61日目:同級生ごっこ(前編)
先輩が温め続けていたログインボーナス。
『今日は30日火曜日、梅雨明け宣言が出ました!』
とても素敵な笑顔で、私が待ちに待っていたニュースを伝えてくれるお天気お姉さん。
ここ数日は天気も良かったし、今日も晴天だし、そして先輩に会えるし。朝から良いことばっかりだ。
明日は会えないらしいので、今日が7月最後のログインボーナスということになる。
昨日、先輩に電話で『絶対に制服で来てね!』と念を押されたので、何か考えているに違いない。服を考えなくても良いから楽でいいけど。
準備を済ませたら、いつも通りの駅で待ち合わせ。戸毬でデートするのは良いけれど、それと制服になんの関係があるのかは検討もつかない。
「今日のデートが終わったら、夏服をクリーニングに出そうかな」
なんて独り言が出てしまうのも、ウキウキ気分の仕業ということにしておこう。
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「というわけでこれ!」
「あ、ログボチケットじゃないですか」
待ち合わせ場所の戸毬駅で、私と同じく制服を着た先輩が、30日目のログインボーナスの時に渡したチケットを手渡してきた。正直に言うと、ちょっと存在を忘れていた。
一枚目は学校をサボって温泉に行った時に使って、今回は二枚目だ。わざわざチケットを使うくらいだ、きっと普段は頼めないようなログボに違いない。
恐る恐る内容を確認すると、制服を着て来させた理由がわかった。
「『同級生としてデートをする(敬語禁止)』ですか。とんでもないことを考えますね」
「普通に頼んでも無理でしょ?」
「そうですね。チケット使用なので了承しますが」
「やったぁ。じゃあ今からスタート!」
「……今日は何処に行くの?」
私が敬語を遣わないのはお母さんだけ。だから、それを思い出しながら意識して喋れば良いだけ。
めちゃくちゃ緊張するけど、同級生ごっこをしっかりやり遂げてみせる。
「今日はねぇ、同級生っぽいデートがしたいから、普通にVentiとかゲームセンターに行きたいかなぁ」
「わかり……わかった。それじゃ行こっか」
「いいねぇ。君のタメ語、新鮮ですごくいいよぉ」
「いや、これめちゃくちゃ難しいし緊張するよ?」
「がんばってぇ」
心の中と同じように言葉を紡げば良いだけ、と自分に言い聞かせ、先輩の応援を受けて頑張る。
「まずはVentiから行こっか、先輩」
「同級生なのにぃ、先輩はおかしいんじゃない?」
「あっそうか……。華咲音、さん?」
「さん付けは同級生っぽくないなぁ」
「華咲音ちゃん……?」
「もう一声」
「かっ……華咲音?」
「んふぅっ!」
先輩は照れと喜びと興奮の混じったような笑顔を浮かべ、多量の空気を含んだ声を漏らした。可愛い。
名前を呼ぶ、ということ自体ハードルが高いのに、呼び捨てなんて無理難題にも程がある。しかしログボを受理してしまった以上はやり遂げねば。
先輩相手に、『できない』というのは容易いけども、それを納得してもらうのは不可能に近い。本当に敵わない。
「と、とにかく。Ventiに向かおうよ」
「そうだねぇ」
先輩はあたふたする私の手を握って、Ventiに向かって歩き出す。
尾途から帰ってきてからはちゃんとバイトに出ているので、堂々と入店できる。
「このログボ、いつから考えてたの?」
「んー。ログボ実装前から、かなぁ」
「……と、言うと」
「放課後にパフェを食べたりしてる頃から、敬語をつかわない君を見てみたかったのだぁ」
「で、見てみた感想は?」
「最高だけどぉ、毎日だとボクが耐えられそうにないかな」
「ふふっ。私も無理そうだけど、将来的には敬語抜きで話せるようになりたいかな」
「将来ってぇ?」
「……将来は将来、だよ」
現時点でも、たまに敬語じゃない時があるって先輩に指摘されるくらいだし、もっと関係が進展して発展を遂げたら、きっと今日みたいにタメ語で話す日が来るんじゃないかな。
でも、それはそれで先輩に対する敬意が損なわれる気もする。難しいところだ。
敬語が飛び出ないように、話す内容を脳内で反芻してから慎重に話す。そんな一時間ほどに感じられる数分が過ぎた頃に、Ventiに到着した。
チリンという音と共にドアを開けると、夏休み中ということもあってか、普段より盛況な店内が目に飛び込んできた。私以外にバイトはいないので、混んでいる日は本当に大変そう。
「あら、デートですか……。いつもので良いです……?」
「はい。急がなくても大丈夫ですから」
「ありがとうございます……」
カウンター席に座り、改めて先輩の制服姿を見る。夏休み中なのに学校帰りみたいで、何より同級生としてデートをしているという設定も手伝って、すごくドキドキする。
制服にときめくだなんて、少し前までなら考えられなかった。
「そういえば、アキラの妹と一緒に行ったお店ってさ、どこら辺にあるのぉ?」
「弐舞下だよ。今度一緒に行ってみる?」
「うーん……アキラの妹のオススメなのは引っかかるけど、行ったことのないお店には行きたい……」
「ふふ。本当に華咲音はココさんのことが苦手なんだね」
「君にはバレてると思うけど、これはきっと同族嫌悪ってやつだねぇ」
「似てるなーと思うことはあるけど、根本が違うと思うよ」
「どのくらい違う?」
「火とマグマくらい」
「そんなに違わないよねぇそれ」
「いや、かなり違うよ。マグマの方が上位互換なんだから」
先輩は、朝の特撮は観てるっぽいのにその後のアニメは観てないのだろうか。趣味がコスプレだからってアニメや漫画に詳しいとは限らないか。
どんなコスプレをしているのか、そろそろ教えてくれても良いんじゃないかな。もしくは見せてくれても良い。
そういうイベントが近辺で行われてくれたら、チャンスがあるかもしれない。期待しておこう。
「お待たせしました……アップルパイのセット、二つです……」
「ありがとうございます、マスター」
机の上に置かれた、これで何度目になるかわからないくらい頼んでいるアップルパイのセット。他のメニューも美味しいのは百も承知で、それでもこれを頼んでしまう。
先輩と一緒にいただきますをして、アップルパイを食べ始める。パイのザクザク食感と、しっとりとしたリンゴのハーモニーが最高に美味しい。
この上品な甘みに、オリジナルブレンドの珈琲がまた合う。このセットはいつも完璧な幸福感と満足感をもたらしてくれる。
「食べ終わったら、ゲームセンターに行こっかぁ」
「なんか久しぶりだよね」
「そうだねぇ。3日目のログボ以来?」
「多分。ちょっと自分の記憶に自信が持てないけど」
「あはぁ。まぁ違っててもいいじゃん」
「そうだね」
お互い完食して、席を立つ。今日は同級生という設定だから、奢られないように気をつけないと。
後輩の敬語抜き、難しい。




