113日目:アイ(ドント)ノウ・ミスマッチ・イズ・トゥルー
※重たい話が苦手な方は、2人がキスするところまで飛ばしてお読みください。
「それじゃあ、ボクの親戚について説明するね」
今日は火曜日。お互いバイトも無いので、先輩の家で勉強をすることになった。
そしてテストに向けた勉強の前に、先輩のやや複雑な親戚事情についての勉強が始まった。
今日の先輩は眼鏡をかけているので、なんだか女教師モノ感が出ている。
別にそういう趣味は無いけど、普段とのギャップにやられそう。やられる。やられた。
「そんなに覚えることはないし、一切記憶しなくても支障がないから安心してねぇ」
「誰に言ってるんですか、それ」
「あと、親戚とか家族との付き合いで、ボクみたいにイヤな思いをしたことがある人は気をつけてね」
「誰に対する配慮なんですか、それ」
私はちゃんと親戚関係を把握しておきたいし、親族関係で嫌な思いをしたことも無いので当てはまらない。
ネットとかではそういう話をたまに見かけるけど、先輩のことを知ってから初めて、それらはおとぎ話ではなく現実の話なんだと実感した。
「それじゃあ前置きはこれくらいにして、おばあちゃんの苗字でもある『越阿山』の説明から始めよっかな」
そう言って先輩は、ルーズリーフに家系図らしきものを書き始めた。
「おじいちゃんは早くに亡くなってて、おばあちゃんの子どもはママとテラコさんのお母さんだけなんだぁ」
「つまり、越阿山という姓を名乗っているのは、もうメナミさんだけなんですね」
「うん。で、一応ボクとテラコさんが本家ってことになるんだけど、跡継ぎはいないんだよね」
どうやら由緒ある一族のようで、跡継ぎが居ないことを分家の人々は危惧しているらしい。
「おばあちゃんとテラコさんは、このまま一族が衰退していくことに賛成の立場なんだよ」
「えっ、テラコさんもなんですか」
「うん。だからボクが個人的に怖がってるだけで、どちらかと言うと味方なんだよね」
「なるほど……」
つまり、先輩が本当に会いたくないと思っている親戚の方々というのは、分家の人たちってことか。
私自身は親戚付き合いとは無縁だし、本家とか分家はおろか従姉妹すら居ないわけだけど、きっと先輩はそういうところで苦労し続けてきたんだろうな。
そういえば、前に先輩のお母さんは「男の子を望んでいたあの人にも」って言ってたけど、つまり先輩は母親サイドの親族にも、父親自身にも重圧をかけられ続けていたってことか。
「……あはぁ。なんか暗くなっちゃったね」
「でも、おかげさまでよくわかりました」
私がどうしないといけないのか。先輩に何をしてあげられるのか。
それもわかった気がする。
「でも変ですね。苗字が違う直系の子孫、という意味では先輩もテラコさんも立場は同じですよね」
「うん」
「なんなら、歳上のテラコさんの方が跡継ぎに近いのでは」
「いいところに気がついたねぇ。でも、それにしても吹空枝の方が可能性が高いって思われてるんだぁ」
「……あ。先輩の両親が不仲だから、ですか」
先輩の両親が離婚して、苗字を越阿山に戻す可能性。
再婚相手が婿入りしてくれたら、そのまま苗字を残すことができる可能性。
それか、先輩が男性と結婚をして、その人に婿入りしてもらう可能性。
「正解。さすが莎楼だね」
「こんなに正解しても嬉しくないのは、初めてです……」
自分で想像したことなのに、吐き気を催すほどの嫌悪感に襲われる。
血の繋がった人間を、血統書付きの動物か何かのように思っている親族が居るってことか。
手を伸ばした先の、その隣にはそんな地獄があったのか。
「そんな感じで、ボクの親戚の話は終わり。さ、テスト勉強を始めよっか」
「いやいや、このままだと私の余憤が治まらないのですが」
「な、なんで怒ってるの……?」
「先輩を困らせる、全ての敵に対して怒っています」
もしくは、他人に深入りしないことを信条とし過ぎて、この話を聞くのが遅くなってしまった自分自身に。
でも、これだけ親密になったからこそ聞けたのかもしれない。親密度に応じて開放されるイベントってことにしておこう。
「もぉ。怖い顔しないでぇ?」
「キスしたら治る、かも」
「じゃあ、今すぐしよ。んべ」
「舌を絡ませる気、満々ですね」
綺麗なピンク色の、私より少し長い舌が誘惑してくる。
もしかしたらこのピンク色の蛇が、アダムとイブを唆したのかもしれない。それなら納得だ。
禁断の果実みたいに真っ赤な唇に、自分の唇を重ねる。
「んちゅっ……」
「んむ、んっ、ちゅぷ……」
一応、朝も第二理科準備室でログボは渡したんだけど。
先輩のキスは、まるで1週間ぶりとでも言わんばかりの激しさだった。口の中で、蛇が暴れている。
「んむぐぅ!?」
あっ、えっ、嘘。窒息する。
落ち着いて、ゆっくり鼻から息を吸う。
しかしそれにより、濃度が高すぎる先輩の匂いが脳に達する。
「んっ、ぅん……んぷ、んぶ……」
私の頭が、ベッドに乗った。覆い被さるように、先輩は容赦なくキスを続ける。
これをキスと呼ぶかは怪しいけど。一方的な捕食行為と表現した方が、しっくりくるかもしれない。
「んろ……ぇぷ……」
「ぷはぁ。前から思ってたんだけどね?」
「は、はい?」
「莎楼ってさぁ、キスしてる時いーっぱい唾液が出るよねぇ」
「おっ、思っても言わないで!?」
「あはぁ。別に恥ずかしいことじゃないよぉ?」
「いや、私が恥ずかしいので……」
だって、口の中に自分のモノじゃないモノが入っていたら、自然と分泌回数が増えるものでしょ。
ご飯を食べている時と同じで、しかもあんなに口内を遠慮なしに攻められたら、溢れ出るのは自然なことだと思う。
だからこそ、恥ずかしいことじゃないよって先輩は言ってくれたのかもしれないけど。
「それじゃあ、今度こそ勉強するぅ?」
「……ん」
「なぁにその顔。まだ足りない?」
「え、あっ違いますよ!? 呼吸を整えていただけんむぅ」
「ほっぺ、やわらかいねぇ」
両手で、むにむにと頬を捏ねられる。
たまにされるけど、実はこれ好き。絶対に言わないけど。
笑顔の先輩に、されるがままの私。抵抗する理由も無いので、ひたすらむにむにされる。
「ねぇ、先輩」
「んぅ?」
先輩の手が止まる。止まっただけで、手は頬に当たったままだけど。
「勉強頑張るからさ、おばあちゃんの誕生会もテストも終わったら、どっか遊びに行きませんか」
「うん! どこがいいかなぁ」
「んむんむ」
先輩は明るい表情で、デート先を考えながら再び捏ねだした。後で膨らんだりしないだろうか。
でも、先輩がすっかり元のテンションに戻って安心した。
基本シリアス無し、って前に言ったのは先輩だからね。
基本シリアス無し、大事なことです。




