8日目:八日目の君
元号が変わりましたが、二人の関係は不変です。多分。
昨日の夜の自分を思い返すと、随分と大胆というか、あれで付き合うつもりは今のところ無いとか言っても、説得力が皆無な気がする。
あまりにも私がはっきりとしないでいると、今度こそ先輩は別の誰かのところに行ってしまうかもしれない。
引く手数多の先輩が、私に固執し続ける理由なんてログインボーナスくらいしかないだろう。……いやいや、いくらなんでも卑屈すぎる。今度は私が不安になってどうする。
謎の不安に苛まれながら、先輩の掃除が終わるのを玄関で待っていると、満面の笑みで先輩が駆けてきた。不安なんて吹き飛ぶ可愛さだ。本当に自然な笑顔で羨ましい。ついでに、暴れる胸も少し羨ましい。
「おまたせぇ。さ、行こっかぁ」
「はい。今日は特別なログインボーナスをご用意していますから」
「楽しみだなぁ」
朝も会ったけど、キスはしていない。自分でハードルを上げすぎている気もするが、言ってしまったものは仕方がない。
先輩と手を繋ぎ、街へと向かって歩き出す。これくらいは見られても問題ないという、先輩の言葉を信じよう。
「……あの、そんなに楽しみにされると緊張するのですが」
「だってあれでしょ、やらしぃことでしょ?」
「違います。8日目でそんな特別なログボがあるわけないじゃないですか」
「そっかぁ。じゃあ明後日とかはもっと期待してもいいのかなぁ?」
「今更ですが、どんどん豪華にパワーアップしていくシステムは危険ですね。やはり1日目くらいに戻る感じにしますか」
「1日目は口にしてたけどねぇ」
「それは、先輩が勝手にしたんじゃないですか」
「あはぁ。そうだったかなぁ」
目を細めて惚けてみせる先輩。わざとらしいけど先輩だから鼻につかない。可愛いしか感想が出てこない。
元々、別に怒っても呆れてもいないけれど。
「とにかく、そういうことではありません。もし本当に期待していたのなら、申し訳ございません」
「本気じゃないよぉ。ボクはねぇ、そういうことはちゃんと付き合ってから派だから」
「なら良いですけど」
交際経験は無いと言っていた気がするけれど、あくまで主義ということだろう。そういうことにしておこう。
もしかしたら、先輩には語りたくない過去があるのかもしれない。家のことも話さないし、案外謎が多いというか、ミステリアスな雰囲気がある。普段はふわふわしていて大変可愛らしいけど。
それに私にも、先輩に話していない秘密の1つや2つくらいはある。
「あれぇ、なんか怖い顔してるよぉ?」
「いつもと同じですが」
「ボクに言いたいことがあったら、なんでも言っていいからね?」
「えっ、あ、いや。言いたいことがあったら、その都度ちゃんと伝えますよ」
「そう?」
女は勘が鋭い、とは言ったものだ。私も女だけど。
そろそろ、先輩のことについて詳しく知る必要があるのかもしれない。たとえ、地雷を踏むことになるとしても。
人に深く近付こうとする行為は、人のことを深く知ろうとする好意は、時として痛みを伴うことがある。そのことを、私は痛いほど知っている。
「そろそろ着きますよ」
「知ってる街だけど、ここら辺は来たことなかったなぁ」
お店や民家は途切れ始め、車通りも少なくなってくる。地元の人でも、わざわざ足を運ぶことは少ないだろう。
手を繋いだまま、苔のむした階段を上る。目的地は高いところにあり、この階段はそこそこ長い。数えたことはないけど、50段よりは多いと思う。
息を切らし始め、肩を上下する先輩。荒い呼吸と汗ばむ顔を見ると、変な気分になってきた。体育の授業を一緒に受けてる男子生徒は平気なのだろうか。いや、女子にもこれは高威力だ。
最後の1段を上り切ると、疲弊した先輩の表情も明るくなった。
「すごいねぇ、綺麗な夕日だぁ」
「ここからの眺めが好きでして。先輩にも見てもらいたかったんです」
「素敵なログインボーナスだねぇ」
先輩は目を輝かせて、無邪気な笑顔を私に向ける。喜んでもらえて本当に良かった。ロマンチストというわけではないけれど、高いところから見る夕日は綺麗で良い。
「先輩」
「なぁに?」
「明日はバイトの日ですよね」
「うん」
「終わるのは、いつもと同じ時間ですか」
「そうだねぇ。何もなければそうなるかな」
「明日、ちょっとお話したいことがありまして」
「ふふ。やっぱり言いたいことがあるんだねぇ」
「お見通しでしたね」
「なんでも訊いてねぇ、ボクには地雷とかないから」
「……わかりました」
本当に、全てお見通しなのか。私がわかりやすいのだろうか。それとも、やっぱり女の勘は侮れないということだろうか。
なんとなく勢いでここまで関係が発展してきたけど、もっと深く話し合う時間が必要だと感じる。
昨日のことで学んだことだ。思っていることは、言葉にしないと通じない。傷つくことや誤解を恐れていては、始まらない。
「ボクも言いたいこと、言ってもいい?」
「え、なんでしょうか」
「キス、したいなぁ」
夕日に照らされながら、照れくさそうに微笑む先輩が美しすぎて、それを断ることなんて私にはできなかった。
平成から令和と、元号を跨ぐ形になりましたが、物語的には特に大きな変化はありません。ちょっと二人にその話とかしてもらえば良かったかな!




