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73日目:遠い海には行けなくても

どうやら、あの計画が……?

 土曜日、私の部屋。


 扇風機が回る部屋の中で、先輩はテーブルに突っ伏している。

 眠っているわけではなく、シンプルに落ち込んでいる。


「元気出してくださいよ」

「出ない……チューしてくれたら出るかも」

「それは言われなくてもしますが」


 先輩が落ち込んでいる理由。

 結論から言うと、海に行けなくなったから。


 お盆時期を過ぎた海はクラゲが出る、なんていうのはよく聞く話だけど、今年も例に漏れず発生しているらしい。


 しかもそれが例年よりも多いらしく、近場の海水浴場はどこも遊泳不可になってしまった。かと言って、遠い海にも行けない。

 というわけで、先輩はガッツリ落ち込んでいる。


 私も楽しみにしていたけど、プールには行けるからそこまで落ち込んではいない。残念なことに変わりはないけど。


「……水着さ、三つ買ったよね」

「はい。海に行けなくなったので、一つしか着ないと思いますが」

「今着てよ」

「い、今ですか」

「プールで着ないやつ……あの、ビキニのやつじゃなくてもいいから……」


 こんなに元気が無い先輩、久しぶりに見たかもしれない。それこそ、水着を買いに行った時以来だろうか。


 いや、そうなると別にそんな久しぶりでもないか。たった一週間前の出来事だ。体感時間的にはずっと前に感じるけど。


「わかりました。では今日のログボは、水着を着てキスをするということで」

「優しい……。可愛い、好き」

「はいはい、私も好きですよ」


 淡々と返事をしつつ、内面ではめちゃくちゃ嬉しい。先輩に好きって言ってもらうと、鼓動が早くなって足元からうずうずした何かが駆け上がってくる。


 どれにするか少し悩みつつ、タンスから水着を取り出す。


「では先輩、着替えるのでこっちを見ないでくださいよ」

「はぁい」


 部屋着を脱いで、海でもプールでも絶対に着る予定が無かった水着に着替える。


 両手で顔を覆う先輩を見つつ、ちゃんと見ないようにしてくれていることに感謝をしておくことにした。心の中で。


 着替え終えた自分の体を、既に手遅れではあるけど目視で確認する。変なところに毛が生えていないか、とか。


「せ、先輩。もう見ても良いですよ」

「わぁ! 黒のビキニだぁ!」

「えっと、こんな時じゃないと多分着ないので」

「写真撮ってもいい?」

「誰にも見せないなら良いですよ」

「見せない見せない、あとで個人的に使うだけ」


 前にも使うって言ってたけど、未だにその意味はわからない。


 今日は一眼レフ(いつもの)を持ってきていないらしく、スマホで水着姿の私を撮影している。なんだろう、軽快なシャッター音が鳴る度に不思議な気持ちになる。


 アイドルになったみたい、とまでは言わないけど、喜ぶ先輩に何枚も撮られるのは嫌な気がしない。


「撮るのも良いですけど、本題はそっちじゃないからね」

「うん」


 スマホを置いた先輩が、私を抱きしめる。晒された背中に触れる腕が、ほんの少しだけ冷たい。


 私の貧相な胸に、先輩の大きな胸がぶつかる。まるで軽自動車とトラックの正面衝突事故のようだ。勝ち目なし。


「んっ……」

「ちゅぷ……んむ……」


 久しぶりに先輩の舌を受け入れる。私の歯の裏を舐めた後、舌同士が触れ合う。


 水着を着ているからか、いつもよりドキドキが凄い。そしていつもよりキスが気持ちいい。


「先輩……」

「ごめん、莎楼」

「どうしたの?」

「ボクからお願いしておいてなんだけど、服着てもらっていいかなぁ」

「もう良いんですか?」

「うん。えっとね、もう我慢できなくなりそうだから」

「先輩は優しいですね」

「?」


 わざわざ口に出さなくても良いのに。いっそ、我慢なんてしないでやりたいことをすればいいのに。


 でも、先輩がそうしないのには理由がある。

 それは、『今』よりも『未来』を大事にするようになったからだ。日々のログインボーナスだけを考えて過ごしてきた私たちにとって、これは大きな進歩だと思う。


 私も考えてるよ、先輩との未来を。

 今年の夏に海に行けなかったくらいじゃ、暗くなることも曇ることもない。そんな未来を。


「それでは、着替えるのであっちを向いていてください」

「はぁい」


 またしばらくタンスで眠ることになるであろうビキニを脱ぎ、元々着ていた服に袖を通す。


 布の感触が、さっきまで露出していた肌を撫でる。

 それに続いて、扇風機の温い風が頬を撫でる。


 後ろを向いたままの先輩に、背後から抱きつく。


「わっ。着替え終わったのぉ?」

「はい。……ねぇ先輩。来年は、お盆前に海に行こうね」

「うん。絶対だよ、約束だよぉ?」


 先輩は後ろ向きのままで、小指を立てた右手を挙げた。


 その小指に、自分の右手の小指を絡ませる。最後に指切りをしたのはいつだったろうか。


「ゆーびきーりげーんまーん」

「嘘をついたら、どうします?」

「キスを千回しよっかなぁ」

「それ、罰になってませんよ。まぁ、約束は守るのでご心配なく」

「あはぁ。信じてるよ、莎楼」

「はい。来年をお楽しみに」


 明日のこともわからないと思っていた自分が、来年の約束なんてしてる。


 将来とか未来を決めたり縛るのは違う。先輩は前にそう言っていたけど、先のことを約束したり妄想したりするのは良いよね。


「さて、この後はどうしよっか」

「何か食べに行きますか」

「魚料理がいいなぁ」

「あ、ちょっと海引きずってる」

「あはぁ。バレた?」

「バレバレ。先輩はそういうところがあるよね」


 財布とスマホをカバンに入れて、先輩と手を繋いで部屋を出る。


 海だろうと魚料理を出すお店だろうと、先輩と一緒なら何処に行っても楽しいし嬉しい。


 でも、それは言わないでおこう。私の目が、魚みたいに泳いでしまいそうだから。

海に行けなくても大丈夫!プールに行こう!

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