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72日目:道産土産と土産話(前編)

タイトルはお土産を渡す感じになっていますが、それは後編でお送りします。

『今日はセンパイにお土産を渡しに行こうかなぁって思ってるんだけど、時間あるぅ?』

「午前中は用事があるので、その後なら」


 先輩からの電話に一発で出るという、珍しいことができた理由は用事があって早起きしていたから。


 そういえば、昨日はキスしなかったけど良いのかな。一緒にご飯を食べたし、ログインボーナスを達成できているという見方もできなくはないけど、やっぱりキスしてこそのログボというか。


『忙しいなら別の日にするけど』

「えっと、お墓参りに行くだけなので。だから本当に、終わったら会えます」

『お墓参りかぁ。ボク、したことないや』

「えっ」


 お墓参りをしたことがない人っているんだ。

 いや、先輩の複雑な家庭環境や親戚関係のことを思えば、そんなにおかしな話ではないのかもしれない。


『じゃあ、終わったら連絡してぇ』

「あの、先輩。もし良かったらなんですけど、一緒にお墓参りに行きませんか?」

『茶戸家のイベントに参加してもいいのぉ?』

「勿論。先輩さえ良ければ、ですけど」


 先輩はもう茶戸家の一員みたいなものじゃないですか、とは流石に言えなかった。


 先輩のおばあちゃんの家に泊まった私からすれば、お墓参りに参加することなんて大したことじゃないと思うけど。


『それじゃあ、次の電車で莎楼の家に向かうねぇ。お墓にはどうやって向かうのぉ?』

(うち)から徒歩で向かいます。近いんですよ、案外」

『そうなんだぁ。それじゃ、また後でねぇ』

「はい、また後で」


 通話を終了して、お母さんに先輩が来ることを伝える。

 いつも通り、特にこれといったリアクションを起こすことは無くて、ただ一言「そう」とだけ言った。


 でもその表情は少し嬉しそうで、きっとお母さんも先輩のことを、家族の一員みたいなものだと思ってくれているのかな、と勝手に思うことにした。


 おばあちゃんが喜ぶから、というお母さんの言葉で制服を着ていくことに決まった。

 私は別に住職の方に挨拶をしたりはしないけど。


 準備を終えて先輩のことを待っていると、インターホンが鳴った。

 玄関に向かって、ドアを開ける。そこに立っていたのは、制服姿の先輩だった。手には花を持っている。


「おまたせぇ。あれ、莎楼も制服なんだねぇ」

「うん。おばあちゃんが喜ぶからって、お母さんが」

「なるほどねぇ。ボクはなんとなく礼儀かなぁと思って。花を買うのってあってる?」

「多分あってると思います。わざわざありがとうございます」

「あはぁ。あのお花屋さんで買ったんだけど、また安くしてくれたんだぁ」


 相変わらず美人に弱いな、あの花屋さんは。


 先輩には玄関で待ってもらって、リビングに戻る。

 朝に買っておいた花を持って、お母さんと一緒に玄関に戻った。準備は万端、忘れ物も無さそうだ。


「こんにちはぁ、お義母さん」

「こんにちは、カサネちゃん。お花ありがとうね」

「いえいえ。こちらこそ、茶戸家のお墓参りに呼んでくれてありがとぉ」

「良いのよ、ウチの子がカサネちゃんのお祖母様の家に泊まったわけだし。茶戸家のおばあちゃんも紹介しないとね」


 故人だけどね、とお母さんは付け加えた。

 父方の祖父母は健在らしいけど、もう茶戸家には関係の無い話だ。


 私が茶戸になる前の苗字、そういえば聞いたことないな。物心がついた時には、もう茶戸だったし。


 家を出て、三人でお墓に向かって歩き始める。

 流石にお母さんが居る手前、手を繋ぐのは控えておこう。多分気にしてるの私だけだと思うけど。


「そうそう。ボク、ここら辺に墓地があるの知らなかったんだよねぇ」

「えっと、正確には寺院墓地です」

「お寺かぁ。近いと行きやすくていいねぇ」


 確かに、近いんだからお盆とか関係なく来れるはずなんだけど、そう頻繁には来たりしない。


 おばあちゃんとの思い出が希薄だから、というのもあるのかもしれない。とても優しい人だったのはなんとなく覚えているんだけども。


 そんな雑談をしながら歩いて十分ほどで、線香の匂いが私たちの鼻腔をくすぐった。この匂い、個人的にはとても好き。


 お寺の敷地に入って、お墓の近くに置いてある水桶と柄杓を手に取る。


「それは何に使うの?」

「えっと。この桶に水を入れて、柄杓ですくって墓石にかけます」

「綺麗にするってことかぁ」


 ふむふむ、と真剣に頷く先輩。本当にお墓参りをしたことが無いんだ。


『茶戸家』と書かれた墓石の前に三人で並び、私と先輩が柄杓で水をかける。その後、お母さんがタオルで汚れを拭き取ってくれた。


 一年分の枯葉や土汚れが水と一緒に流れて、墓石は輝きを取り戻した。


「あとはお花と線香を供えて、手を合わせます」

「わかった」


 一人ずつ、火を点けた線香を香炉に立てる。そして手を合わせて、目を瞑る。


 いつもこの瞬間って何を考えれば良いのか悩んでしまう。おばあちゃんに、先輩のことを紹介すれば良いのかな。いい機会だし、そうしよう。


「……よし。それじゃ、私は住職さんに挨拶してくるから」

「うん、先輩と待ってるね」


 お寺に入るお母さんを見送って、先輩の方を振り向く。


「そういえば先輩、昨日キスしなかったの気づいてました?」

「家に帰ってから気づいたよぉ。今日はしようね」

「流石に、墓地(ここ)ではしませんけどね」


 故人の魂がお墓で眠っているかどうかについては意見が分かれるところだと思うけど、ここでキスができるほど、私のハートは強くない。


「そうだ。お昼ご飯はセンパイの家でごちそうになる予定なんだぁ」

「あ、そうだったんですね。ヒアさんって、何処に住んでるんですか?」

壱津羽(いちつう)だよぉ。高校生の頃は違ったけど」


 ヒアさんは前に、高校生の頃は壱津羽が定期区間外だったって言っていたから、私の住んでいるところ辺りで暮らしていたのかな。


 先輩とヒアさんのバイト先も壱津羽だし、それで引っ越したのだろうか。そんなことを詮索することに意味は無いけど。


「一度、家に帰ってから向かいますね。制服じゃない方が良いでしょうし」

「ボクは面倒だから制服のまま行くよぉ」

「それなら、私もそうしよっかな」


 お土産だけ取りに戻って、先輩と一緒に電車に乗って壱津羽に行こう。


 私にとっては、未だに定期区間外だけど。


「今日もボクが切符代を払うから、安心してぇ?」

「いえ、今日は自分で払います。自分で買ったお土産を渡すのに、先輩のお金で向かうわけにはいきません」

「えぇー……好き……」

「ど、どうも」

「ちゅーしたい……」

「私もしたいけど、ここだとできないから」

「あら、別にしても良いじゃない」

「うわぁっ!?」

「あ、お義母さん。おかえりなさぁい」


 住職さんと話し終えたらしいお母さんの登場に、私の心臓は一旦止まりかけてから激しく動き出した。


「し、死ぬかと思った……」

「お墓でそんなことを言うなんて、ギャグにしては笑えないわね」

「ボクより先に死んじゃダメだよ……?」


 雨に打たれた子犬みたいな顔で、私の手をぎゅっと握る先輩。


 いや、先輩こそ私より先に亡くならないでほしいんだけども、そう答えるのも変か。こういう時、なんて答えるのが正解なんだろう。


「えっと、一緒に長生きしましょうね」

「「それはもう、愛の告白なんじゃない?」」


 先輩のいつもの台詞が、まさかのお母さんと被って二重音声になった。


 今日は、違いますよって言わないでおこう。


 握られた手が離れたのを合図に、反対側の左手で先輩の右手を握る。


 行きは繋がなかったけど、帰りは繋ごう。

 これを返事の代わりということにしても良いかな。

家の近くに親族のお墓があるの、羨ましい。

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