5日目/6日目:ツーデイズ
前中後編に分かれる1日もあれば、2日分が1話でまとまることもある。日常ってそういうもんですよね。
5日目:火曜日
「火曜日って、英語で言うとチューズデーでしょ。なんかチューしたくなる響きだよねぇ」
「まだ熱が引いてないんですか」
「あはぁ、辛辣だねぇ」
もうすっかり風邪が治ったらしく、先輩はマスクも付けずに登校していた。
正直、学校で先輩に会えるのはすごく幸せだ。一限目の授業が始まる前と、放課後、そして今のように昼休みにしか校内では会えないが、それでも嬉しい。
「そういえば、今日ってバイトですか?」
「あー、昨日休んじゃったからねぇ。でも大丈夫、休んだらシフトじゃない日に出ろーって言うような職場じゃないから」
「そうなんですか。じゃあ──」
「今日はねぇ、ちょっと用事があるんだぁ」
「あ、そうなんですね……」
今日という一日のお話は、これで終わりとなる。
同じ日なんてものは決してない、どんな日も特別とは言っても、毎日が物語的に起伏のある、面白いものになるとは限らない。
ログインだけして、そのままログアウトする経験が誰しもあるだろう。それと一緒で、先輩と長時間一緒にいられるとは限らないのだ。
先輩のバイトのシフトは月水木土なので、明日も明後日も、放課後に遊ぶことはできない。学年が違うので、日中過ごすこともほとんどない。
「ごめんねぇ、明日と明後日はバイトだし遊べないねぇ」
「先輩がご多忙なのは承知しています」
一応、朝にこの場所──第二理科準備室でほっぺにキスはしたし、先輩的には目標を達成している。多くを望むようになったのは、むしろ私の方だ。
「では、金曜日は遊べますか?」
「そんなにボクと遊びたいのぉ?」
「だ……だめですか?」
「すっごく嬉しいなぁ」
遊園地に行くと告げられた子どものように、爛々と目を輝かせる先輩。あらゆる宝石も星々も、この輝きには敵わないだろう。
「あ、そろそろお昼休みが終わりますね」
「そうだねぇ、それじゃあまた明日ぁ」
先輩に手を振り、教室へと戻る。
扉はこの前のことが嘘のように、簡単に開いた。
明日の朝までもう会えないと思うと、あの時みたいに扉が壊れてもいいな、なんて考えてしまった。
6日目:水曜日
「そろそろさぁ、ほっぺ以外にもキスしてよぉ」
「耳とかで良いですか」
「もう毎日、唇にしようよぉ」
「……それは、ちょっと」
第二理科準備室で、あんぱんを食べながら迫ってくる先輩。
ログインボーナス実装初日に、唇を奪われはしたが、だからと言って出来るかと言うと別問題だ。
したくないと言うと嘘になるけれども、ログインボーナスと銘打っている以上は、流石にいつも唇にするわけにもいかない。特別な日とかに残しておかないと、後々困ることになりそうだ。
「えー、なんでぇ?」
「ログインボーナスって、どんどん豪華になるじゃないですか」
「うん」
「唇にするのを毎日すると、その先に進むことになるじゃないですか」
「やらしぃねぇ」
「何がですか!?」
「その先ってなぁに?」
「え、っと。いや、だからそのつまり」
「やらしぃねぇ」
「違いますよ!?」
にやにやする先輩を前に、狼狽える私。
いや、違いますと言いつつ、ちょっとはそういうことを考えてはいたけれど、決して、決して先輩で淫らなことを妄想していたわけではない。
「し、信じてください」
「ボクは信心深くないからなぁ」
いつだったか、こんな会話をした気がする。別に私も、信心深いわけではないのだが。
「まぁ、それはともかく。そろそろ新しいログインボーナスを考えておきますね」
「やらしぃことでもいいよぉ」
「だからしませんって!」
1週間を区切りに、また1日目に戻るログボというのも多いけれど、私と先輩のログボはひたすら前に進み続けている。
しばらく、ほっぺにキスをしてなんとなくやり過ごしてきたが、先輩の人生に不足しているものを埋めるのに、これでは足りない気がしてきた。
「真面目な話、君がボクにしてくれるなら、どんなことでも大歓迎だよぉ」
「どんなことでも、ですか」
「ボクのわがままで始まったことだしねぇ、ほっぺにしてくれるだけでも、ボクの人生は楽しくなったよぉ」
「そう言っていただけると嬉しいです」
「でもぉ、やっぱりそれ以上を望んじゃうのが、人間の悪いところだよねぇ」
「……金曜日は遊べると言ってましたよね?」
「うん」
「では、その日はちょっと特別なログインボーナスにします」
「やらしぃこと」
「ではないです」
何回やらしぃって言うんだ。私とやらしいことをしたいと、本気で思っているのだろうか。
自分で言うことではないが、美人でもないし、胸も小さいし、男子にも女子にもモテたことが皆無な私のことを、どう生きていればそういう目で見れるのだろう。
「そうだ、明日のバイトが終わったあと、遊べるぅ?」
「それは勿論、大歓迎ですけど」
「あはぁ。じゃあ、また明日ねぇ」
あんぱんの袋をゴミ箱に捨てて、ひらひらと手を振りながら先輩は第二理科準備室を後にした。
どうしよう。明日と明後日の2日間、またしても表情筋が過労死することが決まってしまった。
軟体生物と化した私は、先輩の後を追うように第二理科準備室を出て、教室へと向かう。
先に先輩が出ると鍵をかけられないけど、良いのだろうか。明日訊いてみよう。
次回、ログインボーナス一週間記念!