電網羊はバーチャルマインドの夢を見るか
5分ちょっとで読めるショートショートシリーズ第5弾。
ちょっと意地悪なSFです。
「はじめまして、Tendoです」
「はじめまして。Risaです。Tendoさんは、いつごろからこのゲームやってるんですか?」
「えっと、4ヶ月くらいですね。ファーストが先日レベルMAXになったので、最近はこのセカンドを中心に育ててるんです」
「セカンドですか。先輩ですね。私は先週始めたばかりで、まだ操作がうまくできません……」
Risaが頭を押さえて「くよくよする」ポーズをとる。
TendoはRisaの頭を「なでる」ポーズで返す。
「このゲーム、操作難しいですから、先週はじめたんだったら普通ですよ。俺なんて、最初一ヶ月くらいマップの見方、わかんないままだったから」
「マップの見方?」
「ああ、やっぱりわからないままでしたか。ちょっとややこしいんですよ。まずステータス画面にsキーで入って、そっから持ち物>その他で地図を選ぶんです。これ、もうすこしわかりやすくしてほしいですよね」
「ありがとうございます。もうすこしわかりやすくしてほしいです」
「ほんと、そうですよね。ところでRisaさん、このあと予定ありますか?」
「いえ、ありません」
「じゃあ、仕立て屋のクエスト、やっていきませんか?Risaさんがまだなら…」
「仕立て屋のクエスト、まだです」
「だったら、お勧めですよ。このクエでしか、Lv9の移動魔法手に入りませんから。これを早めに覚えておくと、移動が一気に楽になりますからね」
画面の中にいるTendoは、ポリゴンで描かれたCGに過ぎない。
しかし、それを操っているのは、どこかのパソコンの前に座る生身の人間だ。
画面の上にはTendoとRisaの会話がチャットログとして表示されていく。文字の色は濃いピンク。ゲーム内世界でも、お互いにしか表示されない「個別会話」モードであることがわかる。
画面の中で、いかつい鎧に身を固めた男性キャラクターTendoと、ローブをまとった女性キャラクターRisaは連れ立って歩いていく。
もうしばらく移動すると、市街地へのエリアチェンジがあり、そこにはいくつかの商店が並んでいる。左手の仕立て屋に二人は入っていくはずだ。空間転移魔法を宿したローブの仕立てに必要な「大いもむしの繭」を集めるよう店主から指示され、きっとこの二人は、北の森へ進んでいくだろう。
ひとつの仮想世界を共有し、その中で複数のプレイヤーが自分の分身であるキャラクターを操作し、会話し、協力しあう。多人数参加型ネットワークロールプレイングゲーム、すなわちMMORPGでは見慣れた光景である。
◇
「精度はどうだい?」
「想像以上ですね。ソフトウェアとしては決して高度なことをしているわけではないのですが、人間の想像力のたくましさに敬服しますよ。情報に対して、必要に応じて勝手に補完しますし、そこには自分に都合のよい”解釈”が介在する。テストにこれを用いるという発想が当たりでした。」
「しかし、どちらにせよ限界を迎えてしまうことになるんじゃないか?」
「その限界、というか、目標をどこに設定するかですね。逆に、どこまでのものを実績として評価するか、を考えておく必要があります。金銭的利益……といっても、現実と同じ物差しは使えませんし。身も心も捧げさせる、なんてわけにも」
「そのあたりは、一度考えてみる必要があるな」
好奇心のうずきに突き動かされた人間は、ときに傲慢で残酷だ。
笑いが口元から漏れるのを抑えるのは、存外難しい。
◇
「Risaさんのキャラも、だいぶ育ちましたね。レベルいくつになりました?」
「32です。Tendoさんにもらった装備のおかげです。ありがとうございます」
「いや、そういってもらえると、本当に嬉しいです」
「Tendoさんは、セイレンの涙って知ってますか?」
「ああ、あれですか。ちょっとソロだときついクエストなんですよね。Risaさんはセイレンの涙、まだ取ってないんですね?」
「はい」
「じゃあ、ちょうどいいや。一緒に行きましょう。Risaさん魔法使いだから、バランスもいいし。時間、大丈夫ですよね」
「ありがとうございます。時間、大丈夫です」
「じゃ、僕の後についてきてください。前で盾になりますから。大樹人の森を抜けるまでがかなり危険なので、離れないでくださいね」
「はい。離れないでですね」
二人のキャラクターはこれからセイレンの涙をとりに、山二つ向こうの川まで歩いていくことになる。ゲーム内時間で2―3日を過ごし、快晴のタイミングを見計らって、川の中で光るセイレンの涙を手に入れるだろう。
◇
「人間の心理というものが、いかにテキスト化のフィルターを経て、類型化され得るものか、という実験だね、これは」
「全くです。あらかじめ設定された展開に完全に沿っていても、好意をもつという命題に対しては何の影響もない。滑稽なくらいに、同じように関係は進展します。それが幻想であれ、本物であれ、本人には何の違いもない」
含み笑いが漏れる。
「また意地の悪い」
ニヤニヤ笑いを浮かべた彼も、十分意地は悪い。
「まあ、私としては、結婚がひとつの目安になるんではと思っています」
「なるほど。ここではすべての財産が共有されるんだっけ。確かに、生半可な覚悟ではできそうにないな。彼の愛情の深さに期待しよう」
笑いをこらえるのも、そろそろ限界だ。
◇
「いやー、今日もずいぶん遅くまで遊んじゃいましたね」
「遊んじゃいました」
「明日が仕事だと思うと、正直憂鬱です。リアルはしんどい……」
「仕事、ですか?」
「普通の会社員ですけどね。電気製品とか作ってます」
「電気製品とかですか?」
「ええ、生活家電、俗に白物って呼ばれる。今、ちょうど新製品の仕込みの時期なんで、どうしてもあわただしくて……準備が大変なんですよ」
「大変ですね」
「……って、何リアルの話なんか……すいません。つい」
「いえいえ。いろいろ教えてくださって、嬉しいです。ありがとうございます」
Tendoは「頭をかく」動作をする。きっと画面の前のプレイヤーも、照れていたに違いない。
◇
「若干の異性としての色づけ、きっかけを作るための定型句は必要ですね。相手の話すことに興味をもって見せる。復唱を多用して理解したように感じさせ、会話を先に促す。相手が話してくれたことに対する感謝を、必ず返す。感謝は少しくらい過剰であっても構いません――突き詰めれば、それだけで十分。単純にも程がありますよ」
「……それだけで、人は容易に気持ちが通じたと思う――恋におちる」
tendoとRisaは、ゲーム内で結婚式を挙げた。
それからしばらく、二人は連れだって冒険に出る姿が見られた。
そして、結婚式から2ヶ月程経ったある日、別れは急にやってきた。
「Tendoさん、お別れしなくてはなりません」
「Risaさん、どうしたんですか。何か、リアル事情ですか」
「海外に引っ越すことになったんです。ネットで遊べる環境もなくなってしまうので」
「……そうですか……仕方、ないですよね。すごく残念ですけど」
「Tendoさんのおかげで、とても楽しかったです。幸せな時間でした」
「こちらこそ、Risaさんいたから、このゲーム楽しかったんです。お礼を言いたいのは僕の方です……」
◇
「このゲーム、巷でずいぶん評判がいいですよ。素敵な異性と恋に落ちた、という経験をしたプレイヤーがたくさんいるネットゲームは、評価が上がりやすいとか」
「おめでたいな。我々と関係ないところで、楽しい出会いをしたプレイヤーがたくさんいた、と思っておこう。誰も彼もがRisaの恋人だった、なんて想像するだけで気持ち悪いぞ」
「いやー。かわいそうですけど、それが真実かと。このゲーム、プレイヤーの性別バランスが酷く偏ってますし」
「そうなのか」
「恋愛を期待してる男って、二人の世界に入りたがりますからね。入れ込んでしまったネトゲおたくに、Risaが自分にしか見えてない、と気づけたかどうか……変な虫がつかなくてホッとしてたんじゃないですか」
「バーチャルで作られた心が、ネットをさ迷える羊たちに愛……いや、違うな、〝夢”を配る……世知辛いご時世だ」
「たくさんのいい思い出を作ってあげたんです。善行ですよ」
Risaプロジェクトは、十分な成功を収めた。第二、第三世代のRisaはより多くのゲームプラットフォームに搭載され、無数の孤独なプレイヤーに夢を配っていくだろう。
判断、音声、継続的な関係構築……Risaを強化すべきポイントは、まだまだ多い。
「そういえば、先行テストのTendoくんだっけ、なんて振られたの」
「海外に引っ越しパターンでした。あの後のサンプル見ても、結局あれが後腐れなくて、使いやすかったようです」
「次は、実体のある恋になるといいなぁ。頑張れTendoくん」
薄ら笑いで送る応援の言葉。
重みのないそれは宙に浮き、すぐに溶けた。
(了)
2007年・2019年改稿
ネットゲームでどきどきした経験、ありませんか?
作者は、あります。
あるからこそ、こんな作品を書いてしまいました。
……かなり屈折してますね。
よろしければ、是非下リンクより
メイン作「辰巳センセイ」にもお立ち寄りくださいませ。