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69日目の夜:よあるきのうた

先輩目線でお送りします。※次回70日目!と言っていましたが、そうはなりませんでした。ご了承ください。

「散歩に行かない?」


 午後10時。夕飯も済まして無事にホテルに戻ってきたわけだけど、寝るにはまだ早いし明日を迎えるには名残惜しい。


 そう思ったボクは、ぼんやり窓の外を眺める莎楼(くぐる)を散歩に誘ってみた。


「知らない土地の夜道、怖くないです?」

「調べてみたんだけど、ここら辺のお店は早めに閉まるみたいだし、ススキノみたいな歓楽街でもないし。君が怖いならやめとくけど」

「先輩と一緒なら怖くないよ」


 すっ、と立ち上がって、莎楼は部屋着を脱ぎ始めた。


 最近の莎楼の言葉選びというか、敬語とタメ語のマリアージュというか、表情というかなんというか、とにかく威力がすごい。


 ボクも急いで着替えよう。スマホと財布だけあればいいかな。


「ねぇ、先輩」

「ん?」


 莎楼の声に振り返ると、着替え終えた美少女にチューされた。


「な、なんのキスぅ!?」

「したいからしただけ、です」


 それはもう愛の告白じゃない、っていつもの言葉すら口から出てこない。


 もうボクからおねだりしなくても、ログボという建前がなくても、自然とキスしてもらえるんだ。


 もしかして、キスしてもいいか確認しないでしたのって初めてだったりする?


 突然のキスの余韻とドキドキに襲われながら、なんとか着替えを終えた。


 一緒に部屋を出て、カードキーをかざして施錠する。自宅の玄関とかもこのシステムになってほしいなぁ。


「よし、それじゃ行こっかぁ」

「はい」


 手を繋いで、エレベーターを目指して歩き出す。あったかくてやわらかい左手。もう何度も繋いできたけど、この手のぬくもりだけで幸せな気持ちになれる。


 エレベーターに乗り込んで、ボタンを押す。途中で誰も乗り込んでこなかったから、スムーズに到着した。こんな時間に部屋を出て、その上ホテルまで出る人なんてそんなにいないのかも。


 フロントにもホテルの人以外は見当たらない。

 自動ドアから外に出て、大きく息を吸ってみた。うん、夏の夜っぽい、そんな感じの匂いがする。


 外は思ったより暑い。けど、イヤな感じはしない。


「あ、すぐそこにコンビニがあったんですね」

「帰りに寄ろっか。アイスとか食べたいし」

「良いですね。歩いたらお腹も減るだろうし」

「ボクはもう減ってるけどねぇ」


 函館から帰る前に、またハッピーピエロに寄ればよかったなぁ。ちょっと後悔。


 軽く雑談をしながら、手を繋いで適当に歩く。

 通り過ぎていく車のヘッドライトに照らされる莎楼の顔が、あんまりにも綺麗だったから目を離せなくなった。


「……どうしました?」

「可愛いなぁと思って見てた」

「別に、いつも通りの顔ですけど」

「普段から可愛いんだよぉ」

「その言葉、ありがたく受け取りつつそっくりそのままお返しします」

「ボクは別に可愛くないってば」

「それはつまり、私の感性と好みを否定するってこと?」

「そ、そういうつもりじゃないんだけど」

「じゃあ、素直に喜んでください」

「が、がんばるぅ」


 ボクの顔の何がいいんだろう。みんな、お世辞で褒めてくれてるんだと心のどこかで思ってた。けど、莎楼もニケもアラも、センパイもきっと本心で褒めてくれてるんだろうな。


 謙遜、というよりは本当の意味で否定してきたけど、それは失礼だったんだ。莎楼の言葉で、目からウロコが落ちた。


「明日の朝、チェックアウトをしてから札幌観光ですか?」

「そうだねぇ。お土産をいっぱい買って、夜の飛行機で帰るよぉ」

「もう終わっちゃうんですね、北海道旅行」

「もぉ、また寂しくなっちゃったのぉ?」

「だって、また先輩に会えない日が続いたら寂しいから」


 莎楼はいつも、お泊まりでも普通のデートでも、終わるってなると寂しそうにする。


 ボクだってそりゃ寂しくなるし、次はいつ会えるかなって考えるけど。でも、莎楼のそれはちょっと違う気がする。


 不安なのかな。離した手を、また繋げるかどうかが。


「すぐ会えるよぉ。だってほら、まだ海もプールもお祭りも残ってるんだよ?」

「そうでしたね。まだまだ夏は終わりませんよね」

「ボクと君の関係も、まだまだ終わらないよっ」


 終わらせるつもりなんて少しもないけど、もしかするとまだ始まってすらいなかったりして。


 莎楼の頬が緩んだタイミングで、スマホが鳴り出した。ボクかと思ったけど、莎楼がスマホを取り出したから違った。というか同じなんだ、着信音。


 すみません先輩、と断って、手を離してから莎楼は電話に出た。可愛い。


「はい。え、あぁ。わかりました。ありがとうございます。先輩にも伝えておきます」


 誰だろ。ボクも知ってる人みたいだけど、ちょっと思い浮かばない。


「……いや、別に怒ってないですよ。タイミング悪いとか思ってないです」


 あ、アキラの妹だ。絶対にそうだ。


 仲がいいのか悪いのか、ボクから見てもよくわからない。でも2人で一緒にご飯を食べに行ったりするわけだし、友だちなんだろうなぁ。


「はい。それでは、また」


 通話が終わったみたい。スマホをしまって、またボクの手を握り直してくれた。


「アキラの妹?」

「よくわかりましたね。『タイミング悪いと思ったけど、海とプールの話題が出た気がして』って言ってました」

「え、普通に怖いねぇ」

「何もかも見透かしてる感じがするんですよね。あ、どっちも参加できるって話でした」

「わかったよぉ。じゃあアキラも誘おっかな」

「『先輩ならそう言うだろうし、お兄ちゃんの許可も貰ったよ』とも言ってました」

「いや、本当に怖いんだけど」


 ボクに似てると思ってたけど、考えを改めよう。なんなら別の世界の登場人物なのかなって感じ。


「大丈夫ですよ、ココさんはなんだかんだで良い人ですから」

「君がそう言うならそうなんだろうけど」


 さっきの可愛いの話じゃないけど、莎楼の友だち選びを否定したらボク自身まで否定することに繋がりかねない。


 いや違う、前にセンパイと話してわかったじゃないか。苦手とかじゃなくて、ボクはただ嫉妬してるだけなんだ。そうに違いない。


「あ、結構歩いてきちゃいましたね」

「そうだねぇ。そろそろコンビニの方に戻ろっか」

「あの、先輩。明日ってログボ70日目なんですけど、何かご要望はありますか?」

「それはもちろん──」


 やらしぃこと、と言いかけて急ブレーキをかける。誤発進を抑制するなんらかのシステムがボクにも備わっていたみたい。


 ここでそんなことを言ったら、どんどん恋人になるという目標が遠ざかってしまう。いや、以前にもう取り返しがつかないレベルのことをしてしまったけど。


「もちろん?」

「一緒のベッドで寝たいなぁ」

「そんなことで良いんですか?」

「だ、だってそれ以上はさ、さすがにダメでしょ」

「別に良いですよ」

「またそんなこと言ってぇ……!」


 ズルい、莎楼は本当にズルい。


 もし本当にボクがやりたいことを全部やったりなんてしたら、きっと怒りはしないだろうけど、また恋人への道が険しくなる。ハズ。


「ふふ。あ、コンビニが見えてきましたよ」

「じゃあ、アイス食べながら考えることにするよぉ」

「でも考えてみるとあれですね、10日毎にそんな特別なログボがあるのって変ですよね」

「えっ、今更ぁ?」

「いえ、あと1ヶ月で100日とかになるのか……と思いましてね」

「言われてみるとそうだねぇ。まぁ、また間にログボがない日も出てくるんだろうけどさ」


 例えば、夏休み中の今とか。夏休み明けテストの前とか。莎楼の修学旅行とか。


 でも、(もら)える日の方が絶対に多いから気にしないけどね。


 ホテルのすぐ近くのコンビニに到着して、冷房の効いた店内に入る。

 莎楼がカゴを持ってくれたから、そこにアイスとかジュースとかお菓子とかを適当に入れる。


「こんなに買うんですか」

「夜は長いからさぁ」

「先輩はすぐ寝ちゃうでしょ」

「寝ないもん!」


 すぐに寝るなんてもったいない。函館を歩いたのと、このお散歩の疲労感はあるけど。ホテルに戻ってシャワーを浴びたらすぐに寝ちゃいそうだけど。


「じゃあ、もし私より起きていられたら、特別なログボを渡しますよ」

「その勝負、乗らせてもらうよぉ」


 まだまだ今日は終わらない。そう簡単に、70日目を始めるわけにはいかないからね。

次回、今度こそ70日目!特別なログボはあるのか?あるとしたらなんなのか?北海道編の最終章が始まります。

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