117日目:ゴースト・イン・ザ・ルーム
ハロウィンです。ハロウィン気分でお読みいただけると幸いです。
10月27日、日曜日。
今年のハロウィンは平日なので、地域によっては今日イベントがあったりするそうだ。
ハロウィン自体は割と好きだけど、流石に仮装して外を練り歩く度胸も趣味も無いので、今日は先輩の家でハロウィンパーティーをする程度に留めておく。
いや、個人的にはとても楽しみにしていたので、その『程度』は本家を上回る程度だったりする。
呼吸を整えて、先輩の家のインターホンを押す。
『はーい。今行くねぇ』
先輩の弾む声が、機械的なフィルターを通して届く。
ドア越しに、急いで駆けてくる音が聞こえる。
そして解錠音の後に、すぐにドアが開いた。
「おかえりぃ、莎楼」
「たっ、ただいま。先輩」
言葉に詰まったのは、尊さにやられてしまったからではない。
いや、勿論それも無いわけじゃないけど、真っ白なシーツを被ったゴーストが出迎えてくれたら、誰だって少しは驚くだろう。
「もう仮装してたんですね」
「うん。シーツ被るだけの、簡単なやつだけどねぇ」
そんな会話をしながら、ゴーストの後ろに着いて階段を上る。
……あれ、スカートの裾みたいに揺れるシーツから覗く脚が、あまりにも生脚すぎやしないだろうか。
「せ、先輩?」
「なぁに?」
「そのシーツの中って、何か着てますよね?」
「ううん?」
「なんで!?」
まだトリックオアトリートって言われていないのに、既に悪戯がスタートしていた。
いや、私に対する悪戯と決まったわけではないけど。
「なんでって……イタズラだよ?」
決まってた。
「せめて、お約束の言葉くらいは言ってくださいよ」
「トリックオアトリック!」
「一択!」
一応お菓子も用意しておいたけど、どうやら出番は無さそうだ。後で、休憩時間的なものがあったら出そう。
刺激的すぎる悪戯に悩殺されながらも、なんとか階段を上り終えて、先輩の部屋に入る。
「じゃあ早速なんだけどぉ、君にはこれを」
そう言いながら、先輩は頭から被っているシーツを脱ごうとした。
「だっ、ダメだよ!? 裸になっちゃうんでしょ!?」
「大丈夫だよぉ。見慣れてるでしょ?」
「そ、そういうことじゃなくて」
先輩は、羞恥心が標準装備されていないのだろうか。
思い返せば、照れたり恥ずかしがったりすることがほとんど無いように思える。なんか悔しいな。
私の悪戯で、先輩の顔を真っ赤にできないだろうか。それを今日のログボってことにしたい。
そんな悪巧みをしている間に、先輩はシーツを脱ぎ終えた。覚悟を決めて、一糸まとわぬ姿になった先輩を見る。
「……あ、あれ?」
「あはぁ。裸じゃなくて残念だったねぇ」
「し、下着は着けてたんですね。いや別に残念じゃないですけど?」
「さすがのボクも、全裸は恥ずかしいよ」
そう言いながら、軽く頬を赤らめて照れ笑いする先輩。
こんなに可愛いゴーストなら、年中大歓迎だ。
下着姿の先輩から、ゴーストなりきりセットという名のシーツを受け取る。それを、服の上から被る。
「よいしょっと」
「カイガン!」
「どうしたんですか、先輩」
「命、燃やして?」
「物騒ですね……」
きちんと穴の開いている部分に目を合わせ、狭い視界から先輩を覗く。
「どうですかね」
「可愛い! お菓子あげるね!」
「あとでお菓子パーティーしましょうね」
可愛い、と言われて悪い気はしないけど、シーツを被っただけのゴーストは褒めるに値するのだろうか。
「じゃあ次はねぇ」
「先輩、その前に何か着てください」
「あはぁ。じゃあ、これを着よっかなぁ」
そう言って、先輩は黒のローブらしきものを取り出した。
それを羽織り、角の生えたカチューシャを着ける。なるほど、ドラキュラか。確かにハロウィンのイメージがある。
黒のニーハイを履いたところで、先輩は笑顔でゴーストを押し倒しにかかってきた。
「えっ、うわっ」
狭い視界でそれを回避することは不可能に近く、あっさりと押し倒されてしまった。
ベッドの上では無いけれど、絨毯が思ったよりも柔らかく受け止めてくれた。
「せ、先輩……?」
「血ぃ、吸わせて?」
「なんで下着の上からローブを……これじゃあサキュバスでは……?」
話が入ってこない。肌面積の広い部分にばかり目が行く。
コスプレを愛している先輩が、こんな下着同然の格好をコスプレと呼ぶとは思えない。
「血ぃ、吸うよ?」
「えっ、本気ですか」
がぶり。
シーツの上から、噛まれた。
「いっ、痛っ……くはない」
「そりゃあ、本気では噛まないよ?」
「目が本気でしたけどね」
仮に本気で噛んだところで、吸血できるかは別問題だろうけど。
先輩の犬歯が、血が出るほど深く突き刺さるシーンを妄想してしまった。何故だろう、悪い気はしない。
「失敗したなぁ」
「何をですか?」
「口の部分も、穴を開けておくべきだったなぁって」
「ふふっ。じゃあこれを脱いで人間に戻るので、改めて吸血してください」
「そんなこと、軽々しく言っていいの? わたしに血を吸われるってことは、永遠に夜の眷属になるってことなのよ?」
声色も口調も、急に別人のようになる先輩。
でも確か、どこかで聞いたことがあるような台詞。
急いでゴーストから人間に戻り、改めて先輩のコスプレを見る。狭い視界ではわからなかった細部が見えたことで、完全に理解した。
「サキュバスと吸血鬼のハーフ、キュリーナ?」
「せいかーい。よかったぁ、伝わらなかったらどうしようかと思ったよぉ」
キュリーナ=サドラ。
私が過去にプレイしていたゲームに登場するキャラで、眷属を増やすことにも精気を吸うことにも興味が無い、という設定の人物。
サキュバスの血を引いているけど恋を知らず、吸血鬼の血を引いているけど血が苦手、という部分に自分を重ねたりしていた。名前も少し似てるし。
「あれ。先輩にキュリーナの話をしたこと、無かったよね?」
「そうだねぇ。今やってるゲームのキャラでもないし」
「偶然、ですか?」
「どうだろうねぇ」
不敵な笑みを浮かべ、先輩は私の頭に手を添えた。
もしかして、また私が忘れてしまっているだけだろうか。
ログボを渡すようになる前に、そんな会話をしたりしたのかな。全く思い出せない。
「莎楼ぅ。そんなことより、もう……いい?」
「は、はい。どうぞ、今日のログボです」
確認しなかったけど、キスのことだよね。
まさか、首筋に噛みついたりしないよね。
「ひっ、ぅん」
首筋を舐められた。不意打ちだったので、想定外の声が出てしまった。少し恥ずかしい。
「さすがに噛んだりはしないよぉ」
「そ、そうですか。無いんですか、そういう願望」
「ボクがキス以外にしたいこと?」
「はい。そういうフェチというか、なんというか」
「……えっと。ちょーっとだけなんだけど」
「はい」
「か、噛みたい……」
先輩は私から目を逸らして、頬を染めた。
思っていた形とは違うけど、先輩の照れている顔を見ることができた。
……見たことがないわけじゃなかったけど、とんでもない破壊力だ。世界で一番美しい赤色は、先輩の頬という名のパレットの上でしか生まれない。
「じゃあ、今度からはキスじゃなくて噛むのをログボにします?」
「噛むのはさ、たまにでいいよぉ」
「え、今後も頻繁に噛むつもりなの?」
「ダメ……?」
「試しに噛んでみてください、その強さで決めます」
まさか、思い切り噛むってことは無いと思うけど、緊張してきた。
今の先輩は、吸血鬼だし。しかも露出過多な。
「指、噛まれたことあるぅ?」
「無いですけど」
「じゃあ、ボクの噛む力でボクだってわかるように、覚えてね?」
「先輩以外の人に噛まれる予定、無いですけど……」
変なフラグや伏線ではないことを祈ろう。まさか、最終回で回収されることも無いだろうし。
いや、最終回って何?
完全に先輩の影響を受けちゃってる。
「あむっ」
「んっ……。案外悪くないですね」
「痛くない?」
「平気ですよ。多分、もう少し強くても大丈夫」
「こう?」
上目遣いで私を見ながら、少しだけ強く噛む先輩。なんだか、とても良くないことをしている気分だ。
指の腹、やわらかいところに歯が食い込む。ギリギリ痛みを感じない。それよりも、息遣いや口内の熱の方が凄い。
「覚えましたよ。先輩の噛む力」
「じゃあ、次はチューしよ?」
「そっちは忘れようがないので、安心してください」
すっかりハロウィンも何も関係無くなってしまったけど、結局はいつも通りのログインボーナスが嬉しかったりする。
コスプレをしている先輩を前に、いつも通りも何も無いか。でも、キスをするってことはいつも通りってことだ。
そんな日々を、大切にしていきたい。
指に残る先輩の感覚が、その気持ちをより強くする。
更新遅れてすみません!今年もよろしくお願いします!
 




