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88日目:好きの旅(前編)

先輩の『好き』を探しに。

「今日はボクに付き合ってもらうけど、いい?」

「それは勿論良いですけど」


 土曜日の朝九時。

 いつものデートよりも少し早い時間に、先輩が私のことを迎えに来てくれた。


 今日の先輩は、チェック柄でレトロ風の淡いベージュのワンピースに、黒いベレー帽を被っている。美術館とかに居そうな感じがする。可愛い。


「ありがとぉ。じゃあ、まずはVentiから行こうかな」

「朝食ですか」

「それもそうなんだけど、えっとね」


 先輩にしては珍しく、言い淀んでいるというか言葉を選んでいる。

 先輩と一緒に遊べるだけで楽しいし幸せなので、気を遣わないでほしいんだけどな。


「今日のテーマは、ボクの好きなものを巡るデートなんだ」

「なるほど。それで、好きなものの最初は珈琲とアップルパイってことですか」

「うん。食事全般が好きなんだけどさ、まずはあそこかなって」


 好きなものを巡る、か。それで今日はカメラを首から提げているわけか。


 自分探しじゃないけど、そんな感じだろうか。


 先輩の好きなものってなんだろう。私の知る限りだと趣味はコスプレで、食べること、写真を撮ることが好きで、キャラクターならまんなカぐらしが好き。


 細かいことならもう少しわかるけど、大きく分類するとこんなものだろうか。


 勉強も運動も得意な先輩だけど、それらについて『好き』とは聞いたことが無い。できることとやりたいことは違う、というのは私でもわかることだ。


「まるで自分探しですね」

「そうだね。なんと言うか、埋まっている答案用紙に自分の名前を書くみたいな感じかなぁ」


 その表現、何処かで聞いたことがある気がする。

 もしくは、自分で使ったことがある気がする。なんだっけ、いつだっけ。


「とりあえず、行こっか」

「はい」


 手を繋いで、駅を目指す。

 最初から戸毬(とまり)駅で待ち合わせでも良かったんじゃないかな、とは思ったけど、最初から一緒に居られる方が幸せなので気にしないことにする。


 まだ完全に秋では無いけれど、朝ということもあってやや肌寒い。ノースリーブで過ごすのはそろそろ厳しいかもしれない。


 今日は無理そうだけど、今度は先輩に秋物の服を選んでもらおうかな。


―――――――――――――――――――――


「お待たせしました……アップルパイセットと、日替わりモーニングです……」

「ありがとうございます」


 先輩は宣言通りアップルパイと珈琲を、私は初めてモーニングを頼んだ。


 モーニングはレタスのサラダと、たまごサンドとカツサンドとハムサンドに珈琲が付いている。中々のボリュームだ。


「あ、ハネムーンサラダだねぇ」

「このレタスのサラダですか?」

「うん。レタス・アローンとレット・アス・アローン、つまり『レタスだけ』と『二人きりにして』の発音が似てるから、ハネムーンサラダって名付けられたらしいよ」

「初耳です。博識ですね」

「そんなことないよぉ」


 もしそれを意図して出してきたのだとしたら、マスターは只者ではない。


 因みにレタス『だけ』とは言っても、シーザードレッシングがかかっている。フォークでザクザクと混ぜて食べる。


 先輩は、いつものようにアップルパイをナイフで切って、一口サイズにしてから口に運んでいる。

 何度も食べたことがあるのに、先輩が食べているのを見ていると自分も食べたくなってきた。


「はい、一口あげるぅ。だからサンドイッチを少しちょうだい?」

「はっ、はい。ありがとうございます」


 やはり、先輩は私の心が読めるのだろうか。


「はい、あーん」

「あーん」


 サクサクとしっとりの共存した、最高のアップルパイを頬張る。先輩があーんをしてくれたのも、より美味しさを向上させている。


「先輩も、あーん」

「あーん」


 希望を訊かず、勝手にたまごサンドを選んで先輩の口に入れる。一応、食べやすいように半分にして。


「おいしぃねぇ」

「何故か、自分が作るのと味が違うんですよ。簡単そうなのに」

「君が作った料理もおいしぃよ?」

「ありがとうございます。家庭の味とお店の味は違う、ってことですかね」


 お店の炒飯も勿論美味しいけれど、お母さんの作る炒飯も別物だけど美味しい。


 プロの味を家庭で再現、なんて謳い文句をよく見かけるけれど、どちらにも良さがあると私は思う。


 何度かあーんをしたり普通に食べたりしている内に、お互い食べ終わった。残りの珈琲も飲み終えて、お金を払ってお店を出る。


 余談だけど、マスターは私たちのお会計を少し安くしてくれる。バイトを休みがちな私に、そんな優しくしてくださらなくても良いのに。


「次は何処に行くんですか?」

「次はねぇ、美術館に行こうと思って」


 本当に美術館に行く服装だったのか。いや、それを狙っているかはわからないけど。


「先輩って、絵とか好きだったんですね」

「どっちかと言うと、今日のメインは写真かな。不行(いかず)出身の人の写真が展示されてるんだって」

「へぇ。それは知りませんでした」

「ボクも写真家とか、なんなら写真の撮り方とかも詳しくないんだけどさ、ちゃんと見ておこうと思ってね」

「なるほど。良いと思います」


 美術館はこの街、戸毬にある。ここから歩いて、五分もかからないだろうか。


 滅多に行かない……と言うか、私は行ったことが無い。先輩はどうなんだろう。


「先輩は、美術館に行ったことあるの?」

「二年くらい前に、センパイと一緒に行ったよぉ」

「なんか、意外です」

「ボクもそう思う」


 なんて話していると、すぐに美術館に到着した。


 不行市民美術館。

 ほぼ年中無休で開いていて、入場無料。不行市に(ゆかり)のある芸術家の作品が常時展示されていて、今回のように普段とは違うものを展示するイベントが年に数回ある。


 お客さんが(まば)らに居るので、小さい声で会話する。普段もそんなに大きな声で喋ってはいないつもりだけど。


「写真の方を見に行きます?」

「いや、絵の方から見ようかなぁ。どっちも見るつもりだったし」

「わかりました」


 左手側が常設の絵画展示で、右手側がイベント展示になっているらしい。


 順路に従って、左手側から入る。美術館だからなのか、自然と手を離していた。


 不行出身の画家なんて全然知らないけど、見たことのある街並みや景色が描かれている絵が多いので、親近感が湧く。


 その中に一枚、親近感から程遠い絵があった。

 雨の中、傘も差さずに立ち尽くす喪服の人々が、土の中に埋められた棺桶を見つめている絵だ。


 俯瞰で描かれていて、埋葬の様子を空から見ている気分だ。なんとも言えない哀愁が漂っている。


「……なんだろう、ボクはこの絵が好きかも」

「先輩もですか」


 好き、と言うと語弊があるのかもしれない。

 けど、一番気になったのはこの絵だ。


 そこからはお互い無言になって、そのまま写真を展示している方に向かった。


 和与(わあたえ)(マコト)という、不行出身の女性写真家の作品のみが展示されていた。年齢はなんと二十歳らしい。ヒアさんと同い年だ。


「あ、この写真見てぇ」

「不行展望台からの景色ですね」

「昼間はこんな感じなんだねぇ」

「あ、そういえば暗くなってからしか行ったこと無かったね」


 夜景がとても綺麗だったけど、昼間も昼間ではっきり街並みが見えて綺麗だ。


 他の写真も、先輩とのデートで見たことのある景色が多い。不行出身の人は、郷土愛が強いのだろうか。


 私は、絶対に違うところに行きたいとも思ってないし、一生をこの地で過ごしたいとも思っていない。先輩が居るところで生きていきたい。


「ボクは写真を撮るのが好きだけど、やっぱりこれを仕事にするのは違うみたい」

「料理をする先輩も、写真を撮る先輩も、これからも仕事とか関係無く見たいです」

「あはぁ。好きなことを将来の夢にしないといけないってこともないもんね」

「そうですよ。私も、プロゲーマーとか小説家になりたいとは思ってませんし」


 逆に、まだ何も決まってないけどね。


 今度は手を繋いで、美術館を後にした。

 デートが始まってから、まだ二時間弱しか経過していない。


 先輩の好きを探す旅は、まだ始まったばかりだ。

次回、先輩の将来は決まるのか?

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