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104日目:コドモチック(前編)

みんな大人じゃない。

 私の隣で、天使は穏やかな寝顔を見せている。あまりにも無防備なその姿に、思わず手が伸びる。


「んぅ……」


 昨日櫛で梳かしたからだろうか、先輩の髪はあまりうねっていなかった。触り心地も最高。


 時刻は8時を少し過ぎたところだ。カーテンの隙間から射す光はまだ弱い。平日でもないのに早く起きすぎたな。


「くぐる……朝……?」

「おはよう、先輩。うん、今は8時ちょいくらいだよ」

「おはよぉ……。君がございますを付けないで朝の挨拶をするなんて、初めてだねぇ……」

「そうでしたっけ」

「うん。ボクがいると思わずに言ったことはあったけどねぇ」


 そんなことあったっけ、と記憶を辿り始めて数秒で思い出した。『ボクの考えたお誕生日おめでとうデート前夜祭』の時のことだ。


 そう言われてみると、敬語が抜けてきているとはいえ、砕けた言い方のおはようは初めてか。


「なんか指摘されると恥ずかしいので、もう言いません」

「えっ。言わないからぁ、悪いところ全部直すからぁ」

「別に悪いわけでは……」


 久しぶりに、別れを切り出されたダメな男みたいなことを口走る先輩。冗談なのか本気なのかわからないので、迂闊に笑えない。


 先輩には別に悪いところは無いので関係無いけれど、そうやって相手に合わせて矯正することも愛なのだろうか。

 自然体こそが最も美しいなんて、そんな綺麗事を言うつもりは無いけど。


「悪いところがあったら、いつでも指摘してね?」

「強いて言うなら、そういう自信の無いところが先輩の唯一の欠点ですね。それも含めて好きですけど」

「あ、ありがと……?」


 欠点、と言ったけど厳密には違う気がする。短所でも無いし、直してほしいわけでもないし。


「逆に、先輩は私に直してもら」

「ない」

「そ、即答ですか」

「仮に欠点があったとしても、それも含めて好きだから。直してほしいところはないよぉ」

「めっちゃ嬉しいけど、もし何かあったらその場で指摘してくださいね」

「はぁい」


 でも、もし指摘されたら泣いてしまうかもしれない。なんて考えが浮かんでしまった。面倒な女過ぎて、朝から軽い自己嫌悪。


 2人でベッドから下りたところで、電話がかかってきた。私のじゃない、先輩のスマホの着信音が響く。


 以前、先輩が突然バイトに行くことになったのを思い出した。そうじゃないと良いな。


「もしもしぃ。……うん、ん〜……と、うん。いや、全然それはいいけど。えっ、いや大丈夫……」


 チラっと視線がこちらに向けられる。内容はわからないけれど、どうやら私に何かしらの気を遣わないといけない話らしい。


 軽く微笑んでおこう。先輩を安心させたい。


「……うん。じゃあ、お昼頃にね。はい、はぁい」

「お泊まりは終わりですか?」

「ごめん!」


 手を合わせて、深々と頭を下げる先輩。髪が黒い滝のように流れる。


「そんな、謝らないでくださいよ」

「あのね、タイラちゃんを預かってほしいってセンパイにお願いされてね? 他に頼める人がいないって言うから……本当にごめん!」

「私の好きな先輩は、そういう頼みを断れない人です」

「えっ……」

「それは直してほしいところではなくて、そのまま貫いてほしいところですよ」

「くっ、莎楼ぅ!」

「お昼頃でしたっけ? 朝ごはん、食べちゃいましょう」

「うんっ」


 ここでお泊まりが終わるのは少し寂しいけれど、ヒアさんの頼みを無下にする先輩なんて見たくないので、これで良い。


 でも、やっぱりもう少し一緒に居たいなんて伝えたら、先輩は困ってしまうだろうか。


「ねぇ」

「はい?」

「莎楼もさ、来てくれる?」

「……私、別にキツちゃんと仲良くないですよ?」

「大丈夫、ボクも別に仲良しってほどじゃないよ」


 まさか、単純に間が持たないから私にも来てほしいのだろうか。まだ一緒に居たいって意味だと嬉しいけど。


―――――――――――――――――――――


「あれ、サドちゃんも居るの」

「はい」

「サドちゃんが居るなら、より安心」

「あ、あの。やっぱりわたし、おじゃまでは……」

「あはぁ。そんなことないよぉ」


 時間は丁度正午。先輩の家の前に、ヒアさんとキツちゃんがやってきた。当たり前だけど私が居るとは思っていなかったようで、より遠慮させてしまった。


「ヒアちゃん、わたしはひとりでお留守番できるよ?」

「まぁ、できるとは思うケド。1日空けるのは初めてだし、念の為ね」


 小学生を1人で留守番させる。それは決して珍しいことではないと思うけど、翌日まで家の人が戻らないというのは、確かに危ないかもしれない。


 どれだけキツちゃんがしっかり者でも、子どものことを心配するのは当然だろう。


 先輩も私も未成年だから子どもなんだけど、そこは大丈夫なのだろうか。ヒアさんなら、他にも頼れる人が居そうなものだけど。


「それじゃ、よろしくね。明日の朝には迎えに来るから」

「はぁい。任せておいてよ」

「いってらっしゃい、ヒアちゃん」


 キツちゃんの目線になるように屈んだヒアさんが、キツちゃんの頬にキスをした。


「いってくるね」


 そう言って、ヒアさんは笑顔で手を振って車に乗り込んだ。


 ただの微笑ましいシーンのハズなのに、何故か私と先輩は頬を赤らめて硬直してしまった。キツちゃんも呆気に取られている。いつものルーティーンとかじゃないのかな。


「いやぁ。尊いシーンも見たことだし、家に入ろっか」

「そうですね」

「は、はい」


 玄関のドアを開けて、3人で一緒に家に入る。


「そういえば明日の朝に迎えに来ると行ってましたけど、明日って学校ですよね」

「え? 明日はスポーツの日だから休みだよ?」

「あれっ、そうでしたっけ。体育の日だったのに、日本の祝日でありながら何故かカタカナになったスポーツの日って明日でしたっけ」

「なぁに、スポーツに何か恨みでもあるのぉ?」


 三連休を忘れるなんて、学生としてあまりにも不覚。

 お泊まりのことで頭がいっぱいで、月曜日も休みということが完全に頭から抜けていた。ということにしてほしい。


「でも月曜日ということに変わりはないから、バイトには行きます……よね?」

「うん」

「カサちゃんはヒアちゃんと同じお店で、クグルさんはVentiだよね?」

「そうだよぉ。センパイは明日は休みだけどね」


 そういえば、ヒアさんのバイト姿を見たことが無い。逆に私はよく見られているのに。


 先輩と私は同じ曜日にバイトをしているのに、やっぱり私の方が見られてるし。別に恥ずかしいとかは無いけれど、謎の不公平感に襲われる。


「あ、あの。わたしのことは気にしなくても良いです、から」

「先輩は、そんなことを言われて放っておくような人じゃないですよ」

「……え?」

「あはぁ。さすが莎楼、よくわかってるねぇ。まずはお昼ご飯を決めよっか」


 こうして、子どもだけのお泊まり延長戦の幕が静かに開いた。

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