72日目:道産土産と土産話(後編)
お土産を渡しに。
少し線香の匂いがする制服のまま、ヒアさんの家に到着した。
築年数の浅そうなアパートで、ヒアさんが借りている部屋の両隣のドアには『空室』と書かれた紙が貼ってある。
先輩がインターホンを押すと、すぐにヒアさんが出てきた。
流石に外で会う時とは違う服装で、上はサイズが大きめのティーシャツ、下はハーフパンツだ。
「こんにちは」
「ん。二人とも、線香の匂いがする」
「さすが、匂いに敏感だねぇ。お墓参りに行ってきたんだぁ」
「サドちゃんと一緒に行ったの」
「うん。ボク、初めてお墓参りをしたんだよ」
「そっか。ちょっと面倒な奴が来てるけど、まぁ上がってよ」
他にお客さんが来てるのか。それならお土産だけ渡して帰った方が良いのかな。
それとも、先輩は知っている人だったりするのだろうか。
ヒアさんの後ろに着いてリビングに入ると、困った顔をしているキツちゃんと、知らない女性が目に入った。
「なんか可愛い子が来たぞ。……ってカサたん!?」
「アルコさんだぁ。久しぶりだねぇ」
「お久しゅう。そっちの可愛い子は誰じゃ?」
「ボクの後輩のぉ」
「さ、茶戸莎楼です」
「じゃあクグたんだにゃ。あーしは、酒の匂いが有る子と書いて、酒匂有子。皆からはアルコって呼ばれてるから、そう呼んでくれたまへ」
とんでもなくキャラの濃い人だ。何処の方言なのかもわからないし、なんか既にニックネームを付けられてるし、あとお酒臭い。
顔立ちはとても整っていて、酔っているのか頬が赤い。長い髪を後ろで一本にまとめていて、黒いスーツを着ている。
「はい、センパイとタイラちゃんにお土産だよぉ」
「私からもあります」
「ありがと」
「あーしには無いの?」
「だって、まさかいるとは思わなかったもん」
自分だけ知らない人が居るの、なんだか疎外感を感じる。先輩には悪いけど、お土産を渡すという目的は達成したし帰ろうかな。
「んにゃ。クグたんが知人の居らん結婚式に出席しちゃったみたいな顔をしてるし、あーしは帰ろっかにゃ」
ドキッ、と大袈裟に心臓が跳ねる。多分だけど、体も反応してしまった。
「あ、あの。すみません、なんというか……その」
「ええんよ。ヒアたんの冷蔵庫の中に入っちょるお酒はぜーんぶ飲んでしもうたし、帰るタイミングとしては悪くにゃい」
「いつまで不行にいるのぉ?」
「今月中は居るつもりじゃから、また会えるっしょ」
「そっかぁ。それじゃ、今度はゆっくり話そうねぇ」
「うむ。それじゃ、ばっははーい」
フラフラ、と体を左右に揺らしながらアルコさんは部屋を出ていった。
「すみません、私のせいで」
「いや。正直そろそろ帰ってほしかったし」
「いつからいらっしゃっていたんですか……?」
「昨日の夕方から。アルコはさっきまでずっと酒飲んでたんだよ」
「ず、ずっとですか」
「きーちゃんも圧倒されてたし。悪いヤツじゃないんだケド」
ヒアさんに促され、先輩と一緒にソファに腰かける。
紙袋の中からお土産を出して、ヒアさんはそれをテーブルの上に広げ始めた。
それを合図に、先輩は『知人の居ない結婚式に出席してしまった顔』をしている私に、いつもより更に優しい声色で話しかけた。
「あのね、アルコさんはセンパイの元同級生なんだけど、留年してたからセンパイより一歳上なんだぁ」
「なるほど。今は不行には住んでらっしゃらないようでしたが」
「全国各地を旅してるらしいよぉ」
「それで色々混ざったエセ方言を喋っているんだよ。まぁ昔から変な言葉遣いだったケド」
留年生だったから、先輩は珍しくさん付けで呼んでいるのかな。
尾途で会った親戚の人以来かもしれない、先輩が人をさん付けで呼ぶのを見るのは。
「先輩は、アルコさんとお話したかったみたいだけど……」
「高校を卒業してから会ってなかったからねぇ。でも、あれだけ酔ってるアルコさんと話すのは大変だから平気だよぉ」
「私が帰れと言っても帰らなかったし。よくやったサドちゃん」
なんとも複雑な気持ちになりながら、キツちゃんが持ってきてくれたグラスに、麦茶を注いで一気に飲む。
「昼ご飯、作ってあるから。食べながら聞かせてよ、土産話」
「あはぁ。任せてよぉ」
「きーちゃんが聞いても問題ないやつにしてね」
「な、何を言ってるんですか。健全で健康的で、何一つやましいこともやらしいこともしていませんよ」
「したんだ」
「してませんってば!」
「必死なサドちゃん、可愛いね」
ヒアさんは静かに微笑みながら、机の上に広げたお土産を一度紙袋にしまった。
そしてキツちゃんと一緒にキッチンに向かって、ラップがしてあるお皿を四人分、それぞれの前に置いてくださった。
お皿の中には、オムライスが入っている。卵がとても綺麗だ。
最後に、キツちゃんがケチャップと人数分のスプーンを持ってきてくれた。
「いただきまぁす」
「いただきます」
ラップを外して、ケチャップを少しかける。
スプーンで卵とご飯を一緒に一口分すくって、口に運ぶ。
「センパイの作るご飯はおいしいねぇ」
「ありがと。褒めても何も出ないケド」
「卵の中にチーズが入っているんですね。あとバターの風味も感じます」
「正解。因みにチキンライスのチキンは、冷凍の唐揚げを切ったやつだよ」
なるほど。生の鶏肉を切るより時間も短縮できるし、初めから味が付いているから良いかもしれない。
あっという間に半分ほど食べ進めた先輩が、一旦スプーンを置いて口を開いた。
「まずはどこから話そうかなぁ。札幌の大通り公園にビアガーデンがあったりしてね」
「有名だよね。私も行ってみたい」
「あとは函館に行って、五稜郭タワーに登ったよ」
「札幌に泊まったのに、函館に行ったの」
「えっと、私のわがままで」
「行動力がすごいね。若さを感じる」
ヒアさんもそんなに歳が離れているわけじゃないし、十分に若いと思うけど。
確かに雰囲気は大人っぽくて、二十歳には見えないけど。
キツちゃんも、話を聞きながらオムライスを食べている。
さっきまでの困惑した表情は、既に過去のものになっていた。
「それと函館で、車に乗せてもらったりもしたんだぁ。赤川さんっていうお姉さんでね」
「何事も無くて良かったね」
「おっしゃる通りです……」
ヒアさんの心配というか懸念はごもっともだ。私だって、結構ドキドキしたもん。
「あとは……ホテルに戻った後にね」
「わー! ダメですよ先輩!」
「何がダメなの、クグルさん」
「え、えっとですね……」
キツちゃんの純新無垢で、シンプルに疑問に思っている眼差しに心が痛む。
いつの間にか私も、子どもを相手になんでも言える人間ではなくなっていたことに、軽くショックを受けた。
「部屋にベッドが二つあると、一つ汚しても良いもんね」
「何を言ってるんですか、ヒアさん」
「ヒアちゃん、ベッドは汚したらダメだと思うよ?」
「センパイ、一般的なホテルでそれは怒られると思うなぁ」
「まさか、三人に責められるとは」
お昼時に、小学生も同席している場で話すことじゃないな。
土産話もそこそこに、オムライスを食べ終えたので皿を下げるために立ち上がる。
「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
「そろそろ、おいとましよっか」
「ん。帰るの」
「うん。ここだとイチャイチャできないしさぁ」
「なるほど。サドちゃん、今度はカサ抜きで遊びに来ても良いからね」
「ありがとうございます。機会があれば、是非」
ヒアさんもキツちゃんも、玄関まで見送りに来てくださった。優しい。
「お邪魔しました」
「またねぇ」
「また来てください、ね」
笑顔で手を振るキツちゃんに、先輩と一緒に手を振り返す。
ドアを開けて外に出ると、小雨が降り始めていた。家の中に居る時は気がつかなかった。
「雨宿りできるところで、キスしよ」
「キスができるところで雨宿りしよう、の間違いでは?」
雨が止むのなんて待ってられないし、雨宿りできる場所まで先輩が我慢していられるかもわからないし、ここでキスしちゃおう。
ギリギリ、小学生にはお見せできないようなキスを。
いつか出したいと思っていたキャラ、アルコが登場しました。出すか悩んだのですが、この作品ではそこまで重要な人物ではないと思います。




