80日目:先輩の家に泊まろう(中編)
先輩のクッキング!
一緒に部屋を出て、階段を降りる。
私の家とは違って、廊下も長いし部屋の数も多い。ほとんど使っていないって先輩は言っていたけど、民宿として明日からでも営業できそうだ。
リビングを通ってキッチンに入る。ここに入るのは、パスタを作った時以来だ。
「因みに、何を作るんですか」
「今日はねぇ、唐揚げと玉子焼き!」
「玉子焼き、は少し意外です」
「ボクもさぁ、君に玉子焼きを作ってあげられるようになりたくてね」
「えっ、めっちゃ嬉しいんですけど」
玉子焼きを作ってあげる関係、がまさか相互になるとは。なんか泣きそう。
私が一人で爆発寸前の感情を抱えている間に、先輩はエプロンを装着していた。凄い似合っている。
こんなの家庭科の調理実習とかで目撃したら、クラスメイト全員が虜になってしまうんじゃないだろうか。
そんな炸裂寸前の感想を抱えている間に、先輩はフライパンと鍋と包丁、まな板の使いそうな食材を次々とキッチンに並べていく。
めちゃくちゃ広くて大きいキッチンだからできる芸当であって、これを我が家で真似すると普通に邪魔になる。
「それじゃあ、まずは玉子焼きを作るねぇ」
そう言って、先輩は卵を二つ割ってお椀に入れる。そこに、塩と醤油を入れてかき混ぜていく。
砂糖を入れないところ以外は、私と同じ作り方だ。
「因みに、ボクはフライ返しで作るよぉ」
「難しいですよね、箸で巻くの」
「いつかはできるようになりたいけどねぇ」
意外と、と言うと失礼かもしれないけど、先輩は意外にも慣れた手つきで玉子焼きを巻いていく。
練習しているんだよ、という言葉に嘘は無かったわけだ。最初から疑ってはいなかったけど。
「よし、上出来かなぁ。次は唐揚げを揚げていくよぉ」
「では、私は玉子焼きを切ってお皿に乗せておきます」
「ありがとぉ」
うわ。今の自然なやり取り、めちゃくちゃ新婚っぽかったんじゃなかろうか。
でも、先輩が何も言っていないのに私がそういうことを言うのは恥ずかしいかも。黙っておこう。
「ねぇ、莎楼」
「はい?」
「今のやり取りさぁ、すっごい新婚さんみたいじゃなかった?」
「ですよね!?」
「そ、そんなに共感してもらえるとは思わなかったよ」
しまった、同じことを考えていたのが嬉しすぎて、うっかり大きな声を出してしまった。
当初と性格が反転している気がする。
昔の私の方が好きだったりしたらどうしよう。
「えっと、すみません」
「謝ることは何もないけどねぇ。……というか、新婚さんを否定されなかったことが、ボクはすっごく嬉しいよ」
「だって、すごく新婚っぽかったですもん」
「変わったねぇ。莎楼は」
「……昔の方が良かったですか?」
「どうして?」
「え、いや……その」
私が言い淀んでいる間に、先輩はフライパンに油をたっぷり入れて加熱し始めた。
「毎日ログインし続けているのに、前の方が良かったなぁって言う人はワガママすぎると思うなぁ」
「あ、それは私も思います」
「変わり続けるものを変わらずに愛し続ける、それってそんなに難しい?」
先輩はそう言いながら、タレに漬けてある鶏肉の入ったジッパー付きの袋を冷蔵庫から取り出した。
それを開けて、熱した油に一つずつ箸で入れていく。パチパチと油が弾ける音が響く。
その音に負けないように、先輩に答える。
「わ、私は。私にとっては、なんにも難しいことはありませんよ」
「それってつまりぃ?」
最後の鶏肉を入れ終えて、にやにやしながら私と目を合わせる先輩。
意味なんてわかってる癖に。イジワルな先輩だ。
「今も昔も、華咲音先輩のことが好きって意味だよ!」
「んふっ、んふふふふ」
「ご満足いただけましたか」
「ボクも、今も昔も君のことが大好きだよぉ」
「……めっちゃ照れるんですけど」
「あはぁ。やっぱり大事だよね、言葉にするって」
それを確認するのは何度目かわからないけど、本当にその通りだと思う。
昔の先輩も、今の先輩も。どっちも素敵だから。
変わるものもあるけれど、変わらない部分もあるから。
「さて。唐揚げも揚がったし、盛り付けて食べよぉ」
「そうしましょうか」
先輩が唐揚げを皿に盛っている間に、私は玉子焼きの乗った皿をテーブルに運ぶ。
「お茶碗は好きなの使っていいから、ボクの分もご飯盛っておいてぇ」
「わかりました」
炊飯器の蓋を開いて、ご飯を盛り付ける。この炊飯器、確かめちゃくちゃ高いやつだ。凄く美味しくお米が炊けるって噂の。
茶碗もそうだけど、食器類がどれも高そうなものばかりだ。食器棚から取り出すだけなのに、少し緊張する。
二つの茶碗にご飯を盛って、テーブルに運ぶ。
先輩は唐揚げの乗った皿と、箸を準備しておいてくれた。
「それじゃあ、いただきまぁす」
「いただきます」
まずは玉子焼きから食べよう。箸で少し切って、一口分を食べる。
「わっ、美味しいです! 先輩の玉子焼きは甘くないんですね」
「うん。おばあちゃんに教えてもらった作り方だからねぇ。唐揚げもそうなんだよ」
それを聞いて、唐揚げも口に運ぶ。
少し濃いめで、ニンニクは控えめ。しっかり味が染み込んでいて、肉汁も溢れてくる。凄く美味しい。
「めっちゃ美味しいです。おばあちゃんの家で食べたのを思い出しますね」
「ありがとぉ。おばあちゃんが作った方がおいしぃ気がするけど」
「私も、永遠にお母さんの玉子焼きに勝てないと思ってます」
「あはぁ。そういうものなのかなぁ」
「多分そうですね」
唐揚げをご飯の上で割って、白米と一緒に食べる。
やっぱりお米の味が全然違う。というかお米からして違う気がする。凄くミルキーな甘みがある。
唐揚げとご飯のコンボが強すぎて、あっという間に全て食べ終えてしまった。最後は玉子焼きで締める。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまぁ。自分で言うのもなんだけど、おいしかったねぇ」
「はい。とっても美味しかったです。次は、私が作りますよ」
「楽しみぃ」
空いた食器をキッチンに運ぶ。
洗おうと思ってスポンジに手を伸ばしたけど、先輩に止められてしまった。
「別に今すぐ洗わなくてもいいよぉ。それよりさ、一緒にお風呂に入ろ?」
「は、入ります。……まだお湯を張ってませんよね?」
「ウチはお湯を自動で綺麗にしてくれるから、いつでもお風呂に入れるんだよぉ」
「そんな機械があるんですね」
「ちゃんと数日でお湯は替えてるから、そこは安心してぇ?」
二十四時間、いつでもお風呂に入れるのはちょっと羨ましい。
先輩と一緒に部屋に戻って、着替えを用意する。バスタオルは貸してくれるとのことで、お言葉に甘えることにした。
先輩の家でバスタオル、と言うとあの日のことを思い出しちゃうな。
「それじゃ、お風呂にれっつごー!」
元気いっぱい、意気揚々とした先輩と手を繋いで階段を降りる。楽しみだな、お風呂。
次回、お風呂に入った後になんやかんやして一緒に寝ます。(また更新が遅くなってすみません。後編は本当にすぐ出します)




