58日目:スター尾途(中編)
記念すべき百話目ですが、内容は普通に前回の続きです。
『ボクのこと、好きすぎじゃない?』
『迷惑なんだよね、付き合うつもりもない癖に』
『まーちゃんの時みたいな失敗、またするつもり?』
『好きって言われたから、自分も好きだって錯覚してるだけじゃない?』
『本当に、君は人のことを好きになれるの?』
ドスン、と鈍器で頭をぶん殴られたような衝撃で、悲鳴とも叫びともわからない声を上げて飛び起きてしまった。
ここは何処だっけ。そうだ、先輩のおばあちゃんの家の、先輩の部屋だ。まだ暗い、夜中の3時くらいだろうか。
よくわからない恐怖感と心臓のバクバクで、思考が上手くまとまらない。
「はぁっ……はぁっ……」
「くぐる……?」
「せ、先輩……。すみません、起こしてしまいましたか」
「怖い夢でも見たの……?」
「そんなところ、です……」
いつも寝起きの悪い先輩がすっと起き上がり、私のことを抱きしめた。そして優しく私の頭を撫でる。
「大丈夫だよぉ、それは夢だから」
「はい……」
「ちゃんとボクがいるよぉ」
「……ありがとうございます、先輩」
「んふふ、二度寝しよっか」
「そうします……」
再び横になると、何故か夢の内容は朧気になっていた。冷や汗と涙が出るようなことを誰かに言われた気がするけど、もう思い出せない。
先輩の言う通り、夢なんだから気にしないことにしよう。
あっという間に先輩は寝息を立て始めた。私も寝よう。
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蝉時雨の音が耳に届いて目が覚めた。
隣を見ると、先輩はまだ寝ていた。私のせいで夜中に起こしてしまったわけだし、少しでも寝ていてもらおう。
そーっと起き上がり、先輩の部屋を出る。今日も晴天だ。
「シャワー……借りても良いかな」
その前に、おばあちゃんは起きているだろうか。お仕事とかはどうなんだろう、確か地主のようなことを言っていたけど。
階段を下りると、卵をかき混ぜる音が聞こえた。お椀の中に入れた生卵を箸で混ぜる、あの音だ。
「あら、おはようクグルちゃん」
「おはようございます」
「カサネは?」
「まだ寝ています」
「朝ごはん、食べるでしょ?」
「いただきます」
「それとも、先にシャワー浴びてくるぅ?」
「丁度、お借りしたいと思っていました」
随分と機械的な受け答えをしているな、と自嘲気味に思う。相手の言葉に簡潔に返事をしているだけ。まるで自分がNPCにでもなったみたいだ。
先輩のおばあちゃんだから、緊張しているというのもあるかもしれない。先輩は私のお母さんが相手でも、いつも通りの感じで凄いなぁと思う。
階段を上って、先輩の部屋に戻る。
天使の寝顔の姫を起こさないように、静かに鞄から着替えとタオルを取り出して、シャワーを浴びるために階段を下りて、お風呂場に向かう。
服を脱いでシャワーの蛇口を捻る。最初に出てくる水が足に触れ、冷たさで完全に目が覚めた。夏だからまだ良いけど、お湯になる前のシャワーは凶器だ。
お湯になったところで、頭から浴び始める。すると、ドタドタと階段を下りる音が聞こえた。恐らく、先輩が起きたのだろう。そんなに慌てて下りなくても良いのに。
シャワーを終えて、居間に戻ると先輩が駆け寄ってきた。
「もぉ、起きたら隣にいないからビックリしたよぉ」
「す、すみません。起こしたら悪いと思って」
「なんか夢見が悪かったみたいだしさ、心配しちゃったよぉ」
「覚えてたんですね……」
「忘れてほしい?」
「いえ。弱いところとか泣いているところとか、今まで何度も見せてきましたし」
「あ、泣いてたんだぁ。それは気づかなかったよ」
しまった、余計なことを言った。暗かったし、先輩には見えていなかったのか。
「そ、そんなことより。朝ごはん食べましょうよ」
「そうだねぇ」
露骨な話題逸らしをしたのに、それ以上は言及せず、食卓に着く先輩。その優しさに泣きそうになる。
おばあちゃんが、食卓に朝食を並べる。
白いご飯、卵焼き、お味噌汁に焼き鮭。旅館の朝食みたいだ。朝にインスタントじゃない味噌汁を飲むのは久しぶりだ。
「わぁ、美味しいです……!」
「あははぁ。それは良かった」
「おばあちゃんの卵焼きもおいしぃけど、莎楼が作る卵焼きもおいしぃんだよぉ。甘いんだぁ」
「……卵焼きを作ってあげる関係なの?」
「わっ、私が料理を作るのが好きなんです」
「何回もお泊まりしてるしねぇ」
毎日のようにキスをしている、とは伝えたけれど、それ以上の情報を知られると私が困る。
健全なお付き合いへ向けて、健全な関係を築いています。決して、そう決していやらしいことをしたりはしていません。神仏には誓えないけれど。
「せっ先輩。そういえば、今日の予定は?」
「今日はねぇ、まだ特に何も考えてないけど」
「メナミさんと一緒に過ごすのはいかがでしょうか。たまにしか2人で過ごせないでしょうし」
「そんなぁ、それは流石に悪いよぉ」
「いえ、おばあちゃんとの時間は大事にした方が良いですよ」
「君のおばあちゃん、亡くなってるんだっけ……。うん、それじゃお言葉に甘えちゃおうかな」
「私はここら辺を散歩したりして過ごします」
そもそも、先輩がおばあちゃんに会いに行くというイベントにお邪魔した形なので、私とばかり過ごすのも変な話だ。
尾途は初めて来る町でもあるし、散策してみよう。
「ごちそうさまぁ」
「ごちそうさまでした」
食べ終えた食器を下げて、2人に見送られながら外に出る。
まだそこまで眩しくない陽の光に照らされながら、適当に歩き出す。
「おっ、えーと……クグルさんだっけ」
「カズマさん。おはようございます」
「おはようっす。カサ姉は?」
「今日はメナミさんと過ごしてもらおうと思いまして」
「なるほどね。暇なら、おれと遊ばない?」
「遊ぶ……と言うと?」
「別に、適当に歩いたり話したりするくらいだよ。ここら辺に遊べる施設とかないし」
「わかりました。よろしくお願いします、カズマさん」
「『さん』はやめてくれよ。『くん』か呼び捨てで頼む。おれもクグ姉って呼びたいし」
女の子だけど、女の子として扱われるのが嫌なのだろう。下の名前で呼ばれると怒るらしいし、先輩とはそこが違うタイプだ。
「わかりました。では、カズマくんで」
「サンキュー、クグ姉」
ニコッと笑うカズマくん。とても素敵な笑顔だ。
今日もタンクトップだけど、胸元とかあまりにも無防備で心配になる。なるべく見ないようにしないと、変な誤解をさせてしまうだろうか。
私が女の子と2人きりで過ごすのって、先輩的にはどうなんだろう。嫉妬してくれたりしたら、ちょっと嬉しいかも。なんて。
おかげさまで、百話も書くことができました。まだまだ終わりそうにないので、引き続きよろしくお願いします。




