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68日目:Hokkaido Rendez-Vous(後編)

ちょっと札幌を歩きます。

 バスに揺られて、札幌オウジホテルに到着したのは良いけれど、チェックインの時間がまだまだということを私たちは失念していた。


 簡単に言うと、荷物を置くつもりだったのに足止めを食らってしまったというわけだ。ロッカーに入れても良いけど、この量だと入り切らないかな。


「ホテルの人に、預かってもらえるかきいてくるねぇ」

「え、先輩?」


 白く長いタワーのようなホテルに入っていく先輩。その後ろを慌てて追いかける。


 駐車場を抜けて、素敵な玄関から中に入る。久しぶりのホテルに心が躍る。


「いらっしゃいませ」

「こんにちはぁ。チェックイン前に到着しちゃったんですけど、荷物を預かってもらうことはできますかぁ?」

「お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「二名で予約している吹空枝(ふくうえ)ですよぉ」

「吹空枝様ですね。当ホテルをご利用いただき、ありがとうございます。こちらでお預かり致します」


 もう一人のホテルマンが台車を持って現れ、その上に私たちの荷物を置いて、どこかへ運んで行った。

 ありがたいことに、チェックインの時間まで預かってもらえることになったみたいだ。


 というか、名前を伝えただけで予約者かどうかわかるなんて流石はプロ。

 それとも、先輩の苗字が珍しいからだろうか。


 財布とか必要最低限のものだけ入っている、小さなバッグだけを肩から掛けてホテルを出た。

 先輩は、一眼レフを首から提げている。流石、持ってきていたのか。


「大通り公園まで、歩いて四分くらいだってぇ」

「近いですね」


 札幌は北海道で一番栄えているだけあって、とにかく背の高い建物が多い。少なくとも、不行にはこんなに高層マンションや会社やホテルは無い。都会って感じだ。


 赤信号で歩を止める。勿論、手を繋いで。

 信号待ちをしている時も、左右や後ろに沢山の人がいることに驚いた。不行だとほとんどないことだったりする。


「人が沢山いますね」

「そうだねぇ。高い建物に幅の広い道、都会だなぁって感じだよぉ。って、田舎者みたいなこと言っちゃった」

「ふふ。私も同じこと思ってました」


 信号が青になり、一斉に動き出す人の中でしっかりと手を握って歩き出す。

 徒歩四分ということもあって、すぐに大通り公園に到着した。


 綺麗な芝生に、噴水が見える。なんらかのイベントをやっているらしく、大きなゲートのようなものが設置されているコーナーが沢山並んでいる。

 まだ営業していないのか、公園自体にはそこまで沢山の人が居るわけではなかった。


「あれは何かなぁ」

「どうやら、ビアガーデンみたいですよ」


 スマホで調べてみると、すぐにヒットした。

 正午から営業しているようで、多種多様な企業のビールやおつまみをいただけるらしい。正直、今の私たちには特に関係は無さそうだ。


「大人になったら、また来ようねぇ」

「まだお酒に強いかもわかりませんけどね」


 因みに、お母さんはお酒が強い。遺伝していれば私も飲めるかもしれない。お父さんが強かったかは知らないけど。


「飲めなくても来ようよぉ」

「大人になってからも、私と遊んでくれるんですか?」

「だって、その時までには……」

「?」

「なんでもない。もう少し歩いてみよっか」


 先輩が飲み込んだ言葉を、勝手に想像して紡ぐ。きっと、その時までには恋人になっているでしょ。とかそんな感じだろう。


 先輩は何度も、時に真剣に、時におちゃらけて私に告白をしてくれている。だから、答えを出してどうするかを決めるのは私だ。


 大通り公園を出て、西3丁目通りというらしい道を真っ直ぐ進む。


 大きな通信企業のビルの横を通り、ひたすら直進。すると、道路を挟んだ向こう側に観光客らしい人たちの集まりを見つけた。


「あれ、札幌時計台じゃないですか?」

「本当だぁ。大通り公園から近いんだねぇ」


 信号を渡り、時計台の前に到着した。

 札幌時計台は、日本三大がっかり名所という不名誉な観光名所として有名だけど、実際に見てみると別にがっかりはしないな。小さくてがっかりするって噂だったけど。


 周りの建物の背が高いから、相対的に小さく見えているんじゃないだろうか。あと、両脇の木がかなり生い茂っているのも原因かもしれない。


 観光客の皆さんも、写真を撮ったりして盛り上がっている。


「ボクも撮ろうっと。莎楼、時計台の前に立ってぇ?」

「はい。こんな感じですかね」

「いいねぇ。はい、ポーズ」


 私は自撮り愛好家でもアイドルでもモデルでもないので、よくわからないけど両手を横に広げてみた。


「今度は先輩が立ってくださいよ。私が撮るので」

「折角だから、一眼レフ(これ)で撮ってぇ?」

「は、はい。えっと」

「シャッターのボタンを押すだけだから」


 スマホの比ではない、ずしりとした重さ。少し緊張しながら、笑顔を向ける美人と時計台がしっかり画角に収まるように数歩下がる。うん、良い一枚絵だ。


「はい、ポーズ」


 左手を腰に当てて、右手を伸ばしてピースをする先輩。なるほど、これが正解か。


 私の元に駆けて戻ってきた先輩に、一眼レフを返す。


「撮れましたよ。上手く撮れたかはわかりませんが」

「現像してからのお楽しみ、だねぇ」

「そうですね。さて、そろそろ戻りますか?」

「……あのさ、ちょっとお願いがあるんだけど」

「なんですか?」

「君は絶対にイヤだって言うと思うんだけど」


 先輩にしては珍しく、変にもったいぶっているというか、言葉に詰まっている。

 続きを待っていると、突然私の手を握って真剣な顔で先輩は口を開いた。


「ここで、ログボが欲しい」

「それってつまり……」

「わかってるよ、君が人のいるところでキスするのが苦手なの。それでもね、ここでしてほしい」

「先輩……」

「ごめんね、やっぱりダメだよね。ホテルに戻ってからにしよっかぁ」


 歩き出そうとする先輩の手を、強めに握って止める。

 さっきまで写真を撮っていた人達が、次々と時計台の中に入っていく。どうやら、中は資料館のようになっているらしい。


 いや、人がいるとかいないとか、そんなことは関係ない。ここでキスもできないような運営(わたし)で良いわけがない。


「華咲音先輩」

「くっ、莎楼?」


 木の葉の揺れる音と車の走る音、少し離れたところから聞こえる人の声。その全てが、先輩と唇を重ねた瞬間に無音になった。


 そんな、永遠にも感じられる数秒を終えて、少し驚いた顔の先輩の手を握り直す。


「……行きましょうか」

「う、うん。ありがとぉ、莎楼」

「いつも通り、ログボを渡しただけですよ」


 なんてカッコつけても、きっと真っ赤になっているであろう私の顔が、この虚勢を告白してしまうだろうけど。


「まだチェックインまで時間がありますね。何か食べに行きますか」

「いいねぇ。折角の札幌だし、ラーメンが食べたいなぁ」

「そうしましょうか」

「莎楼もラーメンでいいのぉ?」

「先輩と食べるなら、なんでも美味しいから」

「あはぁ。それじゃ、思い切ってラーメン屋さんをハシゴしたりしよっかなぁ」

「別に良いけど、二軒目からはサイドメニューに逃げますからね」

「付き合ってくれるだけで十分だよぉ」


 土地勘も何もないのに、スマホで調べもせずに適当に歩き出す。


 行き当たりばったりで、試行錯誤を繰り返すのは旅の楽しみだろう。もしくは、私と先輩の関係の醍醐味でもある。

次回、電車で函館に行きます。

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