104日目:コドモチック(後編)
ハンバーグ作りとパジャマパーティーと。
「はい、こちらが冷蔵庫で寝かせておいたタネです」
「3分で作るのぉ?」
「実際は10分くらい尺がありますよね、あれ」
脳内に、おもちゃの兵隊のマーチが流れる。いや、10分でハンバーグは完成しないけど。
牛と豚の合い挽き肉に、豚の挽肉も混ぜてある。それと卵と玉ねぎを半分、パン粉と塩胡椒にナツメグを少量と、隠し味に味噌とマヨネーズの入ったタネ。
味噌とマヨネーズを入れると美味しい、とお母さんも言ってたしハンバーグ専門店の店長もテレビで言ってた。
「では、タネを丸めてこねてハンバーグにしていきます」
「ハンバァァァァグ!!」
「どうしたんですか先輩」
「えっ、冷たい。そんなぁ、付け合わせのミックスベジタブルを見るような目で見ないでよぉ」
「カサちゃん、おかしくなっちゃった……?」
「ほら、キツちゃんも困惑してますよ」
もしこの場に読者が居たらどんなリアクションをしただろうか。間違えて違う物語を閲覧してしまったのではないかと、二度見したりしそうだ。
「おかしいなぁ、バイト先だと大反響だったのに」
「そういえば、ハンバーガーを作ってる先輩ならハンバーグを作るのも得意だったり?」
「たまにこねたり焼いたりはするけど、得意ってわけじゃないかなぁ。センパイはどうしてハンバーグを作らないんだろ。ハンバーガーは普通に食べるし」
確かに、少なくとも嫌いというわけではないんだろう。
単純に面倒なだけじゃないのかな。捏ねると手が汚れるし、後でボウルを洗うのも結構大変だったりするし。
それこそヒアさんに訊かないとわからないことなので、私たちが考えても仕方ない。
「それでは、ハンバーグの形にしていきましょう」
「ボクは200グラムにするね」
「流石ですね。私は色んな味で食べたいので、小さくして複数作ります」
「クグルさん。いろんな味、って?」
「和風おろしとか、ソースとか。色々な種類があった方が楽しいじゃないですか」
「えーそれいいなぁ、ボクもそうする」
「先輩なら、200グラムでも3個くらい食べれますもんね」
「さ、さすがにそんなには食べないよぉ?」
冗談ではなく、割と本気で言ったけど否定されてしまった。普段の先輩の食べる量から考えると、それくらいは余裕だと思うけど。
3人で黙々とハンバーグを成型し、それを油を熱したフライパンに並べていく。
「片面を1分ほど焼いて、ひっくり返してから蓋をして蒸し焼きにします」
「ハンバーグの生焼けは危険だからねぇ」
「はい」
特にキツちゃんが居る今回は、普段よりも更に気をつけないといけない。
「蒸し焼きしている間に、ソースを作りましょう。先輩は残っている玉ねぎを、醤油とみりんとかでアレしてください」
「うん。じゃあタイラちゃんには、大根をおろしてもらおっかなぁ」
「う、うん。がんばるね」
適当な指示にツッコミが来るかと思ったのに、先輩は指摘をせずにソースを作り始めた。玉ねぎを刻んで、醤油とみりん、水とレモン果汁を適量入れて混ぜ合わせている。
それを小鍋に入れて、火にかける。凄い、私の先輩はやっぱり凄い人だ。いつも明るくて、へにゃりとしてるから忘れがちだけども、先輩は本当に凄い人なのだ。
先輩に見蕩れつつ、キツちゃんがおろしてくれた大根を皿に移す。食べる時にハンバーグに乗せて、ポン酢をかければ完成。
「そろそろ焼き上がるので、ご飯と箸の準備をお願いします」
「はぁい」
「わたしは何をすればいい?」
「キツちゃんは、私がハンバーグを盛った皿を運んでください」
「わかった」
約6分ほど蒸し焼きにしたハンバーグの1つを割って、中を確認する。うん、ちゃんと火が通っている。
大皿に全部盛って、それをキツちゃんに運んでもらう。ソースは小鍋のまま、各自スプーンですくってかけるスタイルにしよう。
全ての準備が整ったところで、3人とも椅子に座って手を合わせる。
「それでは、いただきます」
「いただきまぁす」
「いただきます」
先輩の作ってくれたソースをかけて、ハンバーグを箸で割る。溢れる肉汁とソースが混ざって、皿の上に広がる。
それを絡めて、口に運ぶ。口の中に広がる肉の旨みと、濃すぎないソースの相性が絶妙。
「うん、すっごく美味しい!」
「和風おろしもおいしぃよぉ、いくらでも食べれちゃいそう」
「すごくおいしい……!」
やはり味噌とマヨネーズの効果だろうか。まるでお店のような味わいに、箸が止まらない。
ハンバーグをご飯の上に乗せて、その上に大根おろしとポン酢をかける。それを割って、ご飯と一緒に食べる。
「はぁー……幸せ」
「お肉からしか得られない幸福成分ってあるよねぇ」
「ありますよね」
子どもっぽいと思われるかもしれないけど、私はステーキよりハンバーグが好きなので、特に喜びが大きい。しかも先輩と一緒に作って食べるなんて、夢のようだ。
「今度、わたしも作ってみようかな……」
「センパイ、喜ぶと思うよぉ。いや、喜ばないという選択肢はないね」
「そ、そうかな」
「そうだよ。もし喜ばなかったらぁ、ボクが怒っちゃうからね!」
「先輩にそんな度胸があるんですか?」
「あ、あるもん!」
ヒアさんに怒る先輩、想像もつかないな。逆なら想像できちゃうけど。
というか、誰に対しても怒る先輩なんて想像できない。いつか私も、怒られたりする日が来るのだろうか。なんて。
「そうだ。食べ終わったらさ、先にタイラちゃんがお風呂に入ってよ」
「え、いいの?」
「うん。一緒に入ろうって言おうと思ったけど、裸を見られるのイヤなんだもんね」
そういえば、夏休みにプールに行った時にそんな話をしていた。だからキツちゃんとヒアさんは温泉には入らなかったんだよね。
「う、うん。えっと、その……」
「理由とかは言わなくていいよぉ。湯船が苦手ならシャワーでもいいし、とりあえず先に入って?」
「あ、ありがと。カサちゃん」
「あはぁ。気にしないでぇ」
結局、先輩は200グラムのハンバーグを3個食べた。皿の上には何も残っていない。
いくら食べたものが全部胸に行く可能性があるとはいえ、胸は胃袋を兼任してはいないので、素直に驚嘆する。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまぁ」
「ごちそうさまでした」
誰よりも早く立ち上がったキツちゃんが、私たちの分の皿も下げてくれた。有無を言わせないその速さに、何故か後暗い何かを感じる。
「下げてくれてありがとぉ。洗うのはボクと莎楼がやるから、お風呂入っておいで」
「で、でも」
「いいからぁ。時間は有効に使わないとね?」
「じゃ、じゃあ行ってくるね」
「うん。シャンプーとか使ってもいいからね」
「はーい」
小さい背中がリビングを出ていったのを見届けたので、皿を洗い始める。ひき肉のこびり付いたボウルには、スプレータイプの浸け置き洗剤を使いたい。でも、無いものは無いので根気強く洗う。
「莎楼ぅ。今日のログボ、ちょーだい?」
思わず、スポンジを落としそうになった。
随分と我慢していたのだろう、呼吸が少し荒い。
先輩の右手が、私の左肩を掴む。ハンバーグを食べたばかりだというのに、なんて肉食なんだ。
「……もしかして、そのためにキツちゃんを先にお風呂に行かせたの?」
「ちっ違うよぉ。たまたまこうなっただけで、決してそんなつもりじゃなかったよ?」
「まぁ、別にどっちでも良いけど……。食後にすぐキスをするというのは、ちょっと」
「舌入れない! だから……いいでしょ?」
「もう、仕方ないな」
油分を得た唇を、ゆっくりと重ねる。さっきまでキッチンに立っていたにも関わらず、先輩からはいつもと変わらない匂いがする。
ギュッ、と抱き寄せられるのと同時に、先輩は私の唇を舐めた。それはギリギリアウトな気もするけど、なんだかそんなことはどうでも良かった。
「はぁっ、莎楼……」
「せ、先輩……」
「もっとしたいんだけどぉ、いい?」
「良いよ……?」
2回戦開始を告げるゴングの代わりに、リビングのドアが音を立てた。
「あ、あの……お風呂、上がったよ」
「早かったねぇ。ドライヤーとかはボクの部屋にあるから、案内するねぇ。莎楼、残りのお皿は任せたよ」
「は、はい」
まるで何も無かったかのように、先輩は顔も声も態度も何もかもを平常時に戻して、キツちゃんと一緒にリビングを後にした。
「……あ、危なかった」
ギリギリ見られてはいないだろうけど、私の顔は元に戻っていなかったと思う。子どもに見せても平気な顔に戻すため、残りの皿を淡々と洗うことにした。
―――――――――――――――――――――
寝る前に済ませることを全て済ませた私たちは、先輩の部屋に集まっている。きっとこれはパジャマパーティーと呼ぶに違いない。
因みに、キツちゃんはソファで寝ると言って譲らなかったけど、先輩に負けて3人一緒のベッドで寝ることが決まった。
肌を見せるのは駄目でも、一緒に寝るのは絶対拒否じゃないってことがわかった。
「さて、それじゃあ寝る前にぃ」
「寝る前に?」
「恋バナ、しよ!」
「先輩と私は成立しないのでは?」
「するよぉ、したいんだよぉ」
「わ、わたしは学校に行ってないし、恋のお話なんて……」
「センパイとはどうなの?」
流石先輩、私には絶対に踏み込めないところに平気で踏み込んでいく。そこにシビれたり憧れたりするかは別問題だけど。
「ヒっ、ヒアちゃんはそっ、そういうのじゃないよ!」
「そっかぁ。タイラちゃん的にはナシ?」
「かっこいいと思うし、美人さんだし、優しいし……す、好きだけど……。恋? とは違うかなって」
恋かどうかわからない、と言うキツちゃんに、かつての自分を重ねてしまう。
アドバイスができる身分では無いし、キツちゃんとヒアさんは同性なだけではなく歳の差まである。簡単に恋と決めることはできないだろう。
「恋とか関係なく、センパイのことを大事にしてあげてね」
「普通は逆では?」
「ううん、センパイは寂しがり屋だから。ボクの把握している限りだと、しばらく誰とも付き合ってないみたいだし」
「ヒアちゃんが、寂しがり屋さん……?」
「うん。多分認めないと思うけどねぇ」
「私の好きな人も、寂しがり屋なんですよ」
「そ、その人って……カサちゃん?」
「ふふっ、どうですかね」
「そうだと言ってぇ!?」
冗談だとわかっていても、本気で慌てる先輩。可愛いね。
「なるほど、確かに恋バナできますね」
「あ、あれぇ? ボクのことだよね?」
「先輩は寂しがり屋なんですか」
「うん、とっても寂しがり屋だよ。だからボクのことだもんね?」
「ふ、ふふっ。本当に仲良しさんなんだね、カサちゃんとクグルさん」
キツちゃんに笑われてしまった。
微笑ましく見えているなら、私的には嬉しいけど。
「そうだよぉ、すっごく仲良しなんだから。だからボクのことだよね……?」
「急に自信が無くなってるじゃないですか。そうですよ、私が先輩以外の人を好きになるわけないから」
「……ひゃあ」
両手で顔を覆って、小刻みに震えるキツちゃん。人前でイチャつくのは趣味じゃないけど、ついやってしまった。
他の人だったらもう少し気を引きしめるけど、キツちゃんが相手だとどうしても気が緩む。
「……んふふぅ」
「なんで先輩まで顔を隠してるんですか」
「だってさぁ、今のやばかったよね」
「うん。やばかった」
これがパジャマパーティーなのか恋バナなのかよくわからないけど、楽しいから良いかな。
こうして、3人の夜は更けていく。
おかげさまで、本作は3周年を迎えることができました!この部分を読んでいるあなた、そうあなたのおかげです!ブクマレビュー感想ポイント評価にいいね……いや、ここまで読んでくださっているだけで励みになっています。これからもよろしくお願いします!!




