77日目:充電
テスト前。
テスト前日の放課後。
とは言っても、授業も普段通りだったし、先輩もいつも通りだ。
まだ先輩は第二理科準備室の鍵を返してもらってないらしく、今朝のログボはお預けとなった。
いや、私目線でお預けっておかしいな。待ち望んでいるのは先輩の方だったはずなのに。
今日はバイトが休みだけど、だからと言って先輩と遊ぶわけにもいかない。
夏休み、遊んでばかりではなかったということをお母さんと先輩に証明しないと。
あと、まだ見ぬ進路先の人にも。
帰る支度をしていると、ココさんが話しかけてきた。
「クグルちゃん、バイトの件なんだけど」
「あ、ちゃんとマスターに話しておきましたよ。テストが明けたら、私と一緒に行きましょう」
「はーい。ありがとうねー」
「いえいえ。では、また明日」
「また明日ー」
ココさんと一緒に働くことになるのか、シフトが別になるのかはまだわからない。
前向きに検討してくださったということは、お店が儲かっているということでもあるはず。素直に嬉しい。
バイトのことより、まずは明日からのテストを乗り切らないと。今回こそは順位を上げたい。
カバンを持って教室を出ると、今日も先輩が待っていてくれた。
が、三人の女子に囲まれている。
「学祭のバンド、めっちゃカッコよかったです!」
「ありがとぉ」
「そういえば、この前茶戸さんと手を繋いでいるのを見かけたんですけど」
「だから何?」
「えっ……と」
「もういい?」
「は、はい……さようなら、先輩」
「サヨナラ」
いつもと表情も声色も違う先輩と、目が合った。
思わずドキッとしてしまう。
「……あはぁ。見られちゃった?」
「見てませんよ。いつもと違う先輩の一面なんて」
「見てるじゃん!」
「ふふっ。随分と塩対応でしたね」
「だってさぁ、ボクのことなんにも知らないのにさぁ」
一緒に階段を降りながら、私はちゃんと先輩を理解できているのか不安になってきた。
少なくとも、さっきの人達よりはわかっているけど。
もしあの対応を先輩にされたら、私なら気絶するか最悪の場合だと死に至る自信がある。
「そう言われてみると、私は逆にあのモードの先輩と会話したことがありませんね」
「そうだねぇ。最初から好感度がマックスだったからね」
ログボ実装前からゲームが終了していた疑惑。
確かに、私が初対面だと思っていた時には既にこの柔和な感じだった。
実際は、初対面ではなかったわけだけど。
階段を降り終えて、玄関に向かう。
明日からテストだから、部活も無い。そのため、玄関はそれなりに混雑していた。意外と狭いから仕方ない。
さっき先輩に話しかけて、塩対応を食らっていた人達の姿は見えない。頭の中で胸を撫で下ろす。
靴を履き替えて、先輩と合流して外に出る。
勿論、手を繋いで。
「そういえばぁ、今日のログボをまだもらってないんだけど」
「そうでしたね。どうしましょうか」
駅までの道中で、キスをするのは難易度が高い。
同級生に目撃された程度で、手を繋ぐことはやめないけれど。
「うーん。キスはテストが終わるまで我慢するけどぉ、何かは欲しいなぁ」
「飴とかで良いですか?」
「あはぁ。聞いたことがあるセリフだねぇ」
「だって、もうそれくらいしか」
「じゃあ、飴ちょうだい?」
「はい、どうぞ」
鞄に手を突っ込んで、ノールックで適当に一粒手に取り、それを先輩に渡す。
最近お気に入りの、四角いキューブ状の飴だった。コーヒーとミルク味の縞模様の飴。
「ありがとぉ」
先輩は微笑んで、それをスカートのポケットに入れた。
「あれ、食べないんですか」
「今は食べないよぉ。君と喋りにくくなっちゃうから」
「なるほど」
「ねぇ。テストが終わったらさ」
「はい」
「お泊まり……してもいい?」
「大歓迎です」
「わぁい」
ついこの間まで、一緒にホテルに泊まっていたとは言え、やっぱりお泊まりは最高のイベントだと思う。
頻繁に発生することに感謝しかない。
いつも通るコンビニの前を通過して、もう少しで駅に着いてしまう。
「そうだ。テストに向けてさぁ、ちょっとモチベを上げたいんだけど」
「モチベ……ですか。普段はどんな心構えなんですか?」
「特に何も思わないけどぉ、一応は点数を稼いでおこうかなぁって気持ちかな」
「前回のテスト、学年何位でした?」
「八位だったよぉ」
「……頭が良いのは知っていましたが、まさか一桁とは」
「莎楼は?」
「真ん中よりちょっと上、くらいです」
こんなんじゃ、先輩に着いていくなんて無理だ。
もっと上を目指さないと。もっと本気で勉強しないと。
「じゃあさ、ゲームしようよ」
「ゲーム、ですか」
「うん。前回より順位が上がった方の勝ちってゲーム」
「お互いが上がったらどうするんですか」
「上がり幅が大きい方の勝ちってことにしよ?」
「え、私めっちゃ有利じゃないですか」
「逆境ほど燃えるタイプだから、ボク」
「初耳なんですけど」
塩対応な先輩とか、学年八位とか、逆境に燃えるとか、今日はなんだか知らない情報が沢山出てきたな。
それはともかく、仮に先輩が学年一位になったとしても、上がり幅で言えば私の方が上がる余地がある分、かなり有利だ。
「どうかなぁ。勝負してくれるぅ?」
「構いませんよ。受けて立ちます」
「ありがとぉ。負けた方は、勝った方のお願いを一つ叶えるってことで」
「わかりました。私のモチベも上がるってもんです」
まだ何も考えていないけど、取り敢えずテストを頑張ろう。
仮に負けたとしても、そんなにデメリットじゃないことは黙っておこう。
そんな話をしている内に、駅に着いてしまった。
後は電車を待つだけ。
「ねぇ、ちょっとだけで良いからさ。ギューってして?」
「流石にそれは目立ちますって」
「じゃれてる女子高生なら、それくらいするよぉ」
「……ちょっとだけですよ」
「うん。充電ってことで」
正面を向く先輩の、左腕に軽く抱きつく。
これくらいなら大丈夫かな。
「……はい、おしまい」
「ありがとぉ。それじゃあ、テスト明けを楽しみにしてるねぇ」
「私も楽しみにしてるよ。部屋、掃除しておくので」
「それは、テストが終わってからの方が良いと思うなぁ」
「テスト前って、なんか掃除とかしたくなるじゃないですか」
「わかるけどねぇ」
でも、今回は本当にそんなことをしてる場合じゃないな。
つい読み終えた小説を読み返したり、模様替えをしたりなんてしたら負けてしまう。
「あ、電車が来ましたね」
「それじゃあ、また明日ねぇ」
「はい。また明日」
明日もキスはできないだろうけど、会えるだけで私は十分だ。
それだけで、きっと充電されると思う。
約一ヶ月、本当にお待たせ致しました。エタってません。待っていてくださった皆様、これからもよろしくお願いします!




