97/98日目:ツーデイズ⑤
久しぶりな気もするツーデイズです。先輩成分やや少なくてごめんなさい。
97日目:水曜日
「進路って決まったんですか?」
「ボクは台風じゃないからねぇ」
「台風の専売特許じゃないですよ、進路って」
昼休み、第二理科準備室。
今日は空き教室が混んでいたので、こっちでご飯を食べることになった。
ここだと周囲の目や耳を気にする必要も無いし、その気になれば食後にキスすることも可能なので、そんなに悪くない。
「あはぁ。冗談はさておき、一応進学しようかなぁってところまでは考えたよ」
「おお。その方が良いと思います」
「でもねぇ、どんな学校に行って、何を学んでどんな職に就きたいとかは思い浮かばなくてさぁ」
「三者面談までに決まると良いね」
「そうだねぇ」
来週までに突然将来が決まるとは思えないけど、少しでも建設的な時間を送れるように祈っておこう。
昨日、先輩から聞いた三者面談の日は金曜日。
私が修学旅行から帰ってくるのが火曜日だから、三者面談の前に100日目のログインボーナスを渡すことになるかも。
大丈夫かな。三者面談の後にした方が良いかな。別にキリのいい数字の日である必要は無いし。
「あ。もしかして、三者面談の前に100日目のログボがもらえたりするぅ?」
「そ、そうですね。順当にいけばそうなりますね」
「楽しみだなぁ。何がもらえるんだろ」
半分くらい心を読まれていたけど、肝心の部分は読まれていないらしい。
いや、先輩のことだから薄々勘づいているかもしれないけれど、それを悟られないようにしているのかもしれない。
「楽しみにしていてください」
「うんっ」
先輩の進路を心配している場合じゃない。
修学旅行に告白に、大きなイベントを控えているのは私もなんだから。
98日目:木曜日
先輩と一緒に玄関を出ると、やけに校門前に人集りができていた。
まさか野良犬でも迷い込んだのか、それとも芸能人がドラマの撮影でもしているのだろうか。
前者はいくら田舎と言えどありえないし、後者はやはり田舎なのでありえない。
近くまで来ると、その正体がわかった。何故ここに居るのかはわからないけど。
「サドちゃん。待ってたよ」
「ヒアさん。どうしたんですか?」
私がヒアさん、と言った瞬間に周囲の生徒たちがざわつき始めた。あれ、もしかして私また何かやっちゃいましたか。
「今日バイトでしょ。Ventiに用があるから、ついでに乗せていこうと思って」
「用……ですか」
「うん。というわけでカサ、サドちゃんは貰っていくよ」
「丁重に扱ってよぉ?」
「うん」
「せ、先輩。また明日」
「また明日ぁ」
笑顔の先輩に見送られ、そして沢山の生徒に遠巻きに見られながら、ヒアさんの車に乗り込む。
いつものシャンプーみたいな匂いに混じって、花の香りがする。
助手席から後部座席を振り返って見ると、花束が置いてあった。赤や紫がメインの、綺麗な花束だ。
「用ってこれですか」
「うん。今日はVentiがオープンしてから半年だから」
「丁度、半年なんですか?」
「知らなかったのか。そうだよ、4月3日にオープンしたからね」
「へぇ。確かに5月に先輩と一緒に行った時に、先輩は最近オープンしたと言っていました」
本当にオープンしたばかりだったんだ。外観はとてもレトロなのに。
「カロは店を続けられるか不安がっていたから、半年続けられて良かったねって祝おうと思ってさ」
「確かに、半年って凄いですよね」
先輩にログボを渡すようになってから、まだ半年も経ってない。2年くらいは過ぎた気さえする。それくらい色々なことがあって、私の人生はすっかり変わった。
車に揺られて数分で到着した。電車より圧倒的に早い。いや、そこまで差があるわけでもないか。
花束を抱えるヒアさんと一緒に、Ventiの扉を開ける。
「茶戸さん……と、ヒア?」
「開店して半年記念。おめでと」
「覚えてたんだ……ありがとう。店に飾ってもいい?」
「良いよ。それじゃ、珈琲を一杯頼むね」
「うん。……茶戸さん、支度はゆっくりで良いですからね」
「はい、わかりました」
花束を抱えて、とても嬉しそうなマスター。なんだか私まで嬉しくなっちゃうな。
着替えるために更衣室に入ると、何故かシフトに入っていないハズのココさんが居た。誰も居ないと思ったから普通に驚いたし、軽く声が漏れた。
「あ、クグルちゃーん。プールで遊んだ時にも思ったけど、あの煙草屋さんと友だちなんて凄いねー」
「先輩のセンパイなので。いい人ですよ、とても」
「ふーん」
「ココさんは、どうしてここに?」
「修学旅行前だからー、土日入れない分働きに来たんだよ」
「なるほど。……あれ、どうやって私より先に来たんですか」
同じクラスだし、教室を出た時間もそんなに変わらないと思うけど。車で来た分、私の方が先に到着しそうなものだし。
「内緒ー。そんなことより、早く着替えちゃいなよー。一緒に行こうよ」
「わっ。はい、すぐ着替えますよ」
はぐらかすように、私のことを軽く押すココさん。秘密にするような方法で来たのか、とかちょっと想像を膨らませてしまう。謎が多いと言えば多いのは事実だし。
お店の制服に着替えて、ココさんと一緒に厨房に入る。
あまり溜まっている食器が無かったので、洗うのはココさんに任せることにした。
というか基本的にマスター1人で回せるので、2人もバイトが入っているとやることが無かったりする。
カウンター席を一瞥すると、珈琲を飲むヒアさんの姿があった。私が着替えている間に注文していたらしい。
「サドちゃん。ちょっとお喋りしたいんだケド」
「は、はい。すぐ行きます」
メイド服に似た制服に身を包んでヒアさんと話すなんて、学祭を思い出す。今日はご主人様とは言わないけど。
「サドちゃんは、どうしてこの店で働こうと思ったの」
「えっと、先輩に勧められたからというのと、素敵なお店だから……ですね」
「なるほど。そのおかげで、最初の頃は私くらいしか客が来なかったのに、今は女子高生や仕事終わりの女性で賑わっている」
「私のおかげって意味ですか?」
「うん。サドちゃんとカサが美味しいって言ってくれたおかげで、自信が持てたって言ってたよ。あと学祭に出店したのも大きかったと思うケド」
そういえば、2回目に来た時に味について訊かれたっけ。まさかあの質問に、そんなに重要な意味があったとは。
学祭に出店していただいてから、確かに客足は増えた。常連さんもできたし、若いお客さんも多くなった。でも、それはどちらかと言うとココさんの手柄だ。
「それはココさんの提案です」
「サドちゃんが働いてたから出た案でしょ」
「そう、なんですかね」
「そうだよー」
厨房で皿を洗っているココさんから返事があった。カウンター席から近いから、聞こえていても不思議では無いけども。
「あの、ヒアさんに訊くのも変かもしれないんですけど。4月3日にオープンしたのはどうしてなんですかね?」
「私の誕生日だからだと思う。確認はしてないケド」
「……やっぱり、マスターとヒアさんって」
「違う。このピアスの中に、カロは入ってないよ」
「では、親友ってことですか」
「自分の口で言うには、流石の私も恥ずかしいね。親友なんて」
昔からの仲らしいし、軽率に恋愛に結びつけたのは良くなかった。反省。
もしかして、あだ名で呼んでいる人は恋愛対象じゃないのかな。先輩とアルコさんのこともあだ名で呼んでるし。……あれ。そうなると、私はなんで苗字で呼ばれているんだろう。新たな謎が誕生してしまった。
「どうして私のことは苗字で呼ぶんですか?」
謎は早い内に解明しろ。なんてことわざにあるように見せかけて存在しない言葉が脳裏を過ぎったので、素直に口にすることにした。
先輩ほどでは無いけれど、ヒアさんにも踏み込めるようになりつつある。
「後輩の後輩って、距離感が難しいでしょ。誰にでもあだ名を付けるのはアルコだけで良い」
「ヒアさんも、色んな方にあだ名を命名している気がしますが……」
「ヒア、っていうのはカロが考えたんだよ」
「えっ、マスターが? なんだか意外というか、正直由来が気になっていたといいますか」
「加を分解してカロって話はしたよね」
「はい」
「で、それをカロに言った時に、『じゃあ煙は火亜だね』って言われて」
「……微妙に間違えてますね」
「うん。でもなんか嬉しかったから、そのまま訂正せずにここまで来たって感じ」
本当に嬉しかったであろうことが、ヒアさんの表情から窺える。
もっと早くに知りたかったような、今くらいの関係になってからで良かったような不思議な気持ち。
「素敵なお話、ありがとうございました」
「別に。話し相手になってくれてありがとう」
「それも、私の仕事内容に含まれているので」
「その分、バイト代を上乗せするように言っておくね」
私は冗談として受け取ったけど、表情や声色から察するのが難しい人なので正解はわからない。
十分過ぎるほどお給料を貰っている自覚があるので、これ以上いただくわけにはいかない。
「それじゃ、バイト頑張ってね」
「はい。ありがとうございます」
テーブルの上に1000円札を置いて、ヒアさんはお店を後にした。珈琲2杯分の金額だけど、良いのだろうか。
「あれ……帰っちゃいましたか……」
「はい。あの、これからも頑張りますね!」
「は……はい。これからもよろしく……お願いします?」
毎週は無理だけど、たまには土日もシフトを入れようかな。
マスターのこともVentiのことも、そしてヒアさんのことも、なんだかもっと好きになった。
次回、修学旅行前。




