112日目:Tがやって来る
※Tをお忘れの方は、60日目をご覧ください。
「……あれ?」
放課後。校門の周りがざわついている。
前にもこんなことがあったな、と既視感を覚えつつ、先輩と一緒に近づく。ヒアさんだったら良いけど。
「あらぁ。待っていたわよ、カサネちゃん」
人が集まるのも無理はない。
真っ白な肌に、腰辺りまである黒髪。右目には黒い眼帯を着けていて、この街では滅多に見かけないゴスロリを着た女性が、そこに立ってるのだから。
「てっ、テラコさん!?」
しかも、首輪……チョーカーではなく、犬が散歩する時に装着するような太くて大きな首輪を着けた、スーツ姿の男性と女性がテラコさんの両脇に立っている。
男性は金髪で長身、女性はピンク色の頭髪を左右で結っていて、私たちとそれほど歳は離れていないように見える。
なんにせよ首輪を着けているので、白昼堂々、高校の前に居て良い風体とは言えない。
「ここで会えて良かったわ。家には行きたくなかったから」
「あっ、あの。先輩にお話があるなら、場所を変えませんか」
震えて目が泳ぎっぱなしの先輩に代わって、助け舟を出す。
ここだと目立つし、他の生徒に見られるのはきっと良くない。
「そうねぇ。ジャック、運転して」
「かしこまりました、剎子様」
5人で校門を出ると、すぐ近くに停まっていた車に乗るよう促された。
車に詳しくない私でも知ってるような高級車に、緊張しながら乗り込む。
運転席には金髪の男性、助手席にはテラコさん。その後ろに私たち2人が、更にその後ろにはピンク髪の女性。挟まれてしまった。
相手の土俵に上がるのは良くないかもしれないけど、あのまま校門前に居ても仕方がなかった。
そう自分に言い聞かせ、さっきから全く言葉を発さない先輩の手を握る。汗ばんでいて、小刻みに震えている。
「と言っても、別に長々と話すつもりは無いのよ」
「そうなんですね」
「あらぁ。カサネちゃん、もしかして寒い? 暖房を強くする?」
「えっ、エト……大丈夫デス、はい」
先輩にとって、テラコさんは恐怖そのものだと言っていた。
私にはわからないけど、確かに綺麗な顔に貼り付けてある笑顔には、何か裏があるような気がする。
金髪の男性が運転を始めた。車が静かに動き出す。
「11月3日。何の日かわかるわよね」
文化の日だ。祝日を忘れがちな私でも覚えている。
でも、これは先輩に対する問いかけだろうから、黙っておこう。
「おばあちゃんの誕生日、デスよね……」
「ええ。今年も盛大にお祝いをするから、是非来て欲しいと思って誘いに来たのよ」
へぇ、流石はお金持ち。あの武家屋敷に、沢山の親戚が集まるのかな。
でも、それは先輩にとって苦痛に違いない。おばあちゃんのことは大好きでも、会いたくない親戚に囲まれるのは嫌だろう。
「あっ、で、でも、11月は後期中間テストがありまシテ、今年も参加は厳しいカナと思うわけ、です、ヨ」
「本家の孫が、1日や2日勉強しなかった程度で成績が下がるの?」
「じゅ、受験生なので……」
「毎年、何かと理由をつけて来ないじゃない。今度は受験生を盾にするなんて。私のこと、馬鹿にしてる?」
あ、まずい。
ココさん風に言うなら、この人は出る作品が違う。
以前に会った時は何が怖いのかわからなかった。けど、今ならわかる。
目に見えない巨大な手に、握られているような錯覚を覚える。自然と体が震える。
「ごっ、ごめんなしゃ……さい……」
「あのっ!」
「なぁに? サドちゃん」
「わ、私も行って良いですか」
「く、莎楼……?」
「あらあら、あらぁ。親戚でも無い貴女が、来て良いとでも思っているの?」
「はい。だって私、メナミさんに『おばあちゃんって呼んで良いよ』と言われましたから」
本当は『先輩の彼女ですから』くらいのことを言いたかったけど、事実と異なるし先輩に迷惑はかけられない。
「流石、おばあちゃんが認めた人ねぇ。ごめんね、試すようなことをして」
「……え?」
「カナ、2人に切符を渡して」
「はい、剎子様」
ピンクのツインテールの子が、背後から封筒を手渡してきた。私と先輩に1つずつ。
中身を確認すると、テラコさんの言う通り切符が入っていた。
「不行と尾途の往復券よ。おばあちゃんが2人分買ってくれたから、今回はカサネちゃんにも来てもらいたかったの」
「そ、それであんなに……お、おばあちゃんにありがとうって伝えてくだサイ」
「私からもお願いします」
「あらぁ、了解したわ。そうそう、もし葉織里さんも来れるなら、一緒に来ても良いのよ」
「あは、は。ご冗談を……」
ハオリさん、って誰だろう。このタイミングで名前が出てくるってことは、先輩の母親のことだろうか。
他所の親戚事情に首を突っ込むつもりは無いけれど、本当なら先輩よりも、先輩の母親の方が行かないといけないんじゃないかな。
きっと、いや絶対に行かないだろうけど。
会話は一段落したようで、車内は沈黙に包まれた。それでも、先輩の手を握るのは止めない。
「ジャック。そろそろハンバーガー屋さんの看板が見えてくるから、そこで停めて」
「かしこまりました」
「えっ、どうしてわたしのバイト先を知ってるんデスか」
「さぁ。どうしてかしらね」
それはまた、種類の違う恐怖。
普通に考えたら、おばあちゃん経由か、過去に先輩が話したことがあったかのどちらかだと思うけど。
これがココさんだったら、バイト先を知っていても怖くないんだけど。
先輩のバイト先に到着し、車は停まった。
「私も一緒に降ります」
「莎楼もバイトでしょ、遅れちゃうよ」
「大丈夫です。大丈夫だから、ね」
「あ、ありがと……」
先に降りて、次に先輩が降りる。勿論、手を繋いだまま。
「それじゃあ、楽しみに待っているからね」
「ハイ、勉強も頑張りマスので」
「失礼します」
走り去る車に頭を下げ、見えなくなったタイミングで先輩を抱きしめる。
「莎楼ぅ」
「よしよし。もう大丈夫だからね」
「こわっ、怖かったよぉ」
「私も恐怖を覚えました。でも、負けませんよ」
「あ、あとね。おばあちゃんのお誕生日会、一緒に行くって言ってくれてね、すごく嬉しかった」
「あれはもう勢いでしたね……。でも、それも想定されていましたね」
本当におばあちゃんが私にも来てもらいたい、と思ってくれているなら嬉しい。
答えが出ました、って話したいと思っていたし。
私の腕の中で大人しくしている先輩の震えは、ほとんど治まってきた。もう大丈夫そうかな。
「それじゃ先輩、バイト頑張ってね」
「ありがとぉ。莎楼も頑張って」
「はい」
笑顔で見送り、駅を目指す。そんなに時間は経ってないし、バイトには余裕で間に合いそうだ。
11月はテストくらいしかイベントが無いと思っていたから、突然のイベント発生に少しだけ心が躍る。
「絶対に先輩を、守ってみせる」
私の勇気は、恐怖なんかに負けない。
なるべく重たくならないように頑張ります。




