64日目:パーフェクトなプラン
計画を練っている時が一番楽しい説。
カラン、と麦茶で満たされたグラスの中で、氷が音を立てた。
私の部屋と違って、先輩の部屋はエアコンが室温を適温に保ってくれるので快適だ。
白いテーブルを挟んで、先輩と向かい合っている。正面から見て改めて思うことは、やっぱり先輩は可愛い。
「取り敢えず、北海道旅行のことから話そっかぁ」
「そうしましょう。まだ飛行機の予約もしていませんし」
子どもの頃から、計画を立てたりその通りに行動するのが苦手だった。
小学生の頃は、夏休み前に計画を書くように言われて、一応それっぽく書いて提出してはいたけれど、その通りに過ごしたことは無い。
そんな私だけど、残りの夏休みを無駄にしないために、そして無為に過ごさないために、先輩と話し合って計画を練ることに決めたのであった。
「夏休み期間中はいつでも高いとは思うけどぉ、土日を避けたら少しは安いかなぁ」
事前にダウンロードしておいた、航空券予約アプリを起動して八月の北海道行きの価格を調べる。
「結構安い日もありますね。隣の席に座れるかはともかく」
「えー? 差額はボクが払うから、隣に座れるやつがいいなぁ」
「安くて一緒に座れる……あ、ありました。来週の月曜日の、朝八時の便はどうでしょう」
「なるほどね、朝早いと安いわけかぁ。その時間までに、どうやって空港に行くの?」
「タクシー……くらいしかありませんよね。それくらいなら、それこそ私が出しますよ」
「いやいや、そこは割り勘で行こうよぉ」
「行き先は新千歳空港でいいですかね」
「そうだねぇ。そうなると札幌のホテルに泊まる?」
すごい楽しい。まだ空港にどうやって向かうかしか話してないのにめちゃくちゃ楽しい。
私にとって旅行は、先輩と加木に行ったのが最初で最後みたいなところがあるので、北海道の地名が出てくるだけでワクワクする。
「札幌を中心に観光することになりますよね」
「別のところにも行けるけどぉ、北海道は広いからねぇ。それこそ計画を練っておかないと」
「あの、函館に行ってみたいんですけど」
「函館かぁ。札幌から車で四時間くらいかかるよ」
「そんなに離れてるんですか……」
「でも、ボクも行ってみたいなぁ。札幌から電車で行ってみよっか」
「良いんですか?」
「折角の旅行だもん。行きたいところに行こうよ、ね?」
「先輩……」
微笑んでウィンクする先輩が、あまりにも優しくて可愛くて尊くて抱きしめそうになるのをグッと堪える。今はまだ我慢だ、ちゃんと話し合いが終わるまでは何もしない。
「というわけで、この飛行機に乗って新千歳空港に向かって、札幌のホテルに泊まりつつ函館にも行く。これでいいかな?」
「問題ありません」
「じゃあホテルはボクが予約しておくねぇ」
「よろしくお願いします」
「あとは、他の予定も決めていい?」
「と、言うと?」
先輩は麦茶をゴクゴクと飲み、水滴のついたグラスを置いた。まるでビールジョッキのような勢いだ。
「旅行もそうだけどぉ、海・プール・夏祭りがあるじゃん!」
「怒涛のコンボですね」
「お祭りは日程が決まってるからいいとして、海とプールもいつ行くか決めようよぉ」
「海かプールのどちらかにしません?」
「しませーん。どっちも行きまぁーす」
不覚にも可愛い。先輩じゃなかったら絶対に鼻につくんだろうなぁと思いつつ、どうせ先輩には勝てないのでこれ以上は何も言わない。
そういえば、水着なんて持ってないな。高校はプールの授業も無いし。
「では、再来週のどこかで海とプールに行きましょうよ」
「来週は北海道、再来週は水泳、そして夏休みの終わりにお祭り。パーフェクトなプランだねぇ」
「完璧すぎて怖いくらいです」
「あはぁ。それじゃ、お話はこれで終わりぃ」
そう言って先輩は立ち上がり、私の横に座った。また氷が音を立てたのを合図に、先輩が私の肩に手を回す。
ほんの少しだけ抱き寄せられ、唇が重なる。部屋に掛けてある時計の秒針の音が、やけに大きく聞こえる。
「先輩……ズルいです」
「んぅ?」
「私だって、我慢してたんですよ。話が終わるまで」
「莎楼ぅ……可愛すぎ……」
「もう一回、しましょ?」
「んむ」
「んっ……ちゅぷ……」
舌が絡み合って、口内で先輩を感じる。先輩の腰に腕を回して、もっと体を密着させる。
冷房でも、この熱は冷ませない。お互いの体温と柔らかさを堪能して、舌と唇を離す。唾液のアーチが、二人の間でうっすら糸を引く。
「……私、水着を持ってないんですけど」
「じゃあ、今度バイトが休みの日に買いに行こっかぁ」
「選んでくれるんですか?」
「選んでいいのぉ!?」
いつもより目を見開いて、子どものように輝かせる先輩。とんでもない水着を選ばれたりしたらどうしよう。
まぁ、自分のセンスで選ぶより先輩が選んだ方が似合う気はする。ゲーム内のキャラに着せるコスチュームはバッチリ決められるのに、いざ自分が身に着けるものとなると途端にわからなくなる。
「それと、一つお願いがあるのですが」
「なんでも言ってごらん?」
「えっと、海もプールも、他の人も誘って行きたいんです」
「ボクは別に構わないけどぉ、どうして?」
「私、多人数で遊んだ経験がほとんど無いんです。先輩が卒業する前に経験してみたくて」
「そういうことなら任せてよぉ。……アキラの妹とかも呼ぶ?」
「ふふっ、先輩が嫌なら呼びませんよ」
「いや、別に大丈夫。なんならアキラにも声をかけよっか」
ニケさんやアラさんのような、先輩と私の共有の知人を呼んでもらえるとありがたい。
私が遊ぼうと声をかけて、来てくれそうなのはココさんと杯さんくらいだろうか。五十右さんと左々木さんは来なさそう。
あとはヒアさんとキツちゃんくらいしか思い浮かばない。改めて、本当に私は友だちが少ないということを実感した。それを寂しいとか悪いとは思わないけれど。
先輩にログボを渡すという関係になる前に比べたら、かなり賑やかになったし。友人というものは、きっと両手で数えられるくらいで足りるものなんだと思う。
「細かいことは、もう少し後に考えますか」
「そうだね。ボクは、事前にこと細かく決めるのって苦手なんだよねぇ」
「へぇ、先輩もですか。私も計画を立てるのが苦手でして」
「でも、楽しいよねぇ」
「そうですね。今日はすごく楽しかったです」
「あはぁ。今日も、じゃないのぉ?」
「そんなことを言ったら、先輩と一緒に居る時はずーっと楽しいですよ?」
なんだか、随分と自分らしかぬ糖度高めな発言だと思うけど、事実だから仕方ない。
でも、こういう態度や発言が、どんどん自分の首を絞めているのもまた事実。気を付けないと。
「じゃあ、もーっと楽しいことしよっかぁ」
「え、えっと」
「今、変なこと考えたでしょぉ。えっちだなぁ」
「か、考えてません!」
「あはぁ。本当かなぁ」
狼狽する私を、にやにやしながら見つめる先輩。変なことを考えるに決まっているじゃないか、ここは先輩の部屋なんだから。
しかし先輩はそれ以上は何も言わず、立ち上がって伸びをした。
「せ、先輩?」
「ご飯食べに行こっかぁ。お腹減ったよね」
「もうそんな時間でしたか」
「ご飯にしないと、君のこと食べちゃいそうだからさぁ」
「いや、やっぱり変なこと考えてるじゃん」
「えへへ」
でも、この冷房の効いた部屋で先輩に何かされても、別に構わないと思っている自分がいるのも事実。
絶対に教えてあげないけどね。
計画を実行する時の方が楽しい説。
 




