番外編:それぞれの敬老の日
前回のお話の次の日、敬老の日です。
先輩の場合
『珈琲豆ありがとうねぇ、カサネ』
「どういたしましてぇ。本当は直接渡しに行きたかったんだけど」
『遠いし仕方ないよぉ。敬老の日に何か貰うと、自分がおばあちゃんなんだって実感できるね』
ママが16歳の時にボクが産まれたから、おばあちゃんと言えどまだ50歳だもんね。見た目はそれより若いけど。
ふと、莎楼の言葉を思い出した。自分はおばあちゃんになることはないって言葉。
あの時は自分もそうだって軽く返事をしたけど、莎楼は本当にそれで良いのかな。いや、今更そんなことで不安になっても仕方ないんだけど。
「長生きしてねって言うほど歳じゃないし、毎年難しいなぁとは思うんだけどさぁ」
『あははぁ。でも、おばあちゃんであることに変わりはないからねぇ』
「そうだねぇ」
『そうだ。一つ頼みがあるんだけど』
「なぁに?」
『クグルちゃんの連絡先、教えてもらっても良い?』
「いい……けど、剎子さんに教えたりしたらダメだよ」
おばあちゃんに教えるくらいなら莎楼も怒ったりしないと思うけど、そこから更に広がるのは避けたい。
しかも剎子さんなら、莎楼やボクにちょっかいを出すためだけに不行に来かねない。怖い。
『誰にも教えたりしないよ。そうそう、テラコといえばコーヒーミルをプレゼントしてくれたんだけど、相談でもしてたの?』
「ヒェッ……。いや、あれから会話も連絡もしてないよ」
怖すぎる。アキラやココとはまた違うタイプの読まれ方。いや、本当に偶然だと信じたいけど。
別に剎子さんにヒドイことをされたわけでも、怒られたりしたわけでもないんだけど、何故か怖いんだよね。従姉妹なんだし、本当は仲良くするべきなんだろうけど。
吹空枝家は、父親のせいで親族内での評判が最悪だから、それを気にせず関わってくれる剎子さんは貴重な存在だったりする。怖いけど。
おばあちゃんに莎楼の連絡先を送って、話を続ける。
『もう少しテラコと仲良くしたら?』
「まっ、まぁ? ボクも仲良く……できたらなぁとは思っ、思ってるよ?」
話し相手はおばあちゃんなのに、剎子さんの話題ってだけでしどろもどろになっている自分がいる。
おばあちゃんからすればボクと同じ孫なわけだし、仲良くしてもらいたいに決まってるか。怖いけど頑張ろう。
『あ、そうそう。次帰ってくる時は、またクグルちゃんを連れて来てねぇ』
「予定が合うかはわかんないけど、誘ってみるね」
『クグルちゃんに合わせて予定を組みなさい』
えっ、そんなに莎楼のことを気に入ってくれていたの。嬉しいけど、ボクが帰ってくることより楽しみになってるじゃん。
いいけどね。孫の彼女候補を好きになってもらえるなんて、孫冥利に尽きるから。
「それじゃ、またねぇ」
『風邪とか引かないようにね』
「うん。おばあちゃんもね」
『うん。またね』
通話を終了して、スマホを机の上に置く。
壁に掛けてあるカレンダーを見て、次はいつおばあちゃんに会いに行こうか思案する。莎楼のことも誘うとなると、冬休みの方がいいかな。年末か年始のどっちかにしよう。
「そういえば、どうして莎楼の連絡先を訊いたんだろ」
もし何かあったら、莎楼が教えてくれるかな。
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後輩の場合
『酒、ありがとうな』
「おじいちゃんの好みに合うか、わからないけど」
昨日の内に届いたらしいけど、私が電話をするまで特に何も連絡が無かったことには少し驚いた。
身に覚えの無いお酒を、酒屋さんが直接届けに来たら普通は驚くと思うんだけど。
『孫が買ってくれたんだ、美味いに決まってらぁな』
「そういうもの?」
『あぁ。だってそりゃ、クグルが何か買ってくれるなんて珍しいからよ。じいちゃんはな、それだけで嬉しいんだよ』
そんなに喜んでくれるなら、もっと早くに敬老の日に何かを送るべきだったかな。
おじいちゃんの誕生日とかもスルーしてきたし。
因みに、おじいちゃんは私の誕生日に必ず一万円を振り込んでくれる。
「なんかごめんね、今まで特に何も贈らなくて」
『それは、じいちゃんが遠慮してたからだろ。稼ぎも無いのにジジイにプレゼントなんて買ってたら勿体ないだろって』
「そんなこと言ってたっけ」
『おう。でも、バイトを始めたから買ってくれたんだよな?』
「まぁ、そんな感じ」
おじいちゃんの言葉を覚えてはいなかったけど、なんとなく記憶の片隅にあったのだろうか。だから、今まで特に気にせずスルーしてきたのかも。
だから、そういうことにしておこう。
『それじゃ、風邪引かねぇように気を付けろよ』
「うん。おじいちゃんも元気でね」
通話を終了して、スマホを机の上に置く。
椅子に座ったまま壁に掛けてあるカレンダーを見て、正月はこっちに遊びに来るのかなとか考える。おばあちゃんのお墓はこっちにあるわけだし、多分今年も来るだろう。
夏が終わって秋になったばかりだと思っていたのに、もう思考が年末年始に飛んでいる。怖い。
来年の話をすると鬼が笑うとも言うし、まずは目先のことだけ考えよう。テストを乗り切るためにも、勉強しなきゃ。
机の上に教科書を出したタイミングで、スマホが振動し始めた。画面には、見たことのない番号が表示されている。
「……もしもし?」
『こんにちは。カサネのおばあちゃんだよ』
「メナミさん。先輩……華咲音さんに訊いたんですか?」
『あははぁ。その通り、ちょっと頼みたいことがあってねぇ』
電話越しで聞くと、先輩に声が似ている。喋り方もそっくりだし。
「なんですか?」
『カサネとクグルちゃんの写ってる写真をね、送ってほしいんだぁ』
「写真、ですか」
『クグルちゃんのチャットに空メッセージ送ったから、そこに貼ってくれると嬉しいんだけど』
「わかりました」
一緒に写っている写真は、意外と少ないことに気がついた。先輩単体のものはそこそこある。
ちょっとお見せできないようなやつを誤爆しないように、慎重に選んで送信する。
『おっ、届いた届いた。ありがとうねぇ』
「いえいえ。本人から貰いにくいですもんね」
『それもあるけど、クグルちゃんの写真も欲しかったの。ほら、可愛い孫が増えたようなものだから。敬老の日だしさぁ』
「な、なるほど。照れます」
『あははぁ。本当に可愛いねぇ。またこうやって、たまに電話しても良い?』
「はい、それは勿論」
『ありがとぉ。それじゃ、風邪とか引かないようにね』
「ありがとうございます。メナミさんも体調にはお気をつけて」
『はぁい』
通話を終了して、スマホを机の上に置く。
おじいちゃんやおばあちゃんって、必ず電話の最後には体調を気遣ってくれるものなんだな。メナミさんは私のおじいちゃんより圧倒的に若いと思うけど。
「あ、先輩がテストで学年一位になった話とかすれば良かったかな」
大量の写真が貼られたチャットを開いて、先輩が一位になったという内容のメッセージを送信する。
案外、孫というものは自発的に自分の話を祖父母にしない生き物だと思うので、私から見た先輩の話をすると喜んでもらえるかもしれない。
メナミさんからの返信を待たず、教科書を開いて勉強を始めることにした。テストまで後八日。
「テスト明けのデートの時は、一緒に写真を撮ってみようかな」
自撮りマスターの先輩に撮ってもらおう。そうなると、メイド喫茶の時以来かもしれない。
そうだ。先輩に、メナミさんから電話があったことも伝えておかないと。
勝手に写真を送っちゃったけど、先輩も私の連絡先を勝手に教えたわけだし良いよね。別にそんなことで怒らないけど。
毎年、特に何も無かった敬老の日が今年はなんだか充実したのも、先輩のおかげだしね。
次回!もうテスト最終日くらいまで飛ばしたい!




