歌上手のコマドリさんの決心
昔々あるところに、逆さの虹のかかる森がありました。
その森に住む歌上手のコマドリさんは、とてもとても歌うのが好きでした。
今日も朝から、良く通る声で歌います。
その歌声は、朝の静かな逆さ虹の森に流れ、森のみんなを聞きほれさせるのでした。
そんなある夏の事です。
ぴりりりりぃーーーーー、けほっ、けほっ・・・
コマドリさんは、歌っている途中で胸の奥がかゆくなり、咳をしてしまいました。
けほっ、けほっ、ごほっ!。
咳はなかなか静まりません。
「風邪でも引いたのかな?。」
コマドリさんは思いました。
でも、熱もあまりないし、明日の朝には直るだろうと、思いました。
ところが!。
次の朝になっても、咳は治まるどころか、どんどんひどくなり、胸の奥も痛いほどになってきたのです。
さらには、だんだんと胸も苦しくなってきました。
これでは、とても歌えません。
コマドリさんは、巣にうずくまって、ケホケホと病が治るのを待つ事にしたのでした。
そうして、何日か過ぎた頃。
森のみんなは、コマドリさんの歌が、何日も聞こえないので、心配になって、コマドリさんの巣にやって来ました。
「コマドリさん、コマドリさん、どうしたの?体の具合でも悪いの?、大丈夫?。」
お人好しのキツネさんが、コマドリさんの尾羽が巣から出ているのを見つけて声をかけます。
コマドリさんは、少しでも楽に息をしようと空を振り仰いで、ひゅーひゅーと苦しそうに息をしていました。
そんなコマドリさんの動きに合わせて、尾羽がゆっくりと揺れています。
そんなコマドリさんの様子に、みんなはただ事ではないと思いました。
そこで、みんなは、コマドリさんを、森の一番の知恵者で、お医者さんでもある、物知りのフクロウさんの所に連れて行ったのでした。
フクロウさんは、コマドリさんを診察して言いました。
「これは、大変だ。すぐに薬を与えないといけない。誰か薬の材料になる『ニジモリドクヤマイモ』を取って来てはくれないか?。」
「それは、どこにあるのですか?。」
キツネさんが聞きました。
「オンボロ橋の向こう側、『ドクソウの森』に生えているはずだ。毒々しい色をしたハート型の葉っぱが目印だ。その根っこの芋を出来るだけそっと掘って、持って来て欲しい。
決して、口には入れないようにな。」
「では、私が取ってきましょう。」
キツネさんが言いました。
「では、これに入れて持って来てくれ。」
フクロウさんはそう言って、大きな袋をキツネさんに渡してくれました。
今にも落ちそうなオンボロ橋をこわごわと越え、キツネさんは『ドクソウの森』を目指します。コマドリさんのために。あのすばらしい歌声を再び聴くために。
そうしてついに、キツネさんは不気味な『ドクソウの森』へと着いたのでした。
この森にいる生き物は、みんな毒があると言われています。
そんなこわい森の中で、キツネさんは必死で『ニジモリドクヤマイモ』を探しました。
あれは、葉っぱの形が違う、こっちのは色が違う、これは山芋の蔓じゃない、と、キツネさんは懸命に探します。少しでも早く、コマドリさんの病気を治してあげたくて。
そうして日が落ちかかる頃、やっとキツネさんは『ニジモリドクヤマイモ』を見つけたのでした。
キツネさんは、はやる心を抑えて、そっとそっと、それを掘ります。
そうしてやっと掘ったそれを、もらった袋に入れようとしました。
でも、口が使えれば、ちょいとくわえてポイ、と袋に放り込めば良いので簡単なのですが、口にしてはいけないと言われています。
キツネさんは、袋を地面に置いて、『ニジモリドクヤマイモ』を前足で前足でちょいちょいと押して入れようとしますが、地面に置いた袋に押し込むのは意外と大変で、結構時間がかかりました。
もうあたりは夕焼けに包まれています。
キツネさんは、やっと『ニジモリドクヤマイモ』を入れた袋を大事に持って、フクロウさんの所へと急いで戻ったのでした。
「おお、待っていたよ。」
フクロウさんはそう言ってキツネさんから『ニジモリドクヤマイモ』の入った袋を受け取ると、さっそく薬を作り始めます。
すりおろして、水と混ぜ、別の粉を入れてと、・・・薬作りは徹夜で続きました。
朝日が昇るころ、薬はだいたい出来ました。
「あとは、薄く広げて朝日に当ててよく乾かして、粉薬にしなくてはいけない。」
フクロウさんは、言います。
みんなは、乾かしている薬が風で飛ばないように、薬の周りをみんなで囲んで守ります。
そうして、日が高く上る頃、やっと薬は乾きました。
フクロウさんは、カラカラに乾いた粉薬をさらに細かくすりつぶしました。
こうして、ついに薬は完成したのでした!。
フクロウさんは、出来た薬を、茶さじ1杯分量って葉っぱに乗せて、コマドリさんに渡し、言います。
「では、この粉薬を思いっきり吸い込みなさい。」
コマドリさんは苦しい息の下、言われたとおりに粉薬を吸い込みました。
夕暮れが近づく頃、コマドリさんは息が楽になっている事に気づきました。
けほんけほんと、時々咳は出るものの、胸の重苦しさは去り、スーッと息が出来るようになっていたのでした。
「どうやら、薬が効いたようだな。これからは毎日、この薬を茶さじいっぱいずつ吸い込みなさい。」
フクロウさんはそう言って、竹筒に入れた薬をコマドリさんに渡します。
でも、その声は、無事薬が効いたというのに、どこか重苦しいものだったのでした。
・・・・・
薬の効き目は劇的でした。
見る見るうちにコマドリさんの病気は良くなって行き、三日もたつ頃には、咳も治まり、今までと変わらないほど楽に息が出来るようになったのでした。
コマドリさんは、ほっとしました。
森のみんなも、ほっとしました。
病気が良くなったとなれば、もういても立ってもいられません。
コマドリさんは、歌が大好きなのです!。
コマドリさんは、大きく息を吸い込むと、また美しい声で歌を、・・・歌おうとしました。
ところが!!!
出て来た声は、美しく澄んだ声ではなく、グゲエ、ビルズルゼリ・・・という濁りかすれた声だったのでした!。
コマドリさんは、愕然としました!。
森のみんなもびっくりしました!。
そんなみんなに、フクロウさんが重苦しい声で言います。
「あの薬は、劇的な効果があるが、その代償に美しい声を奪ってしまう薬なのだ。だが、あの薬でなければ、おそらく1日と持たずにコマドリさんは命を落としていただろう。他に方法はなかったのだ。」
「ぞんな!、ではもう私は歌えないのでずが?!。」
コマドリさんがかすれた悲痛な声で聞きます。
「薬をやめれば、少しずつ元の声に戻るだろう。」
その言葉を聞いて、コマドリさんの顔に希望が戻ります。
でも、フクロウさんはさらに言うのでした。
「だが、薬をやめれば、またすぐに病気が再発してしまうだろう。
この病気は、この森に満ちる生命の息吹を体が拒んで起こる病気なのだよ。
この森の生命の息吹が眠る寒い雪の日を除いては、この薬なくしてはこの森では、もう生きてはいけないだろう。」
コマドリさんは悲しみました。
この森で自分が生きて行くには薬が必要で、薬を使う限りもう自分は歌えないのだと知って。
もう、歌う事をあきらめるしかないのでしょうか?。
何よりも歌う事が好きなのに!。
コマドリさんは、フクロウさんの言葉をかみ締めるように頭の中で繰り返して、じっと考え込みました。
そうして、ある事に気づいて、フクロウさんに尋ねました。
「ごの森を出れば、私は薬なしでも生ぎで行げるのでずが?。」
「うむ。だが、この森の命の息吹は、この森の外にも広がっている。命あふれる夏の季節には、より遠くまで。だから、夏には遠く遠くまで離れなければならないよ。この森に入れるのは、生命の息吹が眠りにつく寒い雪の日だけになるだろう。」
森のみんながコマドリさんを見つめています。
薬なしで生きるためには、歌を捨てないためには、このすばらしい森を遠く離れなければならない。
そして、それは、やさしいこの森のみんなとも離れると言う事です。
コマドリさんの危機を必死で救ってくれたこの森の仲間達と。
コマドリさんの歌を毎日楽しみに聞いてくれたみんなと。
離ればなれにならなければいけないのです!。
コマドリさんは、悩みました。
でも!。やっぱり、コマドリさんは歌う事が何よりも好きだったのです!。
一番大事だったのです。
「ごめん、みんな・・・」
コマドリさんは、すまない気持ちでみんなを見つめ返します。
森のみんなは、そんなコマドリさんの気持ちを、コマドリさんが何よりも歌う事が好きなのを良く知っていました。
だから、言いました。
「コマドリさんと離れるのはつらいよ。けど、コマドリさんがもう歌えないのはもっと悲しいよ。だから、コマドリさん、歌を、捨てないで!。」
コマドリさんは、胸がいっぱいになりました。
みんなの優しさに、大好きな歌を捨てないでと、背を押してくれる事に!。
「みんなごめんね!。」
コマドリさんはそう言って、森を出る決心を固めたのでした。
「頑張って歌ってね!。」
森のみんなは、そう言ってコマドリさんを送り出しました。
そうして、コマドリさんは、逆さ虹の森を遠く旅立って行ったのでした。
エピローグ
冬の寒い日、逆さ虹の森に雪が積もりました。
冬籠りの季節ですが、今日だけは特別です。
キツネさんが、穴にこもっているクマさんたちを起こして回ります。
遠くかすかに聞こえる澄んだ声。
そう、今日はコマドリさんが年に一度帰ってくる日なのです!。
年に1度の、コマドリさんのコンサートの日なのです!。
森の広場に、森のみんなが集まります。
そうして、コマドリさんがやって来ます!。
みんなが拍手で迎える中、広場の一番高い木に止まったコマドリさんが、ちょこんとお辞儀をして歌い始めます。
旅の中で磨かれたすばらしい歌を。
すばらしい命の歌を!。
森のみんなは、その歌声に聞きほれます。
年にたった1度の歌だからこそ、決して聞きもらすまいと。
冬のキンと澄んだ空気の中に、コマドリさんの歌声は、どこまでもどこまでも響いていくのでした。
ちゃんちゃん!