幕間:サマースノー
※時系列は前回の話からそのまま繋がっていますが、ログインボーナスはありません。
『夏休みを利用して、不行に行こうと思うんだけど』
いつもネトゲで一緒に遊んでいるフレンドのスノーさんが、突然そんなことをボイチャで言い出した。
もう三年くらいの付き合いで、同じギルドで沢山のクエストをクリアしてきた仲だ。
スノーさんも昔は不行市に住んでいたらしく、それを知ってから一層仲が深まった。
「えっと……いつ来るんですか」
『明日』
「突然ですね」
『いや、前から決まってたけど。サドサローちゃんがログインしてなかったから言えなくて』
「すみません、最近忙しくて」
『良いんだよ。リアルの方が大事なのは当たり前だし』
そう言って笑うスノーさん。
私より一歳年上、つまり先輩と同い年の彼女は、とても大人っぽくて透き通る声色をしている。
ボイチャをしつつも、私たちの目の前でモンスターが次々と蒸発していく。
白い着物に身を包み、先月実装されたばかりのスキルを駆使するスノーさん。まずい、私もそろそろ触らないと置いていかれる。
『サドサローちゃんも不行市内に住んでるんだよね』
「えっと、はい」
本来なら自分の住んでいる地域、特に県名より詳細な地域は教えるべきではない。
いくら長い付き合いで、同郷のよしみだとは言っても、伝えるべきではなかったと反省している。
『何処かで待ち合わせしてさ、ちょっとで良いから会ってみない?』
「……えっと」
『あ、もちろん嫌なら嫌って言ってね』
「嫌ではないのですが……。ちょっとクエストが終わったら、相談するために一度抜けますね」
『家族に? 恋人とか?』
私は女だから浮気にならないよ、と付け加えるスノーさん。
残念ながら、女性であることが先輩を安心させる要因にはならない。
お母さんは多分止めはしないだろうから、先輩の許可を貰わないといけない。
いや、別に付き合っているわけでもないし、先輩は明日バイトだから会うこともないんだけど、それでも内緒にするのはなんとなく後ろめたい。
時刻は夜の十時。プールで遊んだことも加味すると、先輩は既に就寝しているかもしれない。
『……もしもしぃ』
「すみません、寝てましたか」
『布団に入って五分が経過した感じぃ。君から電話をかけてくるなんて珍しいねぇ』
「あのですね、相談がありまして」
『なになにぃ』
「ネトゲのフレンドが、明日不行に行くから会えないかって」
『……男の人ぉ?』
「女性です。私より一歳年上なんですけど」
『ふぅん』
まずい、めちゃくちゃ不機嫌だ。寝始めていたのもあるだろうけど、普段の声色と全然違う。
「えっと、先輩が嫌なら行きません」
『あの時みたいだね。ほら、病院に行った時の』
「そうですね。あの時も、先輩はかなり心配してましたよね」
『そりゃそうだよ。これだけ時代が進んでもさ、やっぱり心配になるもん』
「そうですよね……。では、断ってきますね」
『でも、束縛が強い女にはなりたくないんだよね』
聞いたことのない低い声で、うーんと唸り続ける先輩。何やら相当迷っているようだ。
『明日会うってことは、君はバイト休むってことだよね?』
「えっと、マスターが明日は休んでくださいと仰っていたので」
『待ち合わせ場所はVentiにして、なるべくそこで終わりにしてほしいんだけど』
「……なるほど。わかりました」
『ボクのバイトしてる店でもいいんだけどさ、さすがにそれはやりすぎだと思うし』
それで先輩が安心するならそれでも良いけど、先輩はスノーさんには会わないという気遣いをしてくれているみたいだ。
休みを貰ったのにバイト先に行く、というのも少し気まずいけど、そんなことは今更気にしない。
「ありがとうございます、先輩」
『ううん、面倒な女でごめんねぇ……』
「あ、戻った」
『なにがぁ?』
「こっちの話です。では、おやすみなさい」
『おやすみぃ』
通話を終了して、長く息を吐く。
最後の最後には、いつも通りの声色と喋り方に戻ってくれて本当に良かった。
正直、スノーさんに会うよりも緊張感があった。
「あ、スノーさんに会えるって伝えないと」
ヘッドホンを装着して、マイクをオンにする。
私が離席している間、スノーさんはデイリークエストを消化していたらしい。
「スノーさん。明日なんですけど、戸毬町にあるVentiという喫茶店で待ち合わせで良いですか」
『良いよ。知らないお店だけど』
「最近オープンしたばかりなので」
『なるほど、それは私が知らないわけだ』
「時間は何時くらいが良いですか」
『そっちに合わせるよ。ついでにランチでも食べられたら最高だね』
「では、お昼頃にしましょうか」
『うん。それじゃ、また明日』
「はい、また明日」
『おやすみ』
「おやすみなさい」
手を振るジェスチャーをマイキャラにさせて、ログアウトした。
ヘッドホンを外してシャットダウンをして、ベッドに倒れ込む。緊張してきたけど、取り敢えず寝よう。
―――――――――――――――――――――
マスターには事情を説明し、カウンター席で珈琲を飲みながらスノーさんを待っている。
私の後方にさりげなく、お店全体が見渡せる席にヒアさんとキツちゃんが座っている。
いつもなら軽く挨拶をしてくれるのに、今日は二人とも反応を示さなかった。
いつものカウンター席に座っていない点も加味すると、先輩に頼まれて来たのだろうか。なんて、邪推が過ぎるかな。
なんて考えていると、チリン、とドアの鈴が鳴った。
「いらっしゃいませ…………」
「えっと、待ち合わせで……っと。貴女がサドサローちゃん?」
「はっ、はい。初めまして、スノーさん」
「初めまして、って言うのも変な話だけどね」
スノーさんは珈琲を一つ、とマスターに伝えて、私の隣に座った。
彼女はゲーム内と同じような、真っ白な着物を着ている。下はフレアスカートを履いていて、和洋折衷で美しい。
顔立ちは中性的で、誰が見ても美人と言うに違いない。
髪は肩にかからないくらいの長さで、右に一つお団子を作っている。前髪には、雪の結晶を模したヘアピンが二つ。
「お綺麗ですね」
「ありがとう。サドサローちゃんも可愛くてビックリしたよ」
「ありがとう、ございます」
「いや本当にさ。こう言ったらアレだけど、オフ会って基本的に眼鏡かけてる人か太ってる人しか来ないから」
「それは偏見では……?」
「経験に基づいた事実だよ。まぁ可愛いとか可愛くないとか関係なく、君に会えて良かった」
ボイチャの時と同じような、透き通る声色。
マスターが珈琲を持ってきたところで、アップルパイも注文した。
「アップルパイがオススメなの?」
「はい。とても美味しいですよ」
「マスター。私にもアップルパイを」
「かしこまりました…………」
スノーさんは珈琲を一口、静かに飲んだ。
「うん、美味しい。不行でこんな素敵な珈琲が飲めるとは」
「珈琲、お好きなんですね」
「まぁね。そういえば、彼氏が許してくれたみたいで良かったよ。いつも話してくれる先輩でしょ?」
「えー……と。まず先輩とは付き合っていませんし、先輩は女性です」
「おや。てっきり付き合っているとばかり」
「そんなに付き合ってるっぽい感じで話してました……?」
「うん、すごい楽しそうだよ。付き合っていなくても、好きだったりはするの?」
先輩が女の子だとわかった上で、その質問をしてくるとは思いもしなかった。
「えっと……」
「私はね、実はレズなんだ。あ、サドサローちゃんのことをそういう目で見てるわけじゃないよ」
私には彼女がいるからね、と続けた。
女性が好きだからといって、誰も彼もをそういう目で見るわけがない。それこそ、事実に基づかない偏見だ。
「私は……えっと、まだよくわかってなくて。好きは好きなんですけど、付き合うとかは……その」
「少し昔話をしても良いかな」
「は、はい」
「小学生の頃、引っ越す前にね。私には仲の良い女の子がいてね」
「友だち、としてですか」
「向こうはそう思ってたよ、多分。でも、私は付き合いたいって意味で好きだった」
「……」
「一応伝えたんだけど、意図した通りには伝わらなかったかな。で、引っ越してからは会えず終い」
……あれ。なんだろう、この違和感。
この話を、別の視点から聞いたことがある気がする。
「だから、後悔はしないようにね」
先輩と同い年で、小学生の頃に不行に住んでいて、好きな女の子がいて。想いを伝えたけど友だちのままで、引っ越してからは会えていない。
いや、ありえない。そんなはずがない。
「ありがとうございます。進展があったら報告しますね」
「うん」
「お待たせしました……アップルパイです……」
「ありがとうございます」
いつも通りの焼きたてのアップルパイを見ながら、私は一つの仮説を確かめずにはいられなかった。
「あっ、あの。スノーさんのハンネの由来ってなんですか。私は本名の読み方を変えたものなんですけど」
「私も似たようなものだね。下の名前が雪って書くからスノーにしたんだよ。因みに読み方は」
「すすぎ……ですか?」
「えっ、よくわかったね。初めてだよ、当てられたの」
スノーさんは本当に驚いた顔をしながら、その直後にニコリと微笑んだ。
この人が、先輩の初恋の人。
どうしよう、動揺が隠せない。
「たまたまですよ、たまたま」
「そっか。そういうことにしておこう」
え、バレてる?
名前のことはそれ以上言わず、私の名前を訊いてくることもなく、お互い静かにアップルパイを食べた。
完食し終えたスノーさんは、残りの珈琲も一気に飲み干した。
「さて。今日は時間を作ってくれてありがとう」
「い、いえ。こちらこそ」
「またゲームの中で会おう。そうそう、名前のことは内緒だよ」
「勿論です。なんなら、会ったことも秘密にします」
「別に、そこまでしなくても良いけど」
スノーさんは笑いながらそう言って、立ち上がった。ふわりとフレアスカートが揺れる。
「マスター、お会計を」
「はい……」
「とても美味しかった。また来ます」
「ありがとう……ございます……」
「それではサドサローちゃん、また」
「はい、また」
昨日のゲームの中のように、手を振って見送る。
スノーさんが店を出て、ドアが閉まった瞬間に一気に力が抜けた。
こんなに世間は狭いのか。
そんなに世界は小さいのか。
「……先輩には言えないな」
このことは、内緒にしても後ろめたくないだろう。
次回、そろそろ夏休みもクライマックス。




