88日目:好きの旅(後編)
好きな人と好きなことを好きなだけ好きにする話。
コスプレ専門店、『リ・バースデー』。
その店は不行市民でも知らない人が多いらしく、そういう私も今日まで存在を知らなかった。
先輩のお気に入りのお店のようで、路地裏を抜けた先のビルの三階にあるそうだ。
そういうビルに足を踏み入れるの、一人だと怖い。
慣れた様子の先輩とビルに入り、階段を上りながら会話する。
「次の『好き』はコスプレですね」
「うん。まぁほとんど死んでる設定なんだけど、初期設定は大事にした方がいいでしょ?」
「初期設定がメインストーリーで活かしにくいことって、よくあるので」
「あはぁ。君がそんなこと言うなんて珍しいねぇ」
「そうですか?」
私のネトゲが好きって設定も、先輩との仲が深まれば深まるほど薄くなっていったのでよくわかる。
いや、設定じゃないけども。ただの事実なんだけども。
三階に到着し、『リ・バースデー』と書かれた看板が掛けられたドアを開ける。
「いらっしゃい。……あら、今日は友だちと一緒?」
「うん。あ、彼女はコスプレしないんだけどね」
「普通の服も売ってるから、良かったら見てって」
「は、はい。……あの、もしかしてそのコスプレって『暗殺者クーニャ』ですか?」
「えっ、知ってるの!? いやー嬉しいな」
暗殺者クーニャは私のプレイしているネトゲに登場するキャラクターで、上半身は黄色いライダースーツ、下半身はゆったりとした黒のスラックスに脚部装甲を装着、悪魔のような尻尾が背中付近から伸びており、頭には黒い角が二本生えている。
先輩に説明しようかとも思ったけど、店長さんを見ればわかることなので割愛しよう。
「君のやってるゲームのキャラ?」
「そうです。人気投票で三位の実力者です」
私の最推しは他に居るんだけど、クーニャも結構好き。悲しい過去や壮大な伏線、命令に従う暗殺者だったクーニャが、自分の意志で主人公と共に戦うことを選んだシーンは泣きそうになった。
「ボクも、君の好きなキャラのコスプレをしてみようかなぁ」
「おぉ、それは見てみたいです」
ゲーム系のコスプレ衣装が置いてあるところに移動して、先輩にゲームとキャラの説明をする。
どんなゲームなのかは前にも少し話したので、詳細は省こう。
「ここの棚、全部がそうですね」
「店長のお気に入りのゲームだから、売り場が広いんだろうねぇ」
「私が一番好きなキャラは……この子です。エミリーっていうんですけど」
スマホで画像検索をして、先輩に見せる。
エミリー・パルジファル。
ショートカットの金髪に赤い瞳の少女で、戦いを好まず面倒くさがりな人格と、仲間を救うために危険を顧みずに戦う人格を持つ二重人格設定。
しかし、実は本当に全くの別人が彼女の中に居て……というところまで先輩に説明した。
その別人格との別れのシーンで大号泣したのは内緒にしておこう。
「じゃあ、このエミリーの服を買っちゃおうかなぁ」
「……コスプレ用の服って、結構お高いんですね」
「そうだねぇ。ボクは自作できるほど器用じゃないから、基本的には買ってるけど」
「先輩がコスプレを好きになったきっかけとか、訊いても良いですか?」
「いいよぉ。まぁ、きっかけなんて特にないんだけど」
「あ、無いんですね」
「強いて言うなら、自分じゃない自分になってみたかったから……かな。ボクって、あんまり自分のことが好きじゃないからさ」
「い、今も好きじゃないの?」
「今は、君が好きって言ってくれるから大丈夫だよ」
私が好きって言っていなかったら、好きって言い続けていなかったら。
肯定する私を否定しないために自分を肯定しているのだとしたら、それは少し寂しいかもしれない。
でも、自分の好きな人を、好きな人自身が否定する方が寂しいか。
「じゃあ、大丈夫なように『好き』って言い続けますね」
「ありがとぉ」
「なんて、好きだから好きって言うだけですけどね」
「……なんか今日の莎楼、強すぎない?」
「普段の私、そんなに弱い?」
「そっ、そんなことないよぉ!?」
「ふふっ。なら良いです」
あたふたする先輩を笑顔で見ながら、告白すると決意した途端に自分が攻めすぎていることを自覚した。反省。
先輩がエミリーの服を買っている間に、店長さんの言っていた普通の服を見る。
確かに、作品によっては一般的に流通している服を着用しているキャラも珍しくはない。
普通のスーツやブランド物の組み合わせ、安価な服のリメイクなんかも見かける。
「おまたせぇ。君もなんか買うの?」
「いや、見てただけです」
「そっか。いつか、君と一緒にコスプレできたらいいなぁ」
「新しい伏線ですね」
「回収できるかなぁ」
まだまだ未回収の伏線らしきものがあるけれど、サービス終了までに回収できるだろうか。心配だ。
伏線と思わせて実はなんでも無かったり、シンプルに忘れられることなんかもよくある話なので、私は一つでも多く覚えておきたい。
先輩は紙袋を左手に持ち替えて、空いた右手で私の左手を繋いだ。
「次は何処に行くんですか?」
ビルから出るために階段を降りながら、次の目的地を訊ねる。
因みに、朝早くから行動していることもあり、正午まであと一時間くらいはある。
「実は、ボクの好きを巡るのはそろそろおしまいなんだ」
「えっ、もう終わりですか」
「残り二つなんだけど、一つはまだ早いからさぁ」
最後の一段を同時に降り終え、ビルの外に出た。
真上まで昇り切っていない太陽は、それほど強くない日差しを放っている。
「まだ早い……ということは、お昼ご飯ですね?」
「せいかーい。今日は両面亭で炒飯を食べようと思ってねぇ」
「おっ、良いですね。そろそろまた行きたいと思っていたんですよ」
「ほんとぉ? それはよかったぁ」
「そうなると、残りの一つを先に巡っちゃいましょうか」
「いいの?」
「えっ、なんですかその確認」
「いいの?」
「めっちゃ上目遣いで訊いてくるの、怖いんですけど」
「いいよ」
「なんで先輩が許可を!?」
詳細も正体もわからない最後の『好き』が、先輩の自発的な肯定によってやってきた。
圧をかけてくる先輩を見て、察しの悪い私でもなんとなくわかってしまった。
最後の『好き』は、きっと──。
「お昼の前に、君のことを食べちゃうよ?」
「……その『好き』は、将来の夢とか目標に関係あります?」
「関係しかないよぉ。だってさぁ、どんなに頭のいい大学に入っても、医者とか弁護士とかになれたとしても、隣に莎楼がいないなら意味ないもん」
「私は居なくなりませんよ。先輩がどんな道を選んでも、ついていくから」
高校を卒業するまでの一年間だけは、待ってもらうことになるけれど。
「すっごく嬉しいけど、ボクに進路を縛られたりはしないでね?」
「ついていくって、そういう意味じゃないんだけどな」
同じ部屋で暮らそうということでも、遠い街にも、知らない国にもお供するという意味でもない。
説明しようと思ったけど、勢い余って告白のようなことになったら困るからやめた。
それはまだ、今日じゃない。
「じゃあ、どういう意味なの?」
「内緒。ほら、お昼になる前にキスしましょう」
「随分と大胆だねぇ。どこでしよっか」
「お昼まで時間があるわけですし、両面亭に行くなら私の家に来ませんか」
「いいの!?」
「えっ、良いですけど。そんなに喜ぶとは」
「君の部屋でするのが、特に好きなんだもん」
「……キスの話ですよね?」
「ん?」
「あっそんな可愛い顔でとぼけてもダメです!」
「あはぁ。わかってるよぉ」
繋いでいた手を離して、先輩が腕を組んできた。珍しい、というか初めてかもしれない。
手を繋ぐくらいなら仲のいい女子ならよくやること、っていう先輩の言葉は真実だと思うけど、腕を組むのはそれより親密に見えるのではないだろうか。
「先輩」
「あ、腕を組むのはだめだった……?」
「いや、珍しいなーとは思ったけど。涼しくなってきたし良いんじゃないですかね」
「優しい。可愛い。好き」
「はいはい、私も好きですよ」
少しずつ色づく街路樹の中を、腕を組みながら歩く。
駅に向かう途中で、多分同じ学校に通っている人に、何度かこちらを見られた。これだけの美人が、他ならぬ私と腕を組んでいたら気にもなるか。
ふと、誰もボクのことを見ていない、という先輩の言葉が頭を過ぎった。
私は何処までもずっと一緒に、隣で先輩のことを見続けようと思う。
「先輩の好きを巡る旅は、私の『好き』の再確認にもなりました」
「趣味が違うのに?」
「関係無いですよ。前にも言ったでしょ、好きな人の好きなものを理解しようとするのは、自然なことだから」
食事をするのが、珈琲を飲むのが、写真を撮るのが、コスプレをするのが、キスをするのが好きな先輩。
私のことが、好きな先輩。
「だから、私もぜーんぶ好きですよ」
街路樹の比では無いほど紅く染まって、紅葉ならぬ高揚してしまっていることなんて見透かされているだろうけど、精一杯の笑顔で好きを伝える。
「……もぉ。やっぱり今日の莎楼、いつもより強いね」
「え、照れてます?」
「そんなことないもん」
「かっ、可愛い……!!」
頬を膨らませて、拗ねているフリをする先輩が可愛すぎる。早くログボを渡したい。
駅に到着したのは良いけど、電車が来るまではまだ少し時間がある。
周囲を見渡してみると、ほとんど人が居ない。
疎らに居る人たちは、スマホを見ていたり本を読んでいたりして、それこそ誰も私たちを見てなんかいない。
椅子に座って待っている私たちは、スマホを見たりなんて絶対にしないけど。
「先輩」
「ん?」
呼びかけに応えて、整った横顔がこちらを向いたのを合図に、唇を重ねる。
「んっ」
「んむぅ」
「……ふふっ。我慢できなくなっちゃいました」
「……………………好きぃ」
先輩は顔を真っ赤にして、俯いてしまった。
キスはいつでも、というか基本的に毎日ログボとしてしているのに、こういう不意打ちには弱いんだよね。
「あ、ほら先輩。電車来ましたよ」
先輩の手を握って立ち上がらせて、電車に乗り込む。
先輩と一緒に好きを探したり再確認するのは、まだまだこれからも続いていく。
次回、やや季節外れのバーベキュー!
 




