70日目:旅行の終わりに(後編)
美味しい回転寿司を食べて、カラオケで四時間ほど熱唱した私たちは、早めに新千歳空港に到着していた。
と言うのも、来た時には何も見ずに札幌に直行したから、帰る前にゆっくり空港内を見るためだ。
JR乗り場のある地下一階とロビーのみの一階を除いて、他の階には様々な店舗がある。
例えば、札幌駅で買った生チョコの専門店や飲食店、子ども向けのキャラクター達が並ぶコーナー、一番上の四階には映画館と温泉まであるようだ。
「搭乗時間まで二時間くらいありますし、まずは何処から見ましょうか」
「適当に歩いて回ろうよぉ。で、気になるお店があったら入ってみよ?」
「良いですね。そうしましょう」
とは言え、荷物が邪魔なのでまずはロッカーに財布以外を入れる。先輩もキャリーバッグから財布とカメラだけ取り出して、ロッカーに入れた。
空港内で荷物をロッカーに入れるの、なんとなく損な気もするけど仕方ない。
おかげで手を繋げるようになるんだから文句は言えない。
「あ、ソフトクリームだってぇ」
「濃厚ソフト……美味しそうですね。買いますか」
「ここは先輩がおごってあげよぉ」
「急に先輩であることを全面に押し出してきましたね」
「たまには先輩らしいところを見せないとさぁ」
「ふふっ。確かに、最近は……ね」
「さっ、最近は何!?」
「なんでもありません。ほら、買ってくれるんでしょ?」
「莎楼は本当に、ログボ実装初期の頃に比べて変わったよねぇ」
「前の方が良かった?」
「そんなわけないじゃん! 今も昔も大好きだよぉ!」
「ありがとうございます」
綺麗な木の床に木の椅子が並ぶ、お洒落な店内。細長くて決して広くはないけれど、ソフトクリームを食べるだけだし特に問題はない。
五人ほど並んでいたけど、すぐに順番が来た。
濃厚ソフトを二つ、先輩が注文してくれた。コーンがワッフルみたいなやつだ。これ絶対おいしいやつだ。
一つ受け取って、椅子に座る。まずは一口。
「わっ、すごい濃厚ですね」
「さすがは北海道って感じだねぇ。おいしぃ」
舌でソフトクリームを舐めて、満面の笑顔を浮かべる先輩。それを見て、何故だかドキッとした。
普段から食事をする先輩を見るのは好きだけど、それ以上の興奮というかなんというか。
「……そんなにボクのことを見てたらぁ、ソフトクリームが溶けちゃうよぉ?」
「えっ、あ、あの。そうですね、あはは」
「そんなにたじたじにならないでよぉ」
「だ、だって。恥ずかしいじゃないですか」
「食べてるところをじーっと見られる方が恥ずかしいんだけどなぁ」
「すみません……」
「あはぁ。冗談だよぉ、ボクも君のことを見るの好きだし」
私のことを見ても、楽しくも面白くもないと思うけど。いや、そういう意味じゃないか。
え、というかそんなに先輩に見られていたのか。いや見るか、だって私のことが好きなん……だよね。あれ、これは自惚れが過ぎるか。結局、恥ずかしくなってしまった。
「えっと……」
「あ、ほら。溶けてきてるよぉ」
私が悶々と思考を走らせている間に、自分のソフトクリームを完食していたらしい先輩が椅子から立ち上がる。
そして前かがみになって、溶け始めたソフトクリームの白い雫をペロリと舐めた。
「せ、先輩」
「ほら、指にもついてるよぉ。そっちも舐めてあげよっか」
「急いで食べるので許してください」
「あはぁ。それは残念」
笑顔で椅子に座り直して、慌てる私のことを見つめる先輩。
たまには先輩らしいところを見せないと、とか言っていたけど、やっぱり先輩は先輩だ。たった一歳しか違わないとはいえ、この威力は並大抵のものではない。
どのくらい凄いかというと、『この濃厚なソフトクリームの味が薄く感じられるくらい』だ。
「ごちそうさまでした」
「それじゃあ、次のお店に行こっかぁ」
「あ、お店じゃないんですけど行きたいところが」
「トイレぇ?」
「ふっ、ふふ。すみません、違うんですけど」
「じゃあどこぉ?」
あまりにも真面目なトーンで返されたから、思わず笑ってしまった。
笑わせることを意図していない発言が変にツボに入ることってあるよね。
「飛行機が見えるところ、です」
「なるほど、いいねぇ。折角だし写真を撮ろっかなぁ」
「三階から見れるみたいです。ついでにそこで夕飯も食べましょうか」
「晩ご飯の前にソフトクリーム食べちゃったねぇ」
「そんなこと、気にするような先輩じゃないでしょ」
「まぁねぇ」
エスカレーターで、すぐに三階に到着した。
大きな窓に近づくと、薄暗い外に並んでいる飛行機が見える。
窓越しに写真を撮る先輩を真似して、私もスマホで何枚か撮影してみた。反射が少し気になるけど、誰に見せるわけでもないし別に良いかな。
「飛んでいない飛行機を見るの、なんだか新鮮じゃないです?」
「そうだねぇ」
外を見るのをやめて、私の方に向き直る先輩。一歩、また一歩と私に近づいてくる。
なんとなく先輩の考えを察したので、周囲を見渡す。よし、ほとんど誰もいない。
「五稜郭タワーの時といい、高いところでするのが好きなんですか」
「まだ何もしてないよぉ?」
「……先輩がしないなら私からします」
「もぉ、そんな怖い顔しないでよぉ」
「そんな顔してま……んっ」
「んちゅ……ん……ぷはぁ」
熱を帯びた視線。あぁ、やっぱり見たり見られたりするのって良いなぁ。
それにしても、先輩とのキスで濃厚なソフトクリームの味が上書きされてしまった。
夕食を食べる前で本当に良かった。なんてね。
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荷物を預けて、搭乗手続きも終わった。
時間も時間だし、すっかり人も少ない。
「そろそろ搭乗時間ですね」
「……うん」
「ジンギスカン、美味しかったですね」
「そうだねぇ……」
「先輩、眠いの?」
「うん、ねむいの……ふわぁ」
「キスしてもいい?」
「うん……え、んむぅ」
「……ふぅ。目、覚めた?」
「ギンギンに覚めたぁ!」
折角、帰りの飛行機は窓側なんだから寝たら困る。夜ってちゃんと外の景色が楽しめるのかな。暗くて何も見えなかったりしたらどうしよう。
「さて。目も覚めたところで、搭乗ゲートに向かいましょう」
「はーい」
搭乗ゲートを抜けて、あの名前のわからない蛇腹の部分を通過してシートに座る。
あとはもう帰るだけ。北海道旅行も終わりだなぁ。
「あ。また寂しくなってるでしょ」
「なってませんよ。今回は寂しい気持ちなんて微塵もありません」
「どうしてぇ?」
本気で不思議そうに首を傾げる先輩の手を握って、上手く言語化できるか脳内で判断してから返事をする。
「当ててみてくださいよ、いつものテレパシーで」
「満足したから、とかぁ?」
「それもありますね。でも一番の理由は」
『皆様おはようございます。この飛行機はLily航空、歩右空港行きです。当機の機長は菅井、私は客室を担当します亜天でございます──』
出発を合図するアナウンスに遮られてしまった。
飛び立つための助走をつけ始めた。結構走るんだよね、これ。
「ねぇ、大事なところが聞こえなかったんだけど」
「えっとですね。また必ず先輩と旅行できるって確信があるから寂しくないよっていう……話でした。はい」
改めて言い直すのは恥ずかしい。こういうのは流れでさらっと伝えることだと思う。
「嬉しいことを言ってくれるねぇ」
「なんというか、『終わり』って感じがしなくて。先輩のおかげです」
「あはぁ。そう言ってもらえると、ボクも嬉しいな」
「ふふ。あ、見てくださいよ外」
「わぁ。星空みたいに街が輝いてるねぇ」
どんどん小さくなっていく北海道の街を見下ろして、ドキドキともトキメキとも言えない、なんとも不思議な気持ちになっていることに気がついた。
函館、札幌、新千歳空港。色々なことがあったけれど、あっという間だったな。
「先輩」
「なぁに?」
「また来ようね」
「うんっ!」
高くなる高度に合わせて、鼓動が高鳴る。
やっぱり、私は先輩のことが好きだ。
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飛行機を降りて荷物を受け取り、空港を出てバスの時間を確認する。
「あと一時間は待つみたいです」
「そっかぁ。まぁ仕方ないよね」
バス停の横に荷物を置いてしゃがむと、ジャージを履いて、可愛いクジラのイラストが描かれたTシャツの上に黒いパーカーを羽織った女性が歩み寄ってきた。
「おかえり。迎えに来たよ」
「センパイ! ただいまぁ」
「ヒアさん。確か、先輩が帰りのお迎えは断ったと言っていましたが」
「うん。でも早く帰って寝たいでしょ」
「本当にセンパイは優しいんだからぁ」
「別に優しくないケド。ほら、早く駐車場に行こ」
優しいヒアさんの後ろを歩く。
すっかり夜も深まっている。北海道ほどではないけれど、星が綺麗だ。
車に到着し、来た時と同じように荷物を積み込む。
来た時と違うのは、後ろの座席に私も座っている点。隣に座る先輩、既に眠たそうだ。
「高速使わないから、二人ともゆっくり寝てて良いよ」
「ありがとうございます」
「楽しかった?」
「はい。おかげさまで、とっても楽しかったです」
「そう。良かったね」
気が抜けたのか、先輩に続いて私も意識がログアウトしそう。
手を繋いで微睡む私たちを、ルームミラー越しに見て微笑むヒアさんの横顔が見える。
隣を向くと、既に先輩は眠っていた。相変わらず、何度見ても飽きの来ない可愛い寝顔だ。
私も寝よう。旅行の思い出を胸に、先輩の肩を枕に。
これにて、北海道旅行は完結となります。思ったよりも長くなりましたが、引き続き夏休み編をお楽しみください。




