2日目(朝):花束と草むしり
食卓に花を。
ミヤコは、夢を見た。
特殊スキル【千里眼】――その顕現、予知夢。
あぁ。今日は――とてもいい日になりそうだ。
***
目が覚めると、そこは筋肉痛の世界だった。
「いっだだだだ……」
ベッドの中でミヤコは呻く。
十九才とはいえ運動不足だったミヤコには1日がかりで庭仕事というのはキツかった。
なまじ、動けてしまうのが良くない。十九才おそるべし。
足、ぷるっぷる。超痛い。
「う~、朝ごはん朝ごはん」
フウカが起きる前に朝ごはんを仕込んでしまおうと、台所へと文字通り這うようにして移動する。
すると。
「遅いですわよ、ミヤコ」
「あれっ、フウカちゃん!?」
台所で鍋をかき回していたのは、ドレス姿にエプロンをしたフウカだった。
ご丁寧に頭には三角巾まで巻いている。ザ・家庭科ルックである。控えめに言って可愛い。
「うわぁ~可愛い、フウカちゃん! でも、まだ寝てなくて平気なの?」
「二日連続で寝坊をするなど、ハミルトン家の名折れですわっ」
「えへへ~、フウカちゃんのスープ楽しみ」
筋肉痛もしばし忘れて食卓につくと、まもなく湯気をたてたスープが目の前に置かれる。
「わたくし自らが料理したものですわ。ありがたく食べなさい!」
「うんっ、いただきまーす!」
匙ですくって、口に運ぶ。
「…………」
「…………」
味が、なかった。全然なかった。無味だった。
スープの具はジャガイモのみ。
なるほど、出汁のでるような野菜や調味料を入れなかったのだろう。
「ちょ、ちょっと調子が悪かっただけですわ」
「ううん………フウカちゃん、美味しいよ」
「~~っ。ここには、料理の本もないのですものっ」
「今度、村の貸本屋さんにでも行こうね」
フウカは、ハミルトン伯爵家の令嬢だ。
料理など生まれてこの方したことなかったのだろう。
それを、朝の時間を割いてミヤコのために腕をふるってくれたことが嬉しかった。
ぷぅ、と頬を膨らませながらも、味のないスープをきちんと完食するところも、大好きだ。
それに。
「この生け花、素敵だね」
「ふん、令嬢のたしなみですわ」
「そっか。嬉しいなぁ」
食卓の上には小さな花瓶。
馬車の中でミヤコがフウカに贈った薔薇の花が生けてある。
なんだかそれが無性に嬉しくて、ミヤコはにこにこ顔で無味スープを飲み干した。
***
「そうだ、フウカちゃん。お風呂に行くのは午後にしよう」
「……わたくし、はやく汗を流したいのですけれど」
フウカが淹れてくれた食後のお茶(これは、とてもおいしい!)をふうふう吹きながらミヤコは言った。
不満げに、フウカが抗議する。
「えっとね、これは私の【千里眼】で見えたことなんだけど……」
ミヤコが、声を落として囁く。
フウカはこくり、と喉を鳴らす。千里眼での予見――いったい、何が。
「今日はお昼頃に、行商人さんが来ま~~~すっ!!! ひゃっほ~~~っ!!!」
「真面目に聞き入ったわたくしがバカでしたわ」
「えっ!? 大事なことだよ、大まじめ! だって、保存食材ばっかりじゃアレじゃん。食材の補填ができるよ!」
「食材なんて、なんでも一緒ですわ。こんな田舎ではパイもケーキもないでしょう」
「同じじゃないよっ! アティーカ地方のご飯は美味しいんだよっ」
「……まっ。そこまで言うなら任せますわ」
ふぅ、とフウカは溜息をつく。
今朝の無味スープを思えば、食事のことはミヤコに任せた方がよさそうだ。
望めばなんでも食べられた王都の屋敷とは大違い。
「幸せにする」というミヤコの言葉は大見得だったのだろうか。
「うん。じゃあ、フウカちゃん。あたしはひと仕事しちゃうね!」
「え? 昨日で庭は片付いてますわよ?」
「えっとね、この土地は管理する人がいなくなっちゃったうちの実家が持っている農地なの。隠れ家にちょうどいいから借りたんだけど、せっかくだから手入れとかしようと思っていて」
というわけで。
「今日は……畑の草むしりをしますっ!」
***
結論から言う。
筋肉痛での草むしりは無理があった。
「いっだだだだーっ、足っ、足もげちゃうっ!」
かがむたびに足腰に激痛が走る。
作業開始から1時間は経っているが、草むしりは小さな畑の10分の1も進んでいない。
「あはは、足いったーーい!」
とほほ、とミヤコは汗を拭く。三つ編みにした紅茶色の髪の後れ毛が汗で首筋にはりつく。
日陰の軒先に出した椅子に座って、じっとこちらを見ていたフウカも飽きてしまったのか先ほどから姿が見えない。
今日は2日目。
まだ2日目、といえばそうだし。2週間……14日間という期限を考えれば「もう2日目」とも言える。
「うーん。下手打っちゃったかなぁ」
ぼやいていると。
凜とした声が響いた。
「まったく、見ていられませんわねっ!」
「……フウカちゃん!」
見れば、そこに立っていたのは。
ミヤコとおそろいで用意しておいた作業着姿のフウカだった。
キャメル色のオーバーオールにチェックのシャツ。
つややかな黒髪はポニーテールに結い上げている。
可愛いっ!!!
「やっほーーー!!!」
「ちょっ、全力で抱きつくのはやめてくださいませんことっ!? 土がっ」
「ドレスじゃないから平気だよっ!」
「っていうか、筋肉痛はどうしたんですのっ!? せっかくこのわたくしが手伝おうというのにっ」
「えへへ、フウカちゃん見たら吹っ飛んじゃった! 手伝ってくれてありがとう。優しいんだね」
「そ、それは!」とフウカが口ごもる。
もにょもにょ……と話したことをまとめると、
「ミヤコが無様に草むしりをしている姿が、なんだかすごく楽しそうだっただけですわっ!」
ということだった。
「さあ、さっさと片付けますわよっ!」
「うんっ」
太陽が真上にやってきて、お昼をつげたころ。
小さな畑の草むしりは概ね片付いた。
さて、お昼。
もうすぐ、行商人がやってくる。
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