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93日目の夜:トーク・アンリアリティ

先輩目線でお送りします。

※とにかく長いです。

「カラオケ、楽しかったですね」

「そうだねぇ」


 夕飯を外で済ませたデートも終わって、ついさっきまでここに居た気さえする莎楼(くぐる)の部屋に帰ってきた。


 やっぱり、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。


 前にカラオケは苦手って言ってたけど、楽しんでくれたようで何より。


 ボクが昨日思わず歌い出したのを見て、今日のデートはカラオケにしてくれたんだと思う。

 そういう、打ち合わせて決めたわけじゃなくてもボクのことをわかってくれてるところとか、本当に好きだなぁと思う。


「明日のライブに向けて、今日こそ集中して歌を聴こうと思います」

「昨日はボクが邪魔しちゃったもんねぇ……」


 言い訳をするつもりはないけど、好きな人の部屋で好きな人と二人きりになったら、色々と我慢できなくなるのは仕方がないことだと思う。


 でも、こういうところも直していかないとね。まだまだ莎楼と付き合えるような自分にはなれてない。


「あ、莎楼が真面目に予習するなら、ボクも予習したいことがあるんだけど」

「なんですか?」

「莎楼のやってるゲーム、やってみたいなぁ」

「あぁ、コスプレのためですか」

「それもあるけど、好きな人が好きなものって気になるでしょ」

「前にも話しましたね、そんなこと」


 作品を知らずにコスプレするのをボクは良しとしていないから、ちゃんと『エミリー・パルジファル』を知ってからコスプレしたい。


 ネットにはプレイ動画とかストーリーだけまとめた動画なんかが有志の手によって公開されていたりするけど、それを予習と呼ぶかどうかは別問題。


 少なくとも、ボクはコスプレ中に作品のファンの人に話しかけられたり質問されたりしても、つつがなく返答できるレベルに達していないとやらないと決めている。


「でも、貸してもらうのも悪いよねぇ」

「良いですよ。先輩ってタイピングできます?」

「できなくはないけど、遅いかな」

「じゃあ、ヘッドセットを貸すね。私のフレンドさんとならボイチャしても良いから」

「他の人とは?」

「絶対ダメです」

「どうしてぇ?」


 絶対、なんて強く念を押されると気になる。

 やっぱり、初心者だと他の人に迷惑をかけちゃうからかな。


「……絶対に男の人に絡まれるからです。そんな可愛い声で参加したら、すぐに狙われますよ」

「そ、そうなの?」

「はい。可愛い声じゃなくても、例えば私ですら絡まれたりしますからね。なので、信頼しているフレンドさん以外には声を晒さないようにしてます」

「へぇ。そういうものなんだねぇ」


 ボクの知らない世界だ。

 噂には聞くけど、やっぱり女性ってだけで狙われたり声をかけられたりするものなんだ。


 顔もどんな人なのかもわからないのに、性別だけで判断されるのはイヤかも。現実の世界ですら、ちゃんとボクのことを見てくれる人は少数なのに。


「ログインしたら何人かフレンドさんが反応すると思うんですけど、その時に説明すれば大丈夫です」

「君が信頼しているくらいだから、いい人たちなんだろうねぇ」


 莎楼はネトゲのフレンドさんに、リアルで二回も会ってるくらいだし。それもボクにはわからない感覚というかなんというか。


 古い、とか遅れてる、とか言われるかもしれないけど、やっぱりネットを通じて知り合った人に会うのは怖い。現実でいっぱいいっぱいだし。


 莎楼はパソコンを起動して、ゲームのアイコンをクリックした。


「私は基本的にコントローラーで動かして、チャットはキーボードでやってるんですけど」

「全部キーボードじゃないんだね」

「一応、キーボードで全部できるんですけどね。個人的にコントローラーが好きというか」

「ゲームしてる感が出るもんねぇ」

「おぉ、流石ですね先輩」


 褒められちゃった。素直に嬉しい。


 ボクは滅多にゲームはしないけど、携帯ゲーム機よりコントローラーの方が馴染みがある。


 ログインボーナス取得画面になってから一分もしないうちに、莎楼に向けてチャットが飛んできた。すごいなぁ、人気者なんだ。


『サドサローちゃん、こんばんは』

『こんばんは。今日は私ではなく、先輩が遊んでみたいというのでボイチャで参加します』


 タイピングの速度が凄まじい。ブラインドタッチなのはもちろんだけど、とにかく速い。それでいて、音は静か。


 タイピングが上手な人って、打鍵音がうるさいイメージがあったんだけど偏見だったかな。でも、授業の時にめちゃくちゃうるさい子がいるんだよね。


『えっ、先輩ってあの!?』

『ついにあの先輩と話せる……ってコト!?』

「あのって、どのぉ?」

「えっ、いやほら、私が出せる話題といえば先輩のことくらいしか無いと言いますか。でもあのあれですよ、個人情報とかは隠してますよ?」

「そんなに慌てなくてもいいよ?」


 逆に、そんなに慌てられちゃうと心配になっちゃうよ。


 莎楼のことだから、変な話はしてないと思うけど。あ、でもボクに直接言えないような愚痴とか苦労話とかはしてたりするのかな。


「はい、ではこれを」

「あ、誤魔化した?」

「誤魔化してません。何かわからないことがあったら、訊いてください」

「はぁい」

「CD、お借りしますね」

「うん」


 CDをセットして、ヘッドホンを装着する莎楼を見届けてから、ヘッドセットを着ける。

 間接キスに近い何かを感じるけど、そんなこと言うと引かれそうだから心の中に留めておく。


 第一声に少し悩みながら、間違えて莎楼の名前を出さないように慎重に言葉を選ぶ。


「えっと、サドサロー……の先輩ですよぉ」

『え。先輩って女の人だったん?』

『声可愛すぎワロタ。あ、セクハラじゃないですよハイ』

『あ、みんなは先輩が女性って知らなかったのか。私は知ってたよ』


 別に性別を伏せているわけではないと思うけど、普段してることがしてることだし、彼氏的な存在だと誤解されているのかもしれない。


 最後に返事をしたスノーって名前の人、もしかしてこの前莎楼が会った人かな。


 どうやら、この三人とボクはパーティーを組んでいるみたい。他の人たちには、この会話は見えたり聴こえたりしないシステムらしい。


 いつの間にか、ボクの周りにパーティーメンバーが集まってきた。他の人たちと違って、名前の文字が青くなっている。これがパーティーを組んでいるってことなのかな。


()()()は全くやったことがないから、その、ご迷惑をおかけしちゃうと思うんだけど」

『敬語じゃなくても良いよ』

『それな。拙者も敬語解除するわ。行きたいクエストとかある感じ?』

『なんでも付き合うよ。まずは操作に慣れた方が良いかな』


 この少しのやり取りだけで、本当にいい人たちなのが伝わってくる。

 莎楼と一緒に遊んでるくらいだから、多分相当の腕前の人たちのハズなのに、初心者と遊んでて楽しいものなのかな。


「ありがとぉ。あのね、エミリーのことが気になってて」

『ほう。ストーリーモードをプレイしないとそこら辺はわからないと思うけど、基本操作から覚えた方が良いかもっすな』

「ストーリーモード?」

『ストーリーモードはソロプレイ専用で、普段遊ぶクエストとは違うでござるよ』

「なるほどぉ。じゃあ、今日は操作に慣れるようにがんばるねぇ」

『ちょっとマジで声が可愛すぎる件について』

「そういう士騎士(しきし)……? さんもかわいい声してるよぉ?」

『フヒッ!? いやいや、拙者のようなゴミボにそのような勿体ないお言葉……。あ、読みにくくてサーセン。拙者は士騎士(サムライナイト)と申します』

「サムライナイトさん。覚えたよ」


 ログボをもらう関係になる前、莎楼はよくネトゲのチャットが面白いって話してくれてたけど、体験したことによってその理由がよくわかるようになった。


 これは確かに面白い。知らない人と会話するのって、こんなに楽しかったんだ。

 あ、でもこれは莎楼(サドサロー)と親しい人だからってのもあるかな。


『それじゃ、私が簡単なクエストを貼るね』

『クエストに出発するゲートに向かうので、拙者たちに着いてきて』

「はぁい。よろしくねぇ」


 初心者に教え慣れているのか、ボクが何か質問する前に答えが返ってくる感覚。


 着いていった先にあるゲートに、みんなで一緒に入る。

 光のトンネルのようなローディング画面になって数秒後、木々の生い茂る岩場のような場所に立っていた。


『ここは強い敵が出ないから、私たちは軽い援護だけにしておくね』

『サドサロー氏の装備は少し前まで最強だったやつなので、そんなに苦労することはないかと』


 少し前まで。ということは、今はこれより強い装備が出てるってことか。

 それはつまり、今の莎楼は昔ほどネトゲに時間を割いてないってことになる。それを喜んでいいのかどうかは判断できない。


 まぁ、嬉しいけど。


「あ、これが敵?」


 目の前に、棘の生えた猿のようなモンスターが五体出てきた。表示されているレベルは89。因みに、パーティーメンバーのレベルは全員100。


『うん。基本的にどのボタンを押しても攻撃ができるんだけど、その組み合わせでアクションが変わるよ』


 スノーさんの言葉を聞いてから、適当にボタンを押してみる。

 手に持っている巨大な剣を振り上げて、モンスターに攻撃する。左右に振ってからもう一度振り上げて、蒼白いオーラを纏った剣を地面に叩きつける。


「操作が簡単でいいねぇ」

『センスがありますな、先輩氏』

「あはぁ。お世辞でも嬉しいよぉ」


 十分ほど敵を倒したりアイテムを拾ったりしていると、あっという間にボス戦になっていた。

 さっきまでの猿のモンスターが巨大化したようなボスで、レベルは105。どうやら敵にはカンストの概念がないみたい。


 武器を剣から斧に切り替えて、足元から攻撃する。敵の攻撃が当たっても、即座にスノーさんが回復をしてくれる。


『フヒッ。バフっておくんで、どんどん攻撃すると良いでござるよ』

『なんかサムとスノーばっかり活躍して、私空気じゃない?』

「そんなことないよぉ。遠距離からの狙撃のおかげですごく戦いやすいよ?」

『そんなこと滅多に言われないから嬉し……。サドサローちゃんの言う通り、優しい人なんだね』


 へぇ。ボクのこと、優しいって話してるんだ。


 自分がいないところで話されることこそが、その人の本音だとボクは思ってるけど、やっぱり莎楼が悪口なんて言うわけなかったね。


「普段、莎楼(サドサロー)はどんな話をしてるの?」

『先輩と遊びに行ったとか、こんな話をしたとか。基本的に惚気話(のろけばなし)みたいなのばっかりだから、彼氏だと思ってたよ』

「のろけなんて、そんな」


 さすがに、キスしてるとかは話してないみたい。

 率先して話すような性格でもないし、当然かな。


『お、そろそろ倒せそうですな。トドメは先輩氏、オネシャス!』

「よーし!」


 斧を持ったまま回転して、さながらコマのように敵にぶつかる。

 そして、斧を蹴り上げて空中でキャッチ。そのまま縦一文字に斬り裂いた。


 巨大な猿は、大袈裟な断末魔の叫びを上げて倒れた。


『お疲れ様』

『乙』

『初めてとは思えないくらいセンスあったよ』

「えへへ、ありがとぉ。ボクも自分でキャラを作って遊んでみようかなぁ」

『ボク?』


 あ、しまった。思わず気が緩んでしまった。

 クエストをクリアした達成感からか、話しやすい空気感のせいか。最後まで『わたし』で貫くつもりだったのに。


「あ、あのね」

『そのボイスでボクっ娘は強すぎでは?』

『私が昔好きだった子も、一人称がボクだったよ』

『最初はわたしって言ってたよね。気遣わせてごめんね?』

「え……みんなの方が優しいよぉ……」


 しかも、スノーさんはさらっと女の子が好きって意味の言葉を発していなかった?


『アカウント作ったら教えてよ』

『せ、拙者もフレンドになれたら嬉しい』

『私にも教えてね!』

「うん。今日は付き合ってくれてありがとぉ。これからも、サドサローのことをよろしくね」

『もちろん』

『それでは、また』

『またね』

「またねぇ。おやすみぃ」


 三人が手を振るモーションで見送ってくれた。

 そのやり方はわからないし、ログアウトの方法もわからないから慌てて莎楼を呼ぶ。


「莎楼、終わったんだけど」

「わかりました。では、ログアウトしますね」

「その前に、手を振ってもらってもいい?」

「はい」


 莎楼の操作によって、サドサローが三人に手を振り返した。それから数秒後に、ログアウトした。


「楽しかったぁ」

「声でわかりましたよ、すごく楽しいんだなって」

「ヘッドホンをしてたのにわかるの?」

「はい。わかるよ、それくらい」

「そっかぁ。ボクもやってみようかな」

「ふふ。楽しみに待ってますね」


 ゲーム機もパソコンも持ってないし、いつになるかはわからないけど。


 莎楼とそのフレンドさんとおしゃべりしながら遊べる日が来たら、きっと楽しいだろうな。


「コンタクト外してくるねぇ」

「はい。あ、ちょっと待ってください」

「ん?」


 部屋を出ようとドアノブに手をかけたところで、莎楼に止められて振り向く。


 瞬間、キスされた。


「えっ、え!?」

「なんというか……今、したくなって」


 頬を染めて、俯く莎楼。


 もしかして、寂しかったのかな。それか嫉妬とか。

 想像する以上のことはできないけど、ログボ関係なくキスしたいって気持ちはやっぱり嬉しい。


 それが、どんな感情に由来していたとしても。


「ボクもね、したいと思ってたんだぁ」


 莎楼の頭を撫でて、部屋を出る。

 ボクがお願いしなくても、求めなくてもキスするようになったことは喜ぶべきだと思う。


「やっぱり、非現実(ゲーム)もいいけど現実(リアル)が一番かなぁ」


 そんな独り言は、誰に聞かれることもなく、階段を下りる音と混ざって静かに消えた。

次回、ライブに行きます。

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