番外編:旅行の前の日の夜
前回の続きを、先輩目線でお送りします。
「今日の夕飯もおいしかったねぇ」
「そうですね」
お風呂上がり。部屋で髪を乾かす莎楼のことをじーっと見つめる。風と熱で浮いた水分が、淡い水色のバスタオルに吸収されていく。
肩には届かないくらいの長さだから、いつもボクより早く乾かし終わっている。
あと、一本一本が細いっていうのもあるのかな。
「はい、どうぞ」
「ありがとぉ」
莎楼からドライヤーを受け取って、自分の長い髪に温風を当てる。おぉ、ボクが普段使ってるやつよりいい感じ。
「あの、手伝いましょうか」
「んぅ?」
「バスタオル、持ちますよ」
「拭いてくれるのぉ?」
「はい。その、髪が長いから大変そうだなって」
「あはぁ。それじゃあ、お願いしまぁす」
ドライヤーを当てたところを、莎楼が優しく拭いてくれる。洗われる犬ってこんな感じなのかなぁ。洗ったことないしわかんないけど。
でも、人に拭いてもらうのがこんなに気持ちいいとは思わなかった。それが好きな人なら尚更。
髪を伸ばしていてよかったなぁと思いつつ、ひたすら温風を当て続ける。
「そろそろ乾きましたかね」
「そうだねぇ。ありがとぉ」
「……なんか、ドキドキしますね」
「君がドキドキするのは変じゃない?」
「だって、その……。す、好きな人の頭を……ね?」
「それはもう、愛の告白なんじゃない?」
「違います」
もう何度目かわからないやり取りをして、コンセントを抜いてドライヤーのコードをぐるぐるする。本体に巻き付けると寿命が縮むからダメだよ。
ドライヤーをアルミラックにぶら下がっているエス字フックにかけている間に、莎楼はバスタオルをハンガーにかけておいてくれた。奥さんみたい。結婚しよ。
「明日は早いし、もう歯を磨いて寝ちゃおっか」
「そうしましょうか」
まだ夜の9時だけど、センパイが6時に迎えに来ることを考えると、遅くても五時くらいには起きておきたい。
ボクはただでさえ寝起きが悪いからね。
部屋を出て莎楼と手を繋ぎ、階段を下りる。
洗面所までの短距離でも自然と手を繋ぐようになって、ボクは本当に嬉しい。
リビングでくつろいでいるお義母さんを横目に、洗面所に入る。
「あ、歯ブラシ忘れちゃったぁ」
「ありますよ。どうぞ」
「どういうことぉ?」
「買っておいたんですよ。お泊まり用の歯ブラシ」
どうぞ、と未開封の歯ブラシをボクに手渡してきた。そんな涼しい顔で、当たり前のような感じでされると自分の感覚がおかしいのかなって錯覚しちゃう。
「じゃあ、ありがたく使わせてもらうねぇ」
莎楼の使っている歯磨き粉を手に取って、歯ブラシの上にニュルニュルと乗せる。
歯磨き粉のチューブを元の場所に立てて、なんとなく鏡を見ながら歯を磨く。
数え切れないほど見てきた自分の顔だけど、どこら辺が綺麗なのかよくわからない。何を持ってして、莎楼や他の人はボクのことを美人と定義してるんだろ。
胸が大きいのはわかるよ。数字が教えてくれる事実だから。
先に磨き終えた莎楼が、口をすすぐ。
その横顔こそ、ボクにはとても美しく見える。大きな黒目も、可愛いまつ毛も、何度も重ねた唇も、細くてサラサラの髪の毛も。全部が可愛いよ。
「……なんですか」
「えっ、いやぁ。あ、コップ借りるねぇ」
「はい」
コップの真ん中くらいまで水を注いで、口に運ぶ。
間接キスなんかじゃボクはドキドキしないんだからね。あとで本物のキスをしてよね。
「コンタクト洗うから、先に戻っててぇ」
「待ってますよ?」
「あのねぇ、ちょっとお義母さんと話したいことがあってね」
「なるほど。裸眼で階段とか平気ですか」
「大丈夫ぅ。もう実家レベルで位置関係とかも記憶してるし」
笑顔で手を振って、先に戻ってもらった。
コンタクトを外す前にお義母さんと話そうっと。
リビングのドアを開けて、ソファに座っているお義母さんに話しかける。間接キスよりドキドキする。
「お義母さん、ちょっといい?」
「何かしら」
「明日から、娘さんをお預かりします」
「あら。一生お預かりしても良いわよ」
「いいのぉ!?」
「先輩ちゃんになら任せられるわ」
「えへへ。とりあえず、今回はちゃーんと無事にお返しするねぇ」
「貴女も無事に帰ってくるのよ。私の娘は2人いるんだから」
「お、お義母さぁん」
ちょっとだけ涙が出ちゃった。絶対に莎楼以外の人の前では泣かないって決めていたのに。
ぎゅっと目をつぶって、なんとか笑顔を作る。
「いってらっしゃい。楽しんできてね、カサネちゃん」
「あはぁ。名前知ってたのぉ? ……いってきます、お義母さん!」
お義母さんの静かな微笑みは、莎楼とそっくりだった。親子揃ってとっても素敵な笑顔だなぁ。
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「それじゃあ、おやすみぃ」
「あ、あの。ちょっと良いですか」
「なぁに?」
時刻は夜の9時半。
ほんの少しだけ開けてある窓と、タイマーをセットされて回る扇風機の風が心地いい。
「今日は、くっつかないで寝ませんか」
「……シャワー浴びる時間が勿体ないから?」
「ドキドキして寝れないからですよ、察してください」
えええええ可愛い。何それ、頬染めてそんなこと言っちゃうの可愛すぎでしょ。
確かにボクもドキドキするけど、それでもやっぱりくっついて寝たい。
「いいじゃん。ぎゅってしたいよぉ」
「北海道のホテルで、いくらでもできますよ。ね?」
「むぅ。じゃあおやすみのチューしよ。それだけは譲れない」
「一回だけですよ」
「うんっ」
「舌とか入れちゃダメですからね」
「……」
「返事は?」
「はぁい」
最近の莎楼は、タメ語が出るどころじゃないくらい自然な口調になりつつある。
嬉しいなぁ、もっともっと聞きたい。君の本当の言葉。
タオルケットの中で、莎楼の腰に手を回した。
ゆっくり体をくっつけて、唇に優しくキスをする。同じシャンプーの匂い、同じ歯磨き粉の味。同棲したら、毎日こんなキスができるのかなぁ。
なんて、前向きに明るい未来を思い描いちゃうのは、ボクらしくないかも。
でも、幸せになりたいなぁ。
やっと掴んだこの幸せを、ずっと続けていきたいなぁ。
「……先輩」
「なぁに?」
「明日の旅行、すっごい楽しみですね」
「そうだねぇ。絶対に楽しもうね」
「先輩が一緒なら、私は何処でも楽しいですよ」
「く、莎楼」
「おやすみなさい、華咲音先輩」
「ふぇっ、あ、おやすみぃ!」
ドキドキして寝れなくなるからって言ってたくせに、ボクのことをドキドキさせるなんてずるいよ。もう。
次回!遂に北海道へ!
 




