87日目の夜:変と恋
人は変わる。
善し悪しや賛否はあるけど、どうしたって人は変わらずにはいられない。流れない水は腐っていくって言うしね。
「莎楼は変わったなぁ……」
壁に貼ってある莎楼の写真を見ながら、思わずため息が漏れる。
よく笑うようになって、表情が豊かになって、踏み込んでくれるようになって、唇にキスするのが当たり前になって、たまに敬語が抜けるようになって、テストの順位は三位に上がって。
数々の喜ばしい変化を成長と言い換えるなら、ボクは全く成長していない。
長年愛されてきた老舗料理店とか、既に最適化が完了している機械とか、そういった変わらない方がいいものとは違って、ボクは変わらないといけない。
好きって言ってくれる莎楼のためにも、もっと自分に自信をもたないといけないし。進路だって早く決めないと。どうせならテストの順位はキープしたいし、そうなると遊んでばかりもいられない。
「文武両道で美人で胸の大きい、そんな『先輩』からは変わらずに……。もっと、もっとボクは変わらないと」
あんなに莎楼と付き合いたいって思っていたのに、とてもじゃないけど今の自分じゃ付き合えない。
別に最初から、自分が最も莎楼にふさわしいなんて思い上がってはいないけど、このままだと釣り合わないんじゃないかな。
きっと、どんなボクでも好きでいてくれる。
きっと、どんなボクでも許容してくれる。
きっと、どんなボクでもキスしてくれる。
そんな優しさに甘えてばかりで、ログインボーナスを貰ってばかりで、ボクは何も返せていない。
「……今の莎楼なら、あんな顔もしないで、花火の音にも負けないで、なんでも言えるんだろうな」
夜というものは不思議な時間帯で、過去の思い出が急によみがえったり、後悔のようなものやなんとなく暗くなるような思考が多くなる。
莎楼と一緒にいる間は、そんなこと考えずに済むのに。早く明日にならないかな、デート楽しみだな。
あ、また莎楼に甘えようとしてる。これじゃただの依存だね。反省。
とりあえず明日のデート先を考えよう、と思っていたらスマホが振動し始めた。莎楼かな、と思って確認するとセンパイからだった。
「もしもしぃ」
『遅くにごめん。日曜って空いてたりする』
「空いてるよぉ。明日はデートだけどねぇ
『それは良かった。実は叔父さんがバーベキューをするから、友だちも呼んだらどうだって』
「叔父さん……って、センパイのほぼ唯一の親戚だっけ」
『そう。良かったら、サドちゃんも誘ってみて』
「はぁい。……あ、センパイに訊きたいことがあるんだけど」
『何』
「センパイはさ、将来のことって考えてる? 大学を卒業した後のこととか」
『カサも進路について悩む季節か。私は、この髪とピアスで就職は難しそうだから悩んでるよ』
「あはぁ。センパイのトレードマークだもんねぇ。バイト先に就職しちゃえば?」
『確かに、あそこなら雇ってくれるだろうケド。でも、きーちゃんのためにも多めに稼ぎたいとは思ってる』
「大学にも行ったわけだし、センパイなら高給取りになれそうだよね」
『カサの方がなれそうだケド。何か無いの、やりたいこと』
「それが全然思いつかなくてさぁ」
『大学生の私が言うのもなんだけど、どうせなら好きなことをした方が良いよ』
「好きなこと、かぁ。莎楼の顔しか浮かばないや」
『今は惚気話をする時間じゃない。カサはコスプレとか写真を撮ることとか、最近は料理も頑張ってるでしょ。そういうところから考えてみたら』
「なるほど。すごく参考になったよぉ」
『それか私みたいに、進学を目指すとか。カサなら何処にでも入れるでしょ』
「でもお金がないからさぁ」
『お金のことは気にしないで。本当に行きたい場所に行くべきだと思うケド』
まるで自分が払うから気にするな、って意味に聞こえたけど、流石にそれはないよね。というか、センパイにそこまでお世話にはなれない。
「わかったよぉ。ごめんね、突然こんな話して」
『別に。いつでも相談くらいは聞くよ』
「ありがとぉ。それじゃ、また日曜日ねぇ」
『うん。おやすみ』
「おやすみぃ」
通話を切って、スマホを置く。久しぶりに長電話をしちゃった。
親は頼りにできないし、相談できる成人ってセンパイとおばあちゃんしかいないかも。
でも、そんな数少ない大人に助けられて、同年齢の友だちのニケやアラに支えられて、そして後輩の莎楼にログインボーナスを貰って。
「ボクもがんばらないと」
なんとなく、明日のデート先は決まった。そろそろテスト前期間になるし、明日のデートの後はしばらく我慢かな。あ、日曜日にバーベキューに参加してくれる可能性はあるけど。
あとは、ボクの将来を決めよう。
センパイがタイラちゃんとの未来を考えているなら、ボクは莎楼のことを考えよう。ずっと一緒にいるために、ログボを貰い続けるために。
迫るログボ百日目。
心に点いた火を消さないように。
人は変わる。




