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110日目:食べ歩きデート(ディナー編)

(これが正しいフルコースとは思わず、なんとなくで読んでいただけると幸いです)

 弐舞下(にぶげ)に到着してから数分で、〈Stupid Days〉に行くことができた。予約した時間の10分前だと先輩は言った。


 あかりの灯る階段を、ゆっくり下りる。下りた先にあるドアには、『本日貸切』とプレートが下げられている。


「先輩、どうやら貸切らしいですが」

「おかしいなぁ。確かに予約はしたけど、6席あるって話だったから貸切にはならないはずなんだけど」


 恐る恐る扉を開けると、微笑む店主のケイさんと目が合った。


「いらっしゃいませ。お待ちしていました」

「えっとぉ、ボク貸切にはしてないんだけど……?」

「ふふっ。本日の夜の予約は吹空枝(ふくうえ)様だけだったので、貸切ということにしたんですよ」

「普通に来るお客さんも居るのでは?」

「まぁまぁ、細かいことは良いじゃないですか。さて。夜はランチの時とはシステムが違いまして、私が決めたコースが勝手に出てくるものとなっております」


 なるほど。ランチも別にこちらの希望が通るようなシステムでは無かったけれど、これはこれで楽しみ。


 間接照明と、天井からぶら下がるレトロなランプに照らされているカウンター席に座る。


 食べ歩きマップには、「何故か食べたいものが全て見抜かれてしまう」と書かれていた。流石はココさんの母親、と言ったところだろうか。


 席に着いてまだそんなに時間が経っていないのに、早速料理が運ばれてきた。


「お待たせしました、前菜(オードブル)のトマトとチーズのブルスケッタです」


 私と先輩の前に、同じ皿が置かれる。


 斜めにカットされたバゲットの上に、トマトとモッツァレラチーズが乗っている。オリーブオイルがふんだんにかけられていて、その上にバジルが添えられている。


「サクサクでおいしぃねぇ」

「そうですね。初めて食べました」


 トマトとモッツァレラ、つまりカプレーゼが乗っているわけだけど、カプレーゼと言えば先輩の家で作ったパスタを思い出す。


 随分と前のことのように思えるけど、あれは6月のことだからそこまで前では無いか。最近、ってほど直近の出来事でも無いけど。


「お待たせしました。スープの味噌汁です」


 続いて運ばれてきたのは、まさかの味噌汁だった。


 確かにコースとは言ったけど、フレンチとは一言も言ってなかった。和食にも中華料理にもイタリアンにもコースという概念はあるし、それらをお客さんに合わせて織り交ぜているのだろう。


吹空枝(ふくうえ)様の味噌汁は卵と玉ねぎと油揚げ、茶戸様の味噌汁はネギと豆腐と茄子です」

「すごいねぇ、ボクの好みドンピシャだよぉ」

「あら、それは良かったです」


 まずは一口、軽く味噌汁を啜る。口の中に広がる出汁の香りが、一気に多幸感をもたらした。


「鰹と……あごだしですかね。深みがあって美味しいです」

「君が作る味噌汁もおいしぃけどねぇ」

「ふふっ、ありがとうございます」


 少し前の私だったら、顔を真っ赤にして狼狽しつつ味噌汁を噴き出していたに違いない。


 先輩の言葉を素直に受け取って、微笑む精神的な余裕すらある。成長している。


 私たちが味噌汁を食べ終えたタイミングで、ケイさんが次の料理を運んできた。


魚料理(ポワソン)(うなぎ)の蒲焼きです」

「鰻の蒲焼き!?」


 流石に驚きが隠せなかった。確かに魚料理ではあるけど、フルコースの魚料理でお目にかかるとは思いもしなかった。


「わぁ、ボクうなぎ食べるの初めてぇ」

「えっ!?」

「そ、そんな驚くぅ?」

「そりゃ、それなりに驚きますよ……」


 また驚きが隠せなかった。

 でもまぁ確かに、外食の選択肢として選ぶことは少ないだろうし、親が買わないなら自分で買って食べるような食材でも無いか。


 私だって、お母さんが買ってこなきゃ食べないだろうし。


「あの、串打ちも焼きも全部ケイさんが?」

「はい。安心してください、ちゃんと修行をしていますから」

「いえ、別に不安や懸念は一切無いんですけどね」


 そういう私も、お店で鰻を食べるのは初めてかもしれない。北海道で回転寿司を食べた時も、鰻は頼まなかった。


 照り輝いたタレ、ふっくらとした身。白米に乗っていない鰻を食べるのは初めてだ。


「……!」

「うなぎってこんなにおいしぃんだねぇ!」

「いや、これはレベルが違うというか……。これが人生初の鰻となると、もう先輩は他の鰻は食べれないかもしれません」

「そうなのぉ? 魚じゃないみたいだねぇ、お肉とも違うけど」

「鰻は『鰻』って感じですよね」

「そうだねぇ。それがしっくりくるね」


 感想もほどほどに、先輩は鰻を串ごと食べかねない勢いで食べ進める。こんな先輩、初めて見た。


 先輩が食べているところを永遠に眺めていたいけれど、それだと自分の食事が進まない。


 何かを得るためには何かを犠牲にしないといけない、そんなジレンマ的でパラドックス的な何かに葛藤しながらも箸を進める。


「喜んでいただけたようで何よりです。ここでお口直しに、マンゴーのソルベをお召し上がりください」


 確か魚料理と肉料理の間に提供されるんだっけ、ソルベって。


「へぇ、ここでアイスが出てくるんだねぇ」

「厳密には、ソルベはシャーベット等とは違うものらしいですよ」

「そうなんだぁ。物知りだねぇ莎楼は」

「そんなことありませんよ。付け焼き刃です」


 綺麗な黄色をした、丸い形に盛り付けられているソルベをスプーンですくう。軽い感触に驚きつつ、口に運ぶ。


「さっぱりとしていて、本当に口直しにピッタリですね。甘すぎず、でも味が薄いわけではないというか」

「そうだねぇ。脂肪分がないのかな、あっさりしてる」


 口の中がリセットされたところで、いよいよメインディッシュが運ばれてきた。


 否が応でも期待が高まる。ハードルの高さは、世界記録保持者でも跳べないくらいにまで上がっている。


肉料理(ヴィヤンド)()野菜(レギューム)の北海道産黒毛和牛のステーキと、人参のグラッセととうきびです」

「全部北海道産なのぉ?」

「はい。お2人がご旅行に行ったという話を聞いたので、北海道にこだわってみました」

「とうきび、とは?」

「北海道では、とうもろこしのことをとうきびと言うんです。他の地域でも使われる、一種の方言ですね」

「勉強になるねぇ。じゃあ、早速食べよぉ」


 ナイフとフォークを駆使して、一口大にステーキをカットする。スっと切れるほど柔らかい。焼き加減はミディアムレア。


 味付けは塩胡椒らしく、ソースはかかっていない。

 それを一気に頬張った瞬間、立ち上がりかねない勢いで先輩は感嘆の声を上げた。


「やわらかい! そしておいしぃ!」

「こんなお肉、食べたことないです」

「ボクはあんまりステーキって食べないんだけど、これはどんどん食べれちゃうねぇ。野菜もおいしぃし」

「でも先輩、お肉好きですよね」

「うん。でもボクは子どもっぽいからさ、ハンバーグの方が好きなんだよねぇ」


 子どもっぽいかどうかはともかく、言われてみると確かに、先輩はステーキよりハンバーグを頼んでいる気がする。


 しかしそんなことは関係無く、先輩はもうステーキを完食していた。


 ステーキを切りながらふと考える。鰻に国産の黒毛和牛まで出てきたことを加味すると、このディナーのコースは尋常ではないほど高級なのではないか。


 食べ歩きマップ持参で多少の割引はあるけれど、それにしてもかなり高価に違いないだろう。


「お金のことは考えないでさぁ、目の前のごはんを楽しも?」

「えっ、やっぱり先輩は心が読めるんですか」

「読める読める」

「てっ適当な返事……!」

「いいからぁ、冷める前に食べちゃいな?」

「そうですね、先輩をお待たせするのも悪いですし」


 先輩もステーキも待たせすぎると良くないので、それなりの速度で口に運ぶ。うん、やっぱり美味しい。


 鰻の蒲焼きと黒毛和牛のステーキを一度に食べることなんて、これから先の人生で無いんだろうなと思った。


 次にこの店に来ても、きっと違うコースなんだろうし。


「ふぅ。後は食後のデザートですね」

「はい。デセールの、3種のベリーケーキです。これでコースは終了ですが、食後もご歓談をお楽しみいただいて大丈夫ですからね」

「ありがとうございます」

「ありがとぉ」


 目の前に置かれたケーキは、苺とブルーベリーとラズベリーが鮮やかさと可愛さを演出している。同じくベリー系のソースもかかっていて、とても美味しそう。


 いや、今日出てきた全ての食事が美味しかったので、美味しそうというより美味しいことは約束されている。


 フォークで一口分を取って食べると、先輩は目を閉じて静かに息を吐いた。


「これは……恋の味だねぇ」

「甘酸っぱいってことですか?」

「君の恋は甘酸っぱいの?」

「いや、割と甘々ですけど」

「もぉ、そういうこと言っちゃうところも好きぃ」

「はいはい」

「てっ適当な返事!」


 ケイさんのご厚意に甘えて、ケーキを食べ終えてからもしばらくお喋りを楽しんだ。


 一品ずつ振り返って味の感想を再言語化したり、先輩はすっかり鰻の虜になってしまったり、また来ようねと約束したり。


「そういえば、この後はどうします?」

「んー。君の家に帰って、お風呂入って寝るかなぁ」

「じゃあ、そんな感じで」

「うん」

「すみませんケイさん、お会計お願いします」

「はい。食べ歩きマップ持参ということで、その分を割引きしまして」

「あっ待ってぇ。莎楼は先に出てて?」

「えっ、どうしてですか?」

「ふふ。心配しなくても、そんなに高くないと思いますよ」


 値段を聞いたら私が萎縮すると思って、気を利かせてくれたのか。流石は先輩、優しい。優しすぎるくらいだ。


「でもボクは予約した人だから、値段はわかってるよぉ?」

「学生割引もありますから。お2人合わせて7千円です」


 あのフルコースで7千円。1人7千円って言われても、なんの疑いもなく支払うレベルだったのに。


「あっ先輩、自分の分は払いますよ」

「予約したのはボクだし、ここは払わせて?」

「で、でも……」

「いいからぁ。こういう時くらいは先輩にお任せあれ、だよ」


 こういう時じゃなくても、私はいつも先輩に助けられてるよ。


 私の恋が、人生初の恋が甘々なのは先輩のおかげなんだから。


 結局、先輩は2人分の料金を支払ってくれた。

 次に何処かで食べる時は、絶対に高速で財布を出そうと誓った。


「ごちそうさまでしたぁ」

「ごちそうさまでした。また来ます」

「ありがとうございました」


 深々と頭を下げるケイさんに見送られながら、お店を後にした。外はすっかり暗くて、秋であることを再認識する。


「ごちそうさまでした、先輩」

「あはぁ。いいんだよぉ、思っていたより安くしてくれたし」

「やっぱり、あんなに安いわけないですよね」

「そうだねぇ。あれじゃ採算が合わないと思うなぁ」


 手を繋いで、駅を目指して歩く。流石に満腹になったからなのか、それとも来る時に歩いたからなのか、徒歩で帰ろうという流れにはならなかった。


「ねぇ、先輩」

「んぅ?」

「帰ったらさ、その……お、お礼ってわけじゃないけどさ、えっと……デザートなんてどうです?」

「じゃあ、コンビニに寄ってから帰る?」

「そうじゃなくてね……?」


 声を震わせて瞳を潤ませて、上目遣いで言う。

 なんてことは先輩じゃないからできないけど、精一杯の勇気を出して言葉を紡ぐ。


「あのっ。甘々なログボとか、欲しくないですか?」

「いいのぉ!?」

「いっ、はい、いいですよ」

「えへへぇ、あふふふぅ」


 今日食べたような豪華なフルコースは出せないけど、先輩の人生に足りないものを満たせるようなログインボーナスなら、きっと私にも出せる。


 それにしても軽率な発言だったかな、と思いつつも、後悔も反省も一切湧かないので気にしないことにした。

本当に本当に本当に更新が遅くなってすみません。生きてます、エタってません。次こそはすぐに更新します。よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 莎楼の甘々なセリフも読めたし、エタっていたわけ出もないようなので万事OKです!(良い表現出てこなくて偉そうになっちゃってすみません…) これからも時々逃げたりもしつつ、頑張り過ぎない程度に…
[一言] メニュー考えるのが大変そうです… 暑いですから無理されずに。
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