59日目:ダブル・デート(中編)
それゆけ動物園。
雲の隙間から、梯子のように光が射し込み始めてきた。再びポジションをチェンジし、先輩はアラさんと、私はニケさんと隣合って歩いている。
小さな水溜まりを踏みながら、何を話そうか思案していると、ニケさんが口を開いた。
「なんか、デートの邪魔してごめんな?」
「いえ、そんなことはありませんよ」
「後輩ちゃんと久々に話せて、あたしは嬉しいよ」
「私も、しっかり話してみたいと思っていました。……その、アラさんと付き合っていることとか、普段の先輩のこととか」
「あたしが答えられることなら、なんでも訊いてくれよ」
いつものように八重歯を覗かせた、素敵な笑顔を私に向ける。まず何から訊こうかな。踏み込むのが苦手な私にとって、質問をするという行為は中々にハードルが高い。
「えっと、先輩とはいつから仲が良いんですか?」
「一年生の頃は、カサっちは三年生と仲が良かったから、あまり話したこともなくてさ。友だちになったのは二年生になってからだな」
三年生というと、ヒアさんや鵐雨天のムラエさんのことだろうか。
当時の先輩が、三年生の方々と仲が良かった理由は不明だけど。バイト繋がりだろうか。
「アラさんとはいつ頃から?」
「昔から仲は良かったけど、付き合ったのは半年前だな」
「その、仲が良いって関係からお付き合いするのは、難しくなかったですか」
「後輩ちゃんも、仲の良い人と付き合うか悩んでるのか」
「えっと……まぁ、そんなところですかね」
私と先輩の関係について、ニケさんは何処まで知っているのだろうか。以前、私の誕生日を祝ってくださった時に会話した時に、恋をしたことがないとは話したけど。
でも、普通の友人関係より仲が良いことは既に見抜かれているだろう。過去にもそういう発言をしていたし。
会話が聞こえない程度の距離を空けて、先輩とアラさんが楽しそうに話して歩いている。
先輩が私以外の誰かと喋ったり笑ったりするのを見る機会は稀なので、少し嬉しい。
夏休み中は、私とばかり遊ぶわけにもいかないだろうし。私だけの先輩ではないので、存分に友だちを大切にしてもらいたい。
……そうなると、私には夏休み中に遊ぶような友だちがいない気がしてきた。まぁいいか。
「付き合うとさ、今までとは色々と変わってくるんだ」
「具体的に、何が変わるんですか?」
「うーん……例えば、夕陽が前より綺麗に感じたり、横顔が愛おしく見えたり、前よりも大切にしようって気持ちが強くなったりとか、かな」
あとは、付き合う前よりも堂々とキスができることとか、とニケさんは照れくさそうに微笑んだ。
付き合っていなくてもキスを毎日しています、とは口が裂けても天が割れても言えそうにない。
「やっぱり、付き合うって素敵なことなんですね」
「あたし的にはそうだけど、万人にオススメはしないかな」
「それは、どうしてですか」
「付き合ってからの方が絶対に幸せなんて、あたしにはそんな無責任なことは言えないからな」
「私は付き合ってからの方が幸せだよ、ですよ」
「うぉっアラちゃん! ……あれ、カサっちは?」
「カサちゃんはトイレのついでに、そこのコンビニに飲み物を買いに行ったよ、ですよ」
ニケさんとの会話に夢中になっていて、全く気が付かなかった。
それなりに気温も高くなってきて、暑くなってきた。熱中症には気をつけないといけないし、飲み物を買いに行った先輩の判断は正しい。急でビックリしたけど。
「おまたせぇ。はい、皆も飲んでねぇ」
「ありがとうございます」
「ありがとう、です」
「サンキュー」
「あ、お金はいらないからねぇ」
私は緑茶を、アラさんは紅茶、ニケさんはスポーツドリンクを受け取って飲み始めた。
恐らく、私を含めた全員の飲み物の好みを把握しているのだろう。さすが先輩。
今度はニケさんはアラさんの隣に並んだ。そろそろ私も先輩と話したかったので、良いタイミングだ。
それぞれのパートナーと一緒に、動物園に向けて歩き出す。前を歩くお二人が、なんだか眩しく見えた。
「そろそろ動物園に着きますかね」
「あと5分くらいかなぁ。動物園に着いたら別行動しよっかぁってアラと話してたんだけど」
「それぞれのデートに戻るってことですね?」
「そういうことぉ。ダブルデートってよくわかんないし」
「ふふ。やっぱりそうなりますよね」
「ニケとどんな話をしてたのぉ?」
「いつから先輩と仲良くなったのか、とか」
付き合う云々について話したことは伏せておこう。ニケさんがアラさんと付き合っていることは、正式にはまだ話されていないわけだし。
何より、私が先輩との関係について悩んでいることを知られたくない。悩んでいると言っても、前向きに検討していることだけど。
「仲良くなった経緯とかは、番外編で話そうかな」
「なんですか番外編って……」
人生には本編しかない。漫画や小説や、本誌の連載に追いつきそうな人気アニメとは違って、どれだけ寄り道しようと脇道に逸れようと、どう生きても全てが本編だ。
「あ、到着したねぇ」
「動物園なんて久しぶりです」
大きな門と入場ゲートを見て、子どものように胸を高鳴らせつつ、未だに受付のお姉さんに券を出してもらうシステムに安心しながら、高校生2枚を購入する。
動物園や水族館の受付で、お姉さん以外に会ったことがないのは何故だろう。
隣の受付ではニケさんとアラさんが券を購入している。
「それじゃ、早速見て回ろっか!」
「はい。因みに、先輩のお好きな動物は?」
「ボクはねぇ、ゾウとかキリンとかぁ、あと鳥も好き。タカ、クジャク、コンドル!」
「後半のコンボ感はなんですか」
ニケさんとアラさんに手を振り、二人とは反対方向に歩き出す。そして、今振ったばかりの手を繋ぐ。
夏休みということもあり、家族連れやカップルが多く居る。時々聞こえる動物の声も、人々の話し声に掻き消されている。
「あ、左手側にキリンがいるみたいだよぉ」
楽しそうな笑顔を浮かべた先輩に手を引かれ、キリンの待つ場所へ向かう。
流石はキリン。その人気はかなりのもので、子どもたちが柵を握りしめて見つめている。
「キリンを見ると、じゃがりこを思い出しません?」
「おいしぃよねぇ、アレ。あ、葉っぱ食べてるよぉ!」
普段より語尾が少し強めの先輩、可愛い。本当に動物が好きなんだなぁ。
通路を挟んだ隣にはカバが居る。綺麗な水に取り替えても、すぐに糞をして汚すと書いてある。
こんな暑い日は、やっぱり水の中が気持ち良かったりするのだろうか。いつか、先輩と海とかプールに行ったりもするのかな。
「先輩、こちらから上の方に行くと、クジャクとニワトリ、アヒルが居るみたいですよ」
「行こ行こぉ」
少し離れても見える長い首と、水の中でくつろぐ瞳に心の中で別れを告げ、鳥舎に向かう。
今朝の雨のせいで、所々に水溜まりができている。草の生えている土の部分はぬかるんでいて危険だ。
鳥舎に着くと、鳥類独特の匂いがした。というかニワトリの匂いか。
小学生の頃、ニワトリ小屋の掃除をしたこととか思い出す。四年生に上がった頃に、全てのニワトリが野良猫に食べられてから小屋も取り壊したんだったかな。記憶が曖昧だ。
「クジャクは、オスとメスで見た目が違って面白いですよね」
「オスの方が派手なんだよねぇ」
私たちに気づいたのか、クジャクのオスがバサッと羽根を広げる。扇のように広がるその美しさに、思わず感嘆の声が漏れる。
ここら辺はあまり檻が無く、人も少ない。
もう少し歩けば、今度は猿山が見えてくるハズだ。水族館と違い、順路を気にせず歩けるのが動物園の魅力かもしれない。
猿山に向かって歩いている途中で、小学生くらいの女の子と手を繋いで歩くヒアさんが現れた。いつも通りのパーカー姿だけど、パーカーの正面は開けていて、下はジャージではなくホットパンツだ。
「あれ、カサとサドちゃん」
「センパイだぁ。こんにちはぁ」
「こんにちは」
「ん。二人はデートかな」
「そういうセンパイも、その子とデート?」
ヒアさんと手を繋ぐ少女は、慌ててヒアさんより少し前に出て頭を下げた。
お揃いのようなパーカーのフードが、小さな頭に乗る。
「わたしは、平等喫です。えっと、平等に喫茶店の喫と書きます」
「そういえば、二人にはタイラちゃんを紹介してなかったね」
「どういう関係なのかぁ、訊いても大丈夫?」
「大丈夫。13番目ではない」
「さすがに小学生はダメだよぉ?」
「……うん」
「え、なぁにその間」
「自分が女で良かったと初めて思ったよ」
「え。なぁに、その意味深な発言」
それ以上は何も言わず、ヒアさんはキツちゃんとまた手を繋いで歩き出した。私たちとは反対側のゲートから入場したのだろうか。
「大丈夫だと思いますよ、流石に小学生には手を出したりしないかと」
「センパイに限っては、ありえそうで怖いんだよねぇ。悪い人じゃないんだけど」
うーん、と唸る先輩。ヒアさんはそんなに心配されるような人なのか。
ニケさんやアラさん、そしてヒアさん。先輩の人間関係にはまだまだ私の知らないことが沢山ある。
それは、付き合えば自然とわかったり解決したりするのだろうか。それか、番外編とやらを見せてもらえば良いのかな。なんて。
好きな人の交友関係、把握しておかないと気が済まない派と気にしない派に分かれそうですよね。
 




