのパン食べていいよ」

「いらない」

「えー。じゃあセイナが持って帰るからね」

「うん」


 スティックパンの行方を見届けつつ、自分の席に戻る。


 ちょっと前の自分なら、他の人の席を借りてご飯を食べるなんて、絶対にしなかったな。


―――――――――――――――――――――


「茶戸さん。最近さ、調子に乗ってるよね」

「……」


 放課後。掃除で出たゴミを捨てに行った帰りに、同じクラスの女子3人に絡まれてしまった。


 ココさんが味方で居る間は、こういうイベントは起きないって噂だったのに。


「黙ってないでなんか言ったら?」

「ココに気に入られてるからってさ」

「学祭前までは影の薄い、陰キャだったのにさ」


 こんな、漫画とか小説みたいなことって本当にあるんだ。


 思春期特有の、面倒なイベント。


 肯定も否定も、反論も特に無い。仰る通りですと頭でも下げて、さっさとバイトに行きたい。


 というか、きっと先輩が玄関で待ってくれているだろうし、こんなところで足止めを食らうわけにはいかない。時すでに遅しだけど。


「……あの。ココさんと仲良くしたいなら、そうすれば良いじゃないですか」


 なるべく、角が立たないような言葉を選ぶ。


 私に嫉妬するのはお門違いだし、そもそも別に私からココさんに取り入ったわけじゃないし。


 調子に乗ってる、という部分はやや否定できないけども。


「なんなんだよマジで……」

「ムカつくんだよ、お前みたいな奴が一番!」


 奇遇ですね、私もです。


 口に出したらレスバを通り越して拳が飛んできそうなので、必死に無言を貫く。


 しかしそれこそ漫画じゃあるまいし、ここで誰かが通りがかって助けてくれるなんて期待できないし、全く気乗りはしないけど謝っておくか。


「努力もしないで嫉妬丸出しの人の方が、セイナは嫌いだけど」


 心にも無い謝罪が飛び出す寸前で、五十右(いみぎ)さんが3人の背後から現れた。


「ミギー……!」


 シリアスっぽいシーンなのに、そのあだ名で少し笑いそうになる。


「五十右さん。どうしてここに?」

「ゴミ捨てに行ったきり帰ってこないから、心配になってさ。同じ掃除当番として見に来たってわけ!」

「ありがとうございます」

「ミギー、なんでコイツの味方すんの。アンタ達にとっても邪魔なんじゃないの!?」


 それと同じことを思っているので、そこに関しては同意する。


 誰も立ち入れないくらい完成している3人組に、私という異物(イレギュラー)が参加しているのは変に見えて当然だ。


「別に。ココが茶戸さんのことを面白いって思ってるなら、それは尊重するべきだし」

「……なんだ、ミギーもココに嫌われないように必死ってわけか」

「当たり前じゃん。逆に、好かれる努力も嫌われない努力もしてないのに、どうしてココと仲良くできると思ってるの?」


 目が怖い。いつもニコニコしている五十右さんの目が、深い闇のように3人を睨んでいる。


 そういえば、ココさんは誰からも好かれる反面、誰のことでも好きなわけじゃないって左々木さんが言ってた。 


 私は別に、好かれる努力も嫌われない努力もしてないけど。一方的に、面白がられて『読まれて』いるだけ。


「ぐっ……」

「もう良い? 行こ、茶戸さん」

「は、はい」


 あんなに元気いっぱいだった3人は、俯いたまま微動だにしない。


 明日こそ報復とかされるんじゃないだろうか。怖いな。


「いやー、ココが人気すぎて困っちゃうね」

「ココさんのせいでは無いですけどね」

「そう言ってくれると、セイナも嬉しい」


 いつものような笑顔で、五十右さんは微笑んだ。


「あ、そうだ。もうさ、茶戸さんって呼ぶのやめても良い?」

「えっ、あ、はい。それはもう、ご自由にどうぞ」

「サド……チャー、サッド……?」

「名前でも良いですよ」

「それはココと被るからダメ! 誰が茶戸さんのことを呼んでるか、読者は混乱しちゃうでしょ?」

「そんなココさんみたいなこと、言わないでくださいよ」


 そんな私のツッコミも何処吹く風で、1人でウンウン唸りながら私の呼び方を考えている。


 あまりあだ名を付けられることが無いから、内心嬉しかったりして。


「クーグル……」

「検索エンジンっぽいですね」

「チャド……」

「霊圧が消えそうです」

「ふっ、あははっ! 面白いこと言うね!」

「恐縮です」

「うーん、じゃあクグ! で、セイナのことも名字じゃない呼び方して?」

「ミギーさんですか」

「可愛くないから却下!」


 じゃあ、どうして他の人には許しているんだろう。


 まさか本当に、右手に別の生命体が寄生しているわけじゃないだろうし。


「セイナさん、で良いですかね」

「良いよ!」


 名前で呼んで欲しかったのかな。自分の名前が好きなのかもしれない。


 お互いの呼び方を決めていると、教室に着いていた。他の当番には先に帰ってもらったらしい。


「じゃ、また明日ね。クグ」

「はい、また明日。セイナさん」


 鞄を持って、先に教室を出たセイナさんの背中を見送る。


 少し間を置いてから、私も教室を出る。


 急いで階段を下りると、玄関前のベンチに座っている先輩が見えた。


「先輩」

「莎楼。遅かったねぇ、掃除が長引いたの?」

「すみません、ちょっと色々ありまして。バイトの時間は大丈夫ですか?」

「うん、平気ぃ。ちょっと充電したいんだけど……いい?」


 周囲を確認する。さっきの3人に見られでもしたら、それこそ大変なことになるだろうから。


「キスですか、それとも噛みます?」

「じゃあちょっとだけ噛ませてもらおっかな」

「……欲求不満ですね」

「ふぇっ!?」

「あれ、違いました?」

「ボクって欲求不満なのかな」

「自覚無いんですか?」

「だって別に不満はないよ?」


 おや、そうなると私を噛む理由がわからない。


 キスと同じようなもので、そんなに深い理由は無いのかも。


「じゃあ、バイトの前にバイトしてください」

「biteってことぉ? 上手いこと言うねぇ」


 目を細めて笑った先輩が、私の肩にあごを乗せる。


 かと思った次の瞬間、耳を甘噛みされた。歯を使わず、唇で食まれる。


「んっ……」


 満足したと見えて、割とすぐに耳から離れた。


「はい、ちゅー」

「ちゅ、んむ」


 からのキス。朝もしたのに、やっぱり先輩は欲求不満だ。


 なんて、私もだけど。

先輩の出番、少なくてごめんなさい。

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