59日目の夜:ボクは君のことが好きだけど
動物園デートから帰ってきた夜、先輩目線でお送りします。
名前も姿も知らないけど、鳴き声だけは聞いたことのある鳥の声が、少し開けておいた窓から入ってくる。
たまに吹く夜風が心地いい。
そんな素敵な夜。日付はまだ変わっていないけど、ボクと莎楼は既に布団に入っている。
明日は不行に帰る日。朝一番に帰るか昼に帰るかはまだ決めていない。目が覚めた時間とかで決めようと思う。
どうせ、ボクは早起きなんてできないし。
「お昼に食べたチャーハン、美味しかったですよね」
「うん、ボク好みのチャーハンだったよぉ」
「不行に中華のお店ってありましたっけ」
「あるよぉ。今度一緒に行こっか」
「是非」
丸い声色、柔らかい微笑み。確実に、ボクに対して好意的になってきている。大好きって言ってくれたし。
でも、こうやって毎日一緒に寝ていると、さすがのボクも限界が近い。性欲がつよつよと言いつつ、ボクと寝てくれるのは信頼されている証拠だろうか。
手を伸ばして、莎楼の髪を撫でる。上質なシルクも裸足で逃げ出す触り心地に、心が安らぐ。
すぐにでも唇を重ねられるし、手を伸ばせばなんでもできちゃう距離。本当に食べちゃおうかなぁ。訊いてみよ。
「ねぇ、食べてもいい?」
「……あれですか、毎日一緒に寝ていると我慢ができなくなる感じですか」
「あはぁ。鋭いねぇ」
「そういえば、今日はキスもしていませんでしたね」
動物園に行くのがログボっぽくて忘れてた。いや、キスを失念するなんてボクらしくない。
右腕を伸ばして、少し抱き寄せる。君の匂いと、心臓の音と、控えめな柔らかさ。あ、胸が小さいことを揶揄してるわけじゃないよ。誰に聞かれているわけでもないけど、言い訳しておかなきゃ。
でも、やっぱり少し大きくなってる気がする。サイズも鼓動も。
「じゃあ、まずはキスから」
「まずってなんですか、前菜みたいに言わないでください」
「もしくは前哨戦、かなぁ」
唇が触れる少し前に、莎楼は目をつぶる。いつもボクより先につぶるから、緊張と照れを含んだ顔をボクだけが見れる。優越感。
「ん……」
「ちゅっ……んむ、ぷは」
「それじゃあ、メインディッシュもいただいちゃおっかな」
「……良いですよ」
熱を帯びた、潤んだ瞳。キスの間に、まぶたの裏でそんな目を作っていたのか。
いいですよってことは、食べてもいいってことだよね。さっきよりも早い鼓動は、きっと莎楼だけじゃなくてボクのもだろう。
「じゃ、じゃあ遠慮なく……」
「優しくしてくださいね、久しぶりだから」
「……やっぱしない、寝るぅ!」
「え、あ、はい。おやすみなさい……?」
「おやすみぃ!」
許可を得たのに、何故か踏みとどまっちゃった。そうだよ、あの日にも色々できたんだから、今やってもいいハズなのに。どうしてだろう、何かが怖かった。
もしかしたら、こういうところが原因で付き合ってくれないのかな。付き合ったらえっちなことされるんじゃないかって、莎楼はそれを警戒しているんじゃないかな。
違うんだよ。ボクは君のことが好きだけど、そんなことをしたくてここまで過ごしてきたわけじゃないんだよ。
ボクの好きって、そういうことをしたいって意味の好きじゃないんだ。きっと、学祭の時に君が言ってくれた好きと同じハズなんだよ。
「……莎楼、起きてる?」
「起きてますよ。鼓動がうるさくて眠れなくて」
「ボクの?」
「自分のです。なんですか、先輩もドキドキしてるんですか」
「毎日してるよぉ」
「意外です」
「好きな人と一緒にいたら、ドキドキするに決まってるじゃん」
「ふふっ、私と同じですね」
「……そうだといいなぁ」
やっぱり、ボクの好きと莎楼の好きは、同じになったのかな。早く認めてくれると嬉しいんだけどなぁ。
でもまぁ、ここまで来たら何ヶ月でも待てる。最初の頃は見えなかったゴールの光が、すぐ近くまで迫っている気がするから。
「そういえば、明日はログボ60日目ですね」
「何か、特別なログボがもらえるのかなぁ?」
「特別、ですか。何か希望はありますか」
「うーん……。明日の朝までに考えておくね」
「わかりました」
いつもならえっちなことって言うところだけど、ちょっと控えよう。どうしようかな、やりたいことがあるっちゃあるけど、嫌われたら困るしなぁ。
「すぅ……」
「あれ、寝ちゃったぁ?」
ボクより先に寝るなんて、珍しい。どれどれ、寝顔を拝んでおこう。
とっても穏やかな寝顔。もぉ、毎日ボクが悶々としている横で、こんな天使のような顔で寝ていたなんて。可愛いから許すけど。
おばあちゃんに会って、カズマにも久しぶりに会って、動物園デートではニケとアラに、センパイにまで会って。
なんだか、思っていたよりも濃厚だったなぁ。莎楼と来て、本当によかった。
不行に帰ったら、今度はいつ遊べるかな。なるべく早い内に次の予定を立てたいけど、莎楼も忙しいだろうし。
ニケとアラとも遊びたいし、バイトにも行かないと。まだ夏休みは始まったばかりだし、慌てず焦らずに楽しもう。
「ボクと君の関係も、ね」
残りの学校生活は夏休みより長いから、気長に待つよ。
莎楼の背中に自分の背中を合わせて、タオルケットを被って寝よう。鳥の声はもう聞こえないけど、夜風はまだ部屋に入ってくる。
本当、いい夜だなぁ。
次回、不行に帰ろう。




