71日目:道産土産と内緒話
北海道から帰ってきた次の日。早速お土産を渡しに。
目覚まし時計をセットせずに寝た結果、自然と目が覚めたのは正午を過ぎてからだった。
旅行の疲れが出たんだろうな、と思いながらベッドから出る。
スマホの充電もせずに寝てしまっていたけれど、起動してみるとまだバッテリーは残っていた。
そして起動したのを合図に、スマホが振動して四件の着信履歴が表示された。
「うわっ、ビックリした」
全部、先輩からだ。一番最初の着信は朝の九時。そこから一時間ごとに一回かかってきていた。
眠り姫なのに、どうしてこういう時は私より早く起きてるんだろう。
というか今日は木曜日だし、先輩はバイトの日のはず。いや、それを言うなら私もだけど。
取り敢えず、かけ直してみよう。
『もしもしぃ。寝てた?』
「はい。起きたのでかけ直しているところです」
『寝起きなのにありがとぉ。あのね、お土産を一緒に渡しに行こぉっていうお誘いだったんだけど』
「今日はバイトじゃないんですか」
『帰ってきてすぐに働きたくないからさぁ、今日も休みをもらってるんだよねぇ。莎楼は?』
「実は私もです」
『あはぁ。それじゃ、お土産を持って戸毬駅に来てねぇ』
「わかりました」
戸毬なら、ついでにVentiに寄ってマスターにも渡せそうだ。
一応、全員分のお土産を用意しておこう。小分けの袋にも入れてあるし、誰に会っても渡せる。
「あ、そうだ」
先輩とお揃いで買った、ヘアアクセのウィークリーセットを手に取る。
今日は木曜日だから、水色の水玉模様の入った茶色のリボンで髪を縛ってみよう。
先輩に比べたら短いけれど、小さいポニーテールを作ることくらいはできる。なんだっけ、ローポニーとかそんな名称だったかな。
きっちり全部はまとめず、後れ毛が残るように束ねて一気に引き抜く。
「可愛く……できてるかな」
勿論、自分のことを可愛い部類なんて微塵も思ってはいないけれど、完全完璧に否定してしまうと先輩の感性まで否定することに繋がってしまう。
美少女になる必要はない、先輩が可愛いと思ってくれる女であれ。
「あ。そういえば歯磨きも洗顔もしてないや」
寝起きだということを忘れていた。最低限の準備をするために部屋を出る。
それにしても今日の私、独り言が多いな。
しかし、先輩とのデート前はいつもこんな感じだと気づいたので、気にしないことにした。
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「お待たせしました」
「かっ……可愛い……!」
午後一時を少し過ぎた戸毬駅で、先に到着して待っていた先輩から可愛いとのお言葉をいただいた。よし。
因みに今日は、白のタンクトップに紐が少し長めのサロペットを着てみた。
先輩じゃないけど、コスプレと思えばなんでも着れる気がしてきた。何を着ても、先輩ならきっと褒めてくれるし。
「ありがとうございます。そういう先輩も、今日もとっても可愛いです」
「ありがとぉ」
「しかも、打ち合わせもしていないのにそのリボン」
体育の時しか見られないと噂の、先輩のポニーテール。私も数えるほどしか見たことはない。
そんな激レアなポニーテールが、お揃いのリボンによって生み出されているという光景に感動を覚える。
服装は、カラフルな水玉模様のワイシャツに、タイトなジーンズ。ラフでかっこいい。
「あはぁ。木曜日だからこれかなぁって思って。君が髪を結んでるの、初めて見たよぉ」
「以心伝心ってやつですね。嬉しいな」
「ボクも嬉しいよぉ」
お互い照れ笑いのような微笑みを浮かべ、手を繋いで駅を出る。今日もいい天気だ。
先輩の話によると、ニケさんもアラさんもVentiに居るらしい。なんとも好都合な展開というか、まとめて一気に渡せそう。
街中を歩きながら、北海道はなんだかんだで涼しかったんだなぁと思った。
なんというかこう、暑いは暑いけどまとわりつく感じではなかったというか。
他愛ない雑談をしながら歩いて数分で、見慣れたバイト先兼デート先の喫茶店、Ventiに到着した。
入口のドアを開けると、カウンター席にニケさんとアラさんの姿が見えた。
「いらっしゃいませ……お待ちしてました……」
「アップルパイ、焼けてるぅ?」
「ふふ、そろそろ焼き上がりますよ……」
「え、予約してたんですか」
「うん。どうせなら先に用意しておいてもらおうかなぁって」
来店の予約は聞いたことがあるけど、事前に注文まで済ませていたなんて。
そういうのは、コース料理の予約くらいでしか存在しないんじゃないだろうか。
「はい。まずはマスターにお土産ぇ」
「わ、私からも。受け取ってください」
「えっ……お二人が……私にですか?」
「いつもお世話になってるからさぁ」
「それは私の台詞だと思うんですが……。あの、いつもありがとうございます。少ないんですけど、良かったら戴いてください」
「ありがとうございます……大事に食べますね……!」
先輩と私から紙袋を受け取り、大事そうに抱えて微笑むマスター。良かった、喜んでもらえた。
次に、カウンター席に座るお二人に近づく。ニケさんもアラさんも、お土産を貰うこと自体には驚かなさそうだね。
「はい、ニケとアラにもあるよぉ」
「私からも、お二人にお土産があります」
「えっ!?」
「え、とは?」
「後輩ちゃんが……あたし達にお土産を……!?」
「そんなに驚きますか。……えっと、友だちですから」
「アラちゃぁん……あたし泣きそう」
「良かったね、ですね。泣きそうというか泣いてるけど、ですけど」
まさか、泣くほど喜んでもらえるとは。ニケさんにはしょっぱいお菓子、アラさんには甘いお菓子が入った袋をそれぞれに手渡す。
「ボクからのお土産も喜んでよぉ」
「ははっ、もちろん喜んでるよ。ありがとな、カサっち。そして後輩ちゃん」
「どういたしましてぇ」
「喜んでいただけたようで何よりです」
アラさんが、私と先輩の顔を交互に見た。そして真剣な表情でニケさんの方に振り返る。
「ねぇ、ニケ。いや、希奈」
「なっ、なんだよアラちゃん」
「そろそろあのこと、話しても良いよね、ですよね」
「……おう、良いよ」
「あのねカサちゃん。多分もう気づいていると思うけど、私と希奈は付き合ってるんだよ、ですよ」
「……あはぁ。やっと話してくれたねぇ」
「ふふ。やっぱりわかってたよね、ですよね」
「うん」
「えっ、バレてたのか!?」
ニコニコするアラさんと、本気で驚いた表情のニケさん。対照的で面白いな。
それにしてもやっぱり、アラさんは先輩に話したいと思っていたんだ。
ニケさんも、別に隠し通そうと思っていたわけではないだろうけど。少なくとも、私には教えてくれたわけだし。
「アップルパイ……焼きあがったんですけど、お取り込み中でしたか…………?」
「あっマスター、いただきます」
もしかして、二人が付き合っていることはお姉さんにも話していなかったりするのかな。だとしたらここは即座に話題を変えないと。
と思ったら、アラさんと目が合った。驚くほど穏やかな表情をしているので、私が出しゃばる必要は無さそうだ。
話の途中ではあるけど、先輩と一緒にいただきますをしてアップルパイを食べ始める。空腹が限界だった。
いつも通りの味わいに舌鼓を打っていると、ニケさんがバツが悪そうに話し始めた。
「あ、あのさアラちゃん。実はあたし……後輩ちゃんには付き合ってることを話してたんだ」
「じゃあ、カサちゃんにもすぐ話せば良かったでしょ、です。内緒にするようなことでもないのに、ですのに」
「あの、どうして先輩に内緒にしていたんですか?」
「なんつーかな、仲良し三人組のままでいたかったんだよ。カサっちに変な気を遣わせたくなかったというか、なんというか」
仲のいい友人、なんて即座に浮かばない私には何も言えなかった。いや、先輩も一応は友だちということにはなっているし、ニケさんもアラさんも、ココさんのことも友だちだと思ってはいるけど。
それでも、この三人のような関係の人はやっぱり思い浮かばなくて。
それを悲しいとも寂しいとも思わないけれど、この三人の関係性は美しくて眩しいと思う。
「良いなぁ、仲が良さそうで」
「莎楼にはボクがいるでしょ。……それじゃ足りない?」
「ふふっ、独占欲が強い彼女みたいになってますよ」
「うぇっ、あ、そういうつもりじゃ」
「わかってますよ。現状に不満も、先輩に不足も感じていませんので」
「ならいいけどさぁ」
ニケさんとアラさんみたいに、私もいつか友だちから恋人へと関係を変える日が来るのかな。
もしその時が来たら、お二人にはすぐに報告しよう。
次回、あの人にはまだ渡していないから……?




