10月9日水曜日12:05:あなたが毎日恋しい
目を覚まして最初に思ったことは、どれだけ悲しくても寝て起きるんだという感想だった。
次に思ったのは、昼過ぎに目を覚まして遅刻確定だという焦りだった。数秒後には休みだと気づいたけど。
充電器に繋ぎ忘れたスマホを手に取り、画面を確認する。
「着信は……無し、か」
当然だけど、新着メッセージも無し。
何を期待してるんだろう。
あの時、追いかけてこなかった時点でわかりきっているのに。終わったんだ、私の初恋は。
「バイトまで時間あるし……ゲームしようかな」
朝食を食べ損ねたにしては、お腹も脳も空腹を訴えてこない。部屋を出るのも面倒だし、このままゲームしよう。
しかしパソコンの前に座ったところで、急にやる気が無くなってきた。雨が降っているわけでもないのに、何もやりたくない。ベッドに戻って、布団に入ろう。
そういえば、修学旅行の荷物を片付けてない。服を洗濯して、お土産も分けないと。明日は班員と話し合って提出する課題も仕上げないといけないし。
「……予定の中に先輩が出てこないの、久しぶりだな」
ダメだ。気を抜くとすぐに先輩のことを考えてしまう。忘れる方が無理なんだけど、あまり考えないようにしよう。
でも、考えないようにしようとする時点で考えてしまっているので、結果的に先輩のことを考える時間が増えてしまうのではないだろうか。ほら、今もまた考えてる。
「あー! もう!」
何に対する怒りなのかもわからないけど、ぶつけ先が無いので内側から布団を蹴っておく。やわらかい。
「……ダメだ、布団に潜ってると余計に考えちゃう」
頭の中にも部屋の中にも、街の中にさえ思い出が溢れている。存在していない残り香が、鼻腔をくすぐる錯覚さえ覚える。
恋を知らない頃に観た映画やドラマ、読んだ小説や漫画に出てきた失恋したキャラは、遠くへ行ったり、自分を傷つけたり死を選ぶことさえあった。今ならわかる、あの人物たちの心境が。
すぐにまた新しい恋を始められるキャラの心理だけは理解できないけれど。
また布団から出るかどうかで悩んでいると、インターホンが鳴った。布団を出る理由ができたので、パジャマのままで部屋を出る。
多分、お母さんの荷物の配達とかだろう。階段を下りて、インターホンの画面の確認をせずにドアを開ける。
「はい」
「どうも、こんにちは」
「花屋さん?」
不行市唯一の花屋さんの店長さんが立っていた。
以前、先輩が花を買ったことを思い出す。……いやいや、また考えちゃってるよ。
「茶戸莎楼さんに、配達なんすよ。ハンコかサイン、お願いします」
「わ、私に?」
花屋さんからボールペンを借りて、受領書に苗字を書く。
「はい。こちら、365本の薔薇っす」
「……!?」
「それでは、失礼します」
「あ、ありがとうございました……」
手渡された花束は、あまりにも大きかった。新生児くらいはあると思う。365本あるらしい真っ赤な薔薇は結構重たい。物理的にも、恐らく込められたメッセージ的にも。
「誰が私に花束を……?」
取り敢えず、リビングに入ってテーブルの上に花束を置く。生花の匂いが漂う。
確か、誕生日に先輩がくれた薔薇の本数は9本だった。その時に、「1年の日数分にしたかったけど」って言ってた。
「つまり、これは」
いやいや。まさか、そんなわけがない。
先輩が今の私に、薔薇の花束を贈る理由なんて無いハズ。あんなことになるとは思わず、事前に送っていたという可能性も無くはないけど、その線は薄いだろう。
慌ててメッセージの有無を確認する。差出人すら未確定なのに、都合の良い結果を期待してしまっている自分が居る。
薔薇の中から、小さな白い封筒が出てきた。急いで開けると、そこには存在を忘れかけていた紙が入っていた。
ルーズリーフを切って作られた、私の苗字の判が押印されている紙が。
「最後の1枚の、ログボチケット……」
『明日の放課後、第二理科準備室でまってます。会って話がしたいです』
「どうしていつも、本気のお願いをする時は敬語になるんだろう」
もう一生笑えないと思っていたのに、思わず笑みが溢れる。いや、待っているというだけで、また話しができるというだけで、告白の結果が覆るわけではない。
そこまで楽観的でも能天気でもない。先輩の性格から考えて、断った理由を教えてくれるだけかもしれない。
「でも、じゃあこの花束は?」
直接家に来ても、電話をかけても出ない可能性を考えて、確実に私が受け取る方法として選んだのかもしれない。ただのそれだけで、深い意味は無いのかもしれない。
でも、365本の薔薇を選んだことにまで意味が無いとは思えない。どう悲観的に捉えても、マイナスの意味が見つからない。
だって、確実に受け取ってもらうための方法なんて他にもいくらでもあるだろうし。仮に花にこだわるとしても、もっと少なくても良いだろうし。
期待、しても良いのかな。
もし、この淡い期待にトドメを刺すための誘いだったとしても。これが最後の会話になるとしても。
「なるほどね。これが、断られたのにまた告白するキャラの心理か」
明日はサボっちゃおうかとまで思っていたけど、学校に行く理由ができてしまった。そうなると、やっぱりちゃんと荷物の片付けをしないとダメだな。
そう思ったら、さっきまで減退していた食欲が何処からか湧いてきたので、カップ麺でも食べることにしよう。ヤカンに水を入れて、コンロに乗せる。
「この薔薇、どうしようかな」
お母さんに見られると面倒な気がするので、お湯を沸かしている間に部屋に持っていこう。
とにかく大きくて持ちにくいので、赤ん坊のように抱き抱える。赤ちゃんをだっこした経験は無いし、多分これからも無いだろうけど。
まってます、って書く時、先輩はどんな顔をしていたんだろう。どんな気持ちで、最後のログボチケットを使ったんだろう。
あの時に調べた、1年の日数分の薔薇の花言葉を思い出しながら。
この花束より大きくて重い気持ちを胸に。
「私も待ってるよ、先輩」




