69日目:函館ロマンス(前編)
函館デート、スタート。
夜。日付も変わって、すっかり窓の外は暗い。
と言いたかったけど、夜景がとても綺麗なのでそんなに暗い感じはしない。
この部屋は、十階のスタンダードツインルーム。タワーのようなホテルなので、眺めは最高だ。
ベッドが二つに、葉っぱのようなオシャレな壁絵が飾ってある。ベッドに座ると、丁度正面にテレビがあって見やすい。窓のところには、加湿空気清浄機と小さな机、椅子とクッションが置いてある。
とても広いというわけではないけれど、二人で泊まる分には十分な大きさと設備だと思う。いや、二人ということを考えるとかなり広いかな。
お互い紺色の部屋着に着替えて、先輩は窓側の、私はその反対側のベッドに座って、向かい合って話をしている。
「明日……いや今日か、今日は函館に行こっかぁ」
「札幌観光が先じゃないんですか?」
「うーん、それは帰る前でも良いかなぁと思ってさ。まぁ君に任せるけど」
「では、函館に行きましょう。札幌からだとかなりの距離があるんでしたっけ」
「そうだよぉ。昼前には到着したいよね」
そう言って先輩はスマホを取り出して、電車の時間を調べ始めた。私も調べようっと。
昼前に着くとなると、かなり早くに乗らないといけなさそうだ。私は別に正午過ぎに到着しても良いけど。
「八時半頃の電車で良いんじゃないですか?」
「それだとお昼すぎちゃうよぉ?」
「過ぎると、何が問題なの?」
「ハッピーピエロが混むらしいんだよねぇ」
ハッピーピエロ。
北海道の函館のみで営業しているハンバーガーショップで、他の地域への出店を望む声は多いけれど、決して別の市や道外には出店しないという人気のお店だ。
「函館といえばハッピーピエロらしいですけど、そんなに混むんですか」
「うん。普通に地元の人も来るみたいだし」
「なるほど。しかしそうなると、七時前の電車に乗らないと無理じゃないですかね」
「そうだねぇ。がんばって起きるよ」
「じゃあ、もう寝よっか。日付も変わってますし」
先輩がカーテンを閉めたので、私は照明を消して、部屋の温度設定を少しだけ下げた。
それでも、布団を被って寝るには少し暑いだろうか。
外の灯りも月の光も遮られ、今度こそ真っ暗になった。今回は一人ひとつのベッドで眠る。一緒のベッドで寝るという提案もあったにはあったけど、折角ふたつあるんだし……ということで落ち着いた。
真っ暗な部屋の中、先輩の方に体を向けておやすみの挨拶をする。
「おやすみなさい、先輩」
「おやすみぃ」
スマホのアラームを六時にセットして、目を閉じた。
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午前十時半。無事に函館駅に到着した。
今回も早起きが原因で、先輩は基本的に電車の中で寝ていたので割愛する。
まぁ、移動中に回復してもらった方がデートを楽しめるので問題無いけど。
「今日も晴天で良かったですね」
「よかったよねぇ。……ねぇ、なんかこのモニュメントやらしぃね」
そう言って先輩は、駅前に置いてあるモニュメントを指さした。デフォルメされた大きな赤い人が、同じような見た目の小さな赤い人に覆い被さっているようなデザインだ。
「いや、別にやらしくないと思うけど」
「えー? だってなんか覆い被さってるよぉ?」
「そ、それくらい、私たちだってやるじゃないですか」
「あはぁ。たまにしかやってないよぉ」
夏は暑いから、最近はそんな風に熱烈に絡んだ記憶は無いけど。
最後に覆い被さるようなアレをしたのは、いつだったろうか。いや、してないよそんな過激なことは。キスする時にちょっと重なるくらいだよ。うん。
駅前から離れて、右に曲がって適当に歩き始める。
最終的には五稜郭タワーに行きたいけど、そんなに慌てるような時間でもないし。
「あ、路面電車が走ってますよ!」
「本当だぁ! 初めて見るねぇ」
正式には市電と言うらしい。道路の上に敷かれたレールの上を、上半分が茶色で下半分が青の電車が走っている。後ろの行先表示らしい部分には、『貸切』と書かれている。
慌てて先輩は首にかけている一眼レフを構えて、市電の後ろ姿を撮影した。
そこからまた手を繋いで、真っ直ぐ歩く。時間とか調べれば、市電に乗って五稜郭タワーまで行けたりするのかな。
「あ、マンホールが函館仕様になってる」
「イカが名産品なんだっけぇ」
「確かそのはずです」
三匹のイカが横に並んだイラストのマンホールの蓋。不行にはこういうのも無い。流石は観光地といったところだろうか。
「こっちのは赤レンガ倉庫じゃない?」
「何種類もあるんですね」
先輩は笑顔でマンホールの蓋の写真を撮っている。全部で何種類くらいあるんだろう。
少し歩くだけで、普段とは全く違う景色が広がっている。それだけでワクワクが止まらない。
歴史を感じさせる建物や、文字が取れて元々はなんのお店だったのかわからない廃墟の横を二人で歩く。
「なんだか修学旅行みたいで楽しいねぇ」
「そうですね。学年が違うから、こうやって一緒に旅行に来れて本当に嬉しいよ」
「ボクも嬉しいよっ」
お互いの顔を見つめあって、笑い合う。本当に良かった。幸せだなぁ、私。
付き合うという答えを出す前に、こんな遠くまで一緒に旅行に来れるとは夢にも思っていなかった。
いや、本当は北海道旅行までに答えを出すべきだったのではないだろうか。学祭の時にした告白を、もっとはっきりとした交際の申し込みにするべきだったのでは。なんて、今考えても仕方がないか。
「……なーに考えてるのぉ」
「えっ、いえ……その」
「もぉ、楽しいーって顔をしてよぉ。ね?」
「楽しいーって顔、してるつもりだったんでふへふぉ」
言葉の途中で、先輩の両手が私の頬を包み込んだ。むにむにと優しく揉みほぐされる。
「楽しい顔はぁ、こうやってやるんだよぉ?」
「ふぁい、ふぁふぁりまふぃた」
「わかったならよろしぃ」
頬が解放され、先輩の手の感触だけが残った。
先輩の右手が私の左手に戻ったのを合図に、再び歩き始める。
駅を出てから二十分くらいが過ぎただろうか。
車通りや、歩いている人が多くなってきた。平日の午前中ということもあってか、札幌ほど賑わってはいないので歩きやすいけど。
「あれって、有名な金森赤レンガ倉庫じゃない?」
「駅から適当に歩いても着くんですね」
金森赤レンガ倉庫。
歴史ある赤レンガの倉庫と、ショッピングモールやビアホール、レストラン等もあり、観光もグルメもショッピングも楽しめるという函館のランドマーク的な場所である。そんな感じのことがパンフレットに書いてあった。
「早速、見に行こう!」
「はいっ」
函館観光の第一弾、金森赤レンガ倉庫デートが幕を開けた。
次回、金森赤レンガ倉庫からの五稜郭タワーデートを予定しています。




