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3日目(朝) ミルクスープと自覚

 どうしよう、どうしよう、どうしよう。

 フウカの寝息だけが聞こえる慎ましやかな一軒家。ひとつしかない寝室の、出入り口側に鎮座したベッドのなか。ミヤコは天井を見つめながら、思う。


 ああ。

 ああ、どうしよう!!

 フウカちゃんのこと、めっちゃ意識しちゃっている!!


***


 要約しよう。

 っていうか、理由は単純明快だ。


(お風呂なんか行くから、こう、ちょっと、フウカちゃんのこと変に意識しちゃってるぅううぅっ!!!!)


 屋外に沸いている天然の露天風呂。

 ザッツ最強の癒し。

 そういうわけで、フウカと一緒に入浴しにいったわけだけれど、正直言って軽率だった。

 艶々の黒髪、ミルクみたいに白い肌、細くて丸い腰から伸びる足。


 部屋の反対側のベッドから聞こえる寝息が、やたらと耳につく。


 やばい、なんか、興奮しちゃった。


 ミヤコはぎゅっと目を瞑る。

 頑張り屋さんで、自己犠牲癖があって、悲劇の悪役令嬢。フウカちゃんを大好きだけれど、幸せにしようと思っていたけれど。

 でもそれは、まさか恋なんかじゃないと思っていたのに!


「……寝よう、とりあえず寝ようっ」


 呟いて、毛布をかぶる。



***



「ちょっと、なんですの。ミヤコ!?」

「……おはよう」

「全然爽やかさのない朝の挨拶どうも。で、なんですの。その

クマは?」


 いや、全然眠れませんでした。はい。


「いやあ、ちょっと……考え事をしていまして」

「夕食もほとんど食べていなかったじゃありませんの」

「胸がいっぱいで」

「まったく、『何もしないをしよう』なんて言ったのはどこの誰ですの?」


 うっ、ド正論だ。ミヤコはグヌヌと唸った。

 フウカちゃんと楽しいスローライフを送ろうとしたのに、自分が体調を崩してどうする!!

 慣れるんだミヤコ! フウカちゃんの美しさにっ!!


「とりあえず、朝ごはん作るねっ」


***


 麗しき美少女……と思いきや妙齢のお姉さまである行商人シャンリィさんから購入した『シャンリィさんのおすすめパック』から、朝ごはんに適した素材を選んで調理する。

 寝不足のミヤコにできるのは、ベーコンエッグに野菜のミルクスープ、炙ったパン……手早く作れるものばかりだった。


 ……のだけれど。


「フウカちゃん、どうしたの? なんか、難しい顔してるけど」


 ミヤコは首をかしげる。

 スープとベーコンエッグを一口食べたフウカが、目を閉じて何か考えごとをするように黙り込んでしまった。


「ミヤコ。例えばあなた、だれか高名なシェフに弟子入りしたりとかは?」

「え? まさか、そんなことしてないよ。強いて言うなら、会社勤めしてたときにはお金なくて自炊してたくらいかな」

「会社?」

「ううん、なんでもない」

「むうう。でも、それにしては……」


 むう、とフウカは唸る。


「それにしては、美味しすぎますわ」

「えっ! そんな褒められたら、ぐああっ!」

「きゃあっ!? ちょ、いったい何事ですの!?」


 鼻血吹いた。

 そんな麗しい顔で「美味しい」なんて言われたら。

 鼻をおさえながら、ミヤコは必死に脳裏にちらつくフウカの裸体をデリートする。いかんいかん。完全にいかん。


「……お風呂を作ろう」

「は?」

「いやね、昨日の露天風呂も気持ちよかったけど、毎日フウカちゃんと一緒にお風呂はいると身がもたないというか」

「なっ!? わたくしのバディのどこが不満ですのっ!? 毎日の美容体操を欠かしたことはありませんでしてよ!? あ、おととい寝落ちしたのを除いてはっ」


 律儀か。

 いや、そうじゃなくて……とミヤコはもにょる。


「そうじゃなくって?」

「あのっ、そのっ……フウカちゃんが綺麗すぎて」

「……、このミルクスープは絶品ですわね」


 ノーコメントでそっぽを向いたフウカの耳が赤い。

 照れると唇をとんがらかすのは、彼女の癖だなとミヤコは思った。


「ああ、そのミルクスープ。たくさん作ったからお昼にも飲もうと思って」

「悪くありませんんわね。じつに悪くないですわ。あなたが没落した暁には、我がハミルトン家のシェフとして雇用して差し上げなくてもなくってよ」

「えへへ、ありがと。そんなに褒めてもらえると幸せだなぁ〜」


 ニコニコ、と笑うミヤコは小首を傾げてフウカを見る。

 フウカは、ふんと小さく鼻を鳴らして。


「わたくしは、別に幸せじゃないですわ」


 ああ、やっぱり手強いな。

 朝ごはんは平和にすぎていった。


「本当に、幸せなんかじゃ……」


 フウカは思う。

 こうして誰かと喋りながら、温かい朝食をとるなんて。

 いったい、いつぶりだろう。

 ハミルトン家の屋敷では、いつでも時間に追われていて温かい朝食をとろうなどという発想にはならなかった。

 そんな余裕もなかったし。


 ミヤコの作ったミルクスープは、しみじみと温かい。

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