9日目:告白(中編)
秘密。それは、好きな人が相手だからこそ、いつかは踏み込まなければいけないこと。
私の言葉を最後に、沈黙が訪れた。
怖くて、先輩の顔を見ることができない。高校生にもなって恋をしたことがないなんて、信じてもらえるだろうか。
先輩は交際経験が無いと前に言っていたけど、『付き合った経験がない』のと『恋をしたことがない』では、全く意味合いが違う。
思うに、恋愛というのは義務教育のようなもので、幼稚園児や小学生だって、なんとなく恋をしている。私はその経験が無いまま、高校生になってしまった。
「そっかぁ。それで、ボクと同じ『好き』だって言えなかったんだねぇ」
「そう、です」
「でも、ボクのこと好きだって言ってくれたよねぇ?」
「はい。先輩のことは大好きですよ。ただ、恋をしたことがないというだけで」
「詳しく話してくれる?」
「超絶イケメンを見てときめくとか、男の子に優しくされて惚れるとか、告白されて心が揺れるとか、そういう経験が無いんです」
「あはぁ。じゃあボクが君のこと大好きーって気持ちも、別に嬉しくないってことぉ?」
「そ、それは違います!」
思わず大きな声を出してしまった。先輩はいつもと同じ話し方に戻っているけど、恐らく私を緊張させないためだろう。どんな時でも他人のことを気遣える人なのだと、心から敬服する。
先輩に会ってから、ログインボーナスが実装されてから、私の心はどんどん揺らいでいる。しかし、今まで恋をしたことが無いから、この気持ちが先輩と同じだと確信が持てないでいる。
ましてや、先輩は女性だ。恋をしたことがない私が、同性相手に恋をしているなんて、どうやっても断言できない。
「恋なんてさ、しようとしてするものじゃないよぉ。特に深い理由なんて、いらないものだから」
「先輩は人のことを好きになった時に、それが恋だと……普通の好きとは違うということを、どうやって判断しているんですか?」
「やらしぃことをしたいかどうかでしょ」
即答された。しかも真顔で。
いや、生物なんてそんなものかもしれないけども。子孫繁栄のための本能に、恋愛なんて大層な名前を付けているだけに過ぎないかもしれないけども。
私だって、少女漫画の主人公でもなければ、夢見る少女でもない。そんなことくらいならわかっている。
「先輩は、私とそういうことがしたいから、恋だってわかったんですか?」
「ううん。それは違うよ」
「では、どうやって?」
「君はさ、他人に深く踏み込まないでしょ。多分、意識的に」
「……よくわかりますね」
先輩の洞察力には驚かされる。
そう、それはもう1つの秘密。恋をしたことがないのと、セットで考えてもらってもいい。
恋をする、というのは、相手のことを深く知ろうとすることでもある。私は過去の経験から、一歩引いて人と付き合うことを覚えた。今までの相手の発言から考え、差し障りのない言葉を選び、そうやって会話をしてきた。
「わかるよぉ。今までボクと接してきた人で、『一人称がボク』『男も女も恋愛対象』『胸が大きい』『家族の仲』の話題を一切出さなかったのは君だけだからねぇ」
「それは、きっと言われすぎて飽き飽きしているだろうな、と思っていまして」
「そこだよ、そういうフラットな視点が好きなんだぁ。そう思っても、なんだかんだで訊いちゃうでしょ。普通は」
「そういうものなんですかね」
「そうだよぉ。で、秘密はわかったけど、ボクに訊きたいことってなんだったの?」
忘れてた。私は、先輩に訊きたいことがあったのだ。さっき先輩が列挙したことではなく、もっとシンプルな質問が。
人に深く踏み込まないよう、相手になるべく興味を持たないように生きてきた私にとっては、一世一代の質問だ。
「えっと、ですね。こんなことを訊ねるのも悪いと思うのですが」
「大丈夫。なんでもどーんとこい、だよぉ」
「ふふ、ありがとうございます。……先輩。先輩は私に1つ、いや、もしかするともっとあるかもしれませんが、とにかく1つ、嘘をついていますよね」
「なーんだ、君も洞察力が鋭いねぇ」
「相手に深入りしないように生きていると、自然とそういうのがわかるようになりまして」
思えば、ログインボーナス実装の時から怪しいとは思っていた。けれど、そこを言及するのは悪いと思った。何故ならば、もしもそれが嘘ではなかった時に、先輩を傷つけてしまうから。
「君についている嘘は、1つだけだよぉ」
「それを聞いて、安心しました」
ぎこちないなりに、私は先輩に微笑みかける。
私の秘密を笑顔で受け止めてくれた先輩に対する、私なりの礼儀だ。
「本当は、ボクの恋愛対象は女の子だけなんだぁ」
「そうだと、思っていました」
次回、9日目完結。




