番外編:洋服何着持てる?
バニーの次の日。後輩と会わない先輩。
『もしもし。暇?』
「莎楼に会う予定がない、という意味では暇だねぇ」
突然のセンパイからの電話。
今日は莎楼が用事があるらしくて、残念ながら会えない。土日はバイトも休みだから、積極的にログインしていきたいのに。
昨日のバニー姿の莎楼がまだ忘れられない。早めに写真を現像して部屋に飾りたい。
いや、飾ってるのを見られたら怒られちゃうかなぁ。でも許可を得て撮影したわけだし、怒られる道理はない。ハズ。
なんて考えていると、センパイが言葉を繋げた。
『暇なら、買い物に付き合ってほしいんだケド』
「珍しいねぇ」
『私は服のセンスとか無いから』
服を買うなんて、それこそ本当に珍しい。パーカーとジャージしか着ないあのセンパイが。いや、動物園で会った時はパーカーにホットパンツだったか。
いつものように車で迎えに来てくれるみたいで、参反に行くことになった。それならお昼は鵐雨天でお蕎麦にしたいなぁ。村栄センパイはしばらくセンパイに会ってないって言ってたし、丁度いいかも。
通話を終了して、お出かけの準備を始める。
莎楼とのデートと違って、あまり気合いを入れた服を着るつもりはない。センパイみたいに、決まったスタイルとかあったら楽なんだろうなぁ。
これ一枚で決まる、みたいな売り文句の白いワンピースを着て、小さめのストローハットを被ろう。
今日は暑いし、これくらい楽な格好でもいいよね。
あとは、いつものバッグに財布を入れて準備完了。高校を卒業したら、これに化粧とかもしないといけないのかなぁ。
でも、センパイはいつも化粧をしていない気がする。大学に行く時はしてたりするのかな。
通話終了から約10分ほど経った辺りで、インターホンが鳴った。
「はいはい、今行くよぉ」
あ、そうだ。莎楼を見習って、ボクもセンパイに飲み物を渡そう。
冷蔵庫からペットボトルの無糖の紅茶を取り出して、急いで玄関に向かう。センパイは、煙草も飲み物もこだわりがないから逆に悩む。
裸足で白いサンダルを履いて、ドアを開けて外に出る。もちろん家には誰もいないから、しっかり鍵をかける。
カラッとした、爽やかな暑さだ。嫌いじゃない。
見慣れた丸っこい黒色の車に近付く。Wのエンブレムが、光を鈍く反射している。
「おまたせぇ、センパイ」
「急にごめんね」
「大丈夫だよぉ、暇だったし。はい、これどうぞぉ」
助手席のドアを開けて、センパイに紅茶を手渡す。そしてそのままシートに座って、ドアを閉める。
「サドちゃんの真似?」
「あはぁ。そうだけど、紅茶は嫌いだった?」
「いや、好きだよ。ありがと」
優しく微笑むセンパイを見ながら、シートベルトを着ける。タイラちゃんと暮らすようになってからかなぁ、随分とセンパイが柔和になった気がする。
やっぱり人は、誰と過ごすかで変わるものなんだなぁ。
「それで、どんな服がいいのぉ?」
「タイラちゃんにさ、プレゼントしようと思って。私はセンスが無いから」
「センパイは美人だし色白でスラッとしてるんだから、色んな服を試してみればいいのにぃ」
「着る服を変えても、近付いてくる男の種類が変わっただけだったから」
「なるほどねぇ」
美人は大変なんだなぁ、と思いつつ、センパイのスカート姿を妄想する。いや、高校生の頃は制服だったから、そんなに珍しいことではないんだけどね。
今日もいつも通り、パーカーを羽織って下はジャージだ。近所のコンビニに行くような服装なのに、すっごくカッコイイのが不思議。
信号で停まっている間、センパイは紅茶を飲む。
沢山のピアスと横顔がすごく絵になる。色々な男の人が近付いてくるのも頷けるなぁ。
「そろそろ参反に着くケド、何処に車停めればいいかな」
「うーん、ボクもそんなに参反の地理に詳しくないからなぁ。あ、村栄センパイに訊いてみよっか」
「ムラエ? なんだ、参反に住んでるのか」
「鵐雨天ってお蕎麦屋さんが実家なんだよぉ」
「初耳」
在学中は仲が良かった記憶があるけど、卒業してから会ってないみたいだったし、そんなものか。
ボクも莎楼と付き合わないまま卒業したら、疎遠になったりするのかな……。嫌だなぁ、付き合えなくても親友のままでいてほしいなぁ。
村栄センパイに電話をかけてみる。随分と前に聞いてから、一度もかけたことはなかったけど。
『もしもーし。初めてかけてくれたね?』
「村栄センパイ。今、センパイと参反に来てるんだけどぉ、車を停めるところを探しててね?」
『あとで蕎麦食べてくれるなら、ウチの駐車場に停めても良いよ』
「元々食べに行くつもりだったから、それでお願いしようかなぁ」
『はいはーい。それじゃ、また後で』
「また後でぇ」
通話を終了して、センパイに鵐雨天の場所を教える。今走っているところから結構近くてよかった。
鵐雨天に到着し、駐車場の一番端に停まる。お昼前ということもあって、他に車は停まっていない。
それか、近隣の人は徒歩で来たりしているのかもしれない。
車を降りて、子ども向けの服が売ってそうなお店を探すために歩き出す。
前に莎楼と行ったブティックにはなさそうだし、かと言って極端に幼い子向けのお店だとなんか違うだろうし。
「心当たりはある?」
「うーん。取り敢えず、ボクが前に行ったお店に行ってみよっかぁ」
「わかった」
逆に、そのお店と鵐雨天しか知らないんだけどねぇ。仮に子ども向けの服が売ってなかったとしても、店員さんに他の店の情報を訊いてみればいいだけだ。
店名が筆記体で読めないブティックに到着し、ドアを開ける。あの時と同じ、糸目の女性が微笑みを向けた。
「いらっしゃいませ。以前に白のワンピースを購入した方はお元気ですか?」
「覚えてるのぉ?」
「はい。数少ないお客様は大切にしないと」
「すごいなぁ」
「小学校高学年の女の子向けの服、あります?」
「ありますよ。店内左側にございますので、ゆっくりご覧ください」
「どうも」
案内されたところに向けて、センパイと一緒に歩く。
前は気付かなかった、というか見なかったけど、確かに子ども向けのサイズも揃っている。
「……どれが良い」
「実際にタイラちゃんを見たことがあってよかったよぉ。イメージ的には……この水色のワンピースとかぁ、水兵さんモチーフのセーラーもかわいいかなぁ」
「何を着ても可愛いよ、タイラちゃんは」
「それはわかってるけどさぁ」
「私の影響でパーカーを気に入ってるから、たまには違う服を着てほしくて」
「じゃあ、片っ端から買ってもいい?」
「良い。どんどん選んで」
水色のワンピース、セーラー、天使のような羽根が背中にあしらわれた白いドレス、黒いリボンが所々にアクセントとして付いている服、もうよくわかんないけどかわいい服、ミニスカートをハンガーから外さずにセンパイに渡す。
タイラちゃんの服の好みとか、センパイの予算とか知らないけど、とにかく似合いそうなものを選ぶ。
「こんなもんかなぁ。お金は大丈夫ぅ?」
「後輩に心配されるほど財政難ではない」
ボクが選んだ服を全部レジに置き、糸目の店員さんが一つ一つ丁寧にタグを外して、店名の書かれた紙袋に入れていく。全部で袋は3つになった。どうしよう、調子に乗って選びすぎたかな。
「ありがとうございました」
お店を出ると、すっかり高く昇った太陽がボクたちを照らした。ここから鵐雨天に戻って、お昼にしよう。
センパイから紙袋を1つ受け取って持つ。荷物持ちは後輩の仕事、なんてことを言う人じゃないけどね。
「カサって、何着くらい服持ってるの」
「うーん。コスプレ用のやつも合わせたら結構あるねぇ」
「今度は、私の服も選んでよ」
「いいよぉ。センパイに着せてみたい服、いーっぱい考えておくねぇ?」
「期待してる」
スカート姿を久しぶりに見てみたいし、タイラちゃんとペアルックなんかもいいかも。今度改めて考えよっと。
駐車場に到着して、車のバックドアを開けてトランクに紙袋を積む。車内は意外と綺麗で、余計な物が積まれていたりしない。
「さて、早速お蕎麦を食べよぉ」
「ムラエは作ってるの」
「いや、注文を聞く担当っぽかったよぉ」
「あんまり会いたくないんだケド」
「えー? 仲良かったじゃん」
「仲が良かったからだよ」
「……誰とでも関係持ちすぎだと思うよぉ」
「私もそう思う」
ため息をついて頭をかくセンパイと一緒に、戸を開けて入店する。
三つ編みを肩に乗せた村栄センパイは、随分と嬉しそうにセンパイを見ている。あれ、全然気にしてなさそうだね。
「久しぶり、ケムリ」
「……ん。久しぶり」
「私のあげたピアス、まだ着けてるんだ」
「大事な思い出だからね」
「へぇー」
結局、センパイは高校の制服でも、パーカーとジャージ姿でも変わらない。
着てる服も持っている服の数も、その人の中身とか関係性には全く関係がないんだなぁ、となんとなく思った。
きっとコスプレと一緒で、見た目じゃなくて心の中が肝心なんだよ。
「ご注文は?」
「「さっぱり冷やしおろし蕎麦にえび天トッピングで」」
「あはっ、仲良すぎでしょ」
「えー、センパイと一緒かぁ」
「別に良いでしょ」
服の趣味は違うけど、食べ物の趣味は似てるみたい。
まぁ、悪くないけどね。
次回、ちゃんと後輩ちゃんが出ます。




