1日目(夜):焚き火とじゃがバター
よい子の皆は歯磨けよ!
「さすがに、庭の掃除は1日仕事だったね」
パチパチと爆ぜる焚き火を見つめていると、遠くで虫が鳴いているのが聞こえた。
夕闇。西の空のはるか遠くだけが、まだ微かに燃えている。
ちらほらと星が散り始めた中天を見上げることもなく、フウカが溜息をついた。
「うぅ……疲れましたわ。全然、幸せじゃないですわ」
「ふふっ、たくさん手伝ってくれてありがとう。フウカちゃん」
焚き火は庭に散乱していた落ち葉や枯れ枝を集めたものだ。
実際のところ、フウカがやったことといえばドレスが汚れないようにおっかなびっくり小枝を拾うくらいのことで、小屋に用意してあった作業着を装備したミヤコがほうき片手にほとんどの作業をやってしまったのだけれど。
「ドレス、汚れなかった?」
「えぇ。問題ないですわ」
「フウカちゃんの分の着替えもあるのに」
「そっ、そんなみすぼらしい服をハミルトン家の者が纏うなんて、許されなくてよ!」
「ふふっ、もし着てみたくなったら言ってね」
「絹なら着てやらなくもないけれど」
獣よけのため、ニンゲンが棲み着いたことを知らせるために、引っ越し初日はこうして景気よく燃やして夜を迎えるのはこの地方の伝統だ。
ぱちり、ぱちり、と乾いた音を立てて弾ける音を聞いて揺らめく火を眺めていると、静かな気持ちになってくる。
「あ、焼けたよ」
火の中から取りだしたのは、ジャガイモである。
ミヤコが転生してきたこの世界には、ジャガイモがある。見慣れない動植物も多いけれど、ジャガイモはある。
だからこうして、いったんキッチンで下ゆでしたジャガイモを焚き火で焼いて――
「はい、フウカちゃんのぶん。熱いよ~」
「ちょっとミヤコ。じゃがいもはパンじゃないですわよ? 貴重なバターをこんなっ!」
――そう、じゃがバターをすることができる。
「ふふふ、これはね~。じゃがバターだよ!」
「じゃが……?」
「いいから、食べてみて」
絶対にこれをやりたくて、わざわざ王都を出る前にジャガイモとバターを調達しておいたのだ。
フウカは、おそるおそる一口頬張って。
「……………………悪くないですわね」
「えっへへ、そうでしょそうでしょっ!?」
焚き火をつつきながら、穏やかな気持ちでミヤコは思う。
昔から、アウトドアが好きだった。
乙女ゲームにもハマったけれど、キャンプに行ったり、野菜を育てたり、ガーデニングしたり。そういうレジャーが大好きだった。
大人になってからは、仕事仕事仕事仕事。
いつしか嫌でもオフィスと家の往復になっていた。
ああ。それが、初恋の悪役令嬢とふたりで、夜空の下で焚き火を囲むなんて。
「あー、私いまめっちゃ幸せだなぁあ~。もう叫んじゃう。幸せっ!!!!」
「……つられませんわよ、わたくしは」
フウカが冷ややかな目をむけるので、ミヤコは頬を膨らませる。
それはもう、幼い頃には周りから「お餅ふぐ」と呼ばれていたのと同じ表情を前回で頬を膨らませる。
「むぅう~そんなつもりじゃないのに~」
「ふっ。変な顔」
「あ、フウカちゃん笑った」
「……笑ってませんわ」
「うそ、笑ったよ~」
そんなやりとりをしていると。
うと、とフウカのまぶたが落ちてくる。
慢性的な寝不足の彼女にとって、身体を動かして働いたあとに満腹とくれば、焚き火のヒーリング音もあいまって眠気を誘うのだ。
「あっ、もう寝る?」
「う……まだ……わたくしは、夜の勉強……美容体操も……」
「無理しない、無理しない。『何もしない』をする約束だよ?」
「でも……」
「私ももう寝よーっと。お風呂は明日に入ろうか!」
ミヤコはそう言って、フウカの手を引く。
眠気がピークなのか大人しくそれに従ったフウカは、ドレスを脱ぐなりベッドに潜り込む。
穏やかな寝息が聞こえてくるまでに、そうは時間はかからなかった。
「うー……さすがに私も疲れたなぁ」
それを確認して微笑むと、ミヤコも伸びをする。
「いてて。明日は筋肉痛かな」
さすがに、1日中庭掃除はハードだった。
作業のために結い上げていた紅茶色の髪をほどいて、ベッドに潜り込む。
部屋の反対側のベッドですやすやと眠るフウカの背中を見つめながら、重くなってくる瞼。
あと13日で、フウカが『幸せだ』と言ってくれるといいな、
そう願って眠りにつく。
「……フウカちゃん、幸せになろうねぇ」
元社畜のミヤコさんはじゃがバター味の幸せを噛みしめます。
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