14日目(最終日): 約束とキス
夢、を見た。
『ふんっ、そんなことも知らないようでラインハルト家の花嫁の座を狙おうなどと……あまりにもおそまつですわね。ミヤコ・フローレンス!』
凛と響く声。
花嫁戦争のさなか、いたるところで行われていた舞踏会。そこで、完璧なマナーと完璧に美しい装いで周囲の令嬢たちに差をつける姿――フウカ・ハミルトンの姿である。
社交においては、完璧なふるまい。
政治においては、冷徹な根回し。
いかにも貴族で、いかにも悪役令嬢。
フウカ・ハミルトンは誰よりも強くて、美しくて、寂しい人だった。
だから、ミヤコは。
彼女を幸せにしたいと願ったのだ。
そして示された、14日間という期限。
今日はその、14日目の朝である。
***
目が覚めると、知らない天井だった。
……という文字列を前世で読んだ気がする。
崖上からの落下。
完全に、死んだと思った。
しかし、知らない天井が見えているということはきっと生きているということで。
フウカちゃんは?
斬首病は?
みんなは、どうなったの?
「うう、痛ったぁ……」
ミヤコは、そんなことを思いながら目を覚ました。
手が重たい。
足が重たい。
身体がだるい。
……ということは、生きてる。
朦朧とするミヤコの目に飛び込んできたのは。
「っ、ミヤコっ!!」
「ふ、フウカ……ちゃん……?」
フウカの、心配しきった顔だった。
強くフウカに抱きしめられて、鼻腔をくすぐる良い香りに思わず「はわわ」と焦ってしまう。
「あ、わ、フウカちゃん大丈夫⁉ 怪我は……、斬首病は……っ!!」
「それはこっちのセリフですわっ!!!」
あたりを見回すと。
ここが王都にあるフローレンス家の別邸であることがわかった。
膝の上に、あたたかいモフモフが。
「ウミ!」
『む。起きたか、あるじ。水精霊であるわらわの癒しパワーのおかげだにゃあ?』
「そ、そっか。私、崖から突き落とされて……っ」
『にゃっふふ、それはフウカに感謝するんだにゃ』
「そう! あの執事、いったいどうして……っ!」
『それはもう、すごかったんだからにゃあ〜』
「ちょ、ちょっとウミ……やめてくださいましっ!」
頬を赤くするフウカ。
初めは渋っていた彼女も――ゆっくりと語り始めた。
エノート川のほとりで起きた騒動の顛末を。
「あのラインハルト家の執事頭は、わたくしがぶっ飛ばしましたわ」
「ぶ、ぶっとばした⁉︎」
「え、ええ。ミヤコにあんなことをしたんですから、その、つい……バチボコに」
「バチボコに!」
社交においては、完璧なふるまい。
政治においては、冷徹な根回し。
その、フウカ・ハミルトンがバチボコに。
「そ、そんなことして大丈夫だったの⁉︎」
「ええ。幸い、あの時点で父……ダン・ハミルトンとクラウス・ラインハルトの斬首病の治療は終わっていませんでしたからね。月光草を使った治療をたてに泣いて許しを請うまで、やってやりましたわ。妙な結婚話も、もちろん反故にさせました。ああ、あの執事頭は、宮廷の裁判所に引き渡されていますが……裁判所のお偉方には、わたくし少しだけ顔が効きますの。重めの刑にならないかしら、とそれとなくお願いしておりますわ」
「ひえぇ、冷徹な根回し!」
「社交界での出会いは、どこでどう繋がるかわかりませんわね。季節ごとのご挨拶のお手紙を欠かさなかったのが良かったみたいですわ」
「ひゃああ、完璧な振る舞いっ!!」
「……自分の思うままに、自分が信じるままに突き進むことはミヤコが教えてくださったんでしょう」
フウカが上目遣いでミヤコを見つめてくる。
その目に浮かんでいるのは、キラリと光る涙の粒で。
「だって。ミヤコが……死んでしまったと思ったから」
「フウカちゃん……って、そうだよ! 私、崖から落ちちゃって」
『落ちた先は川、わらわは頼れる水の大精霊ウンディーネ……これ以上の説明は必要かにゃあ?』
と、ウミがもふもふのしっぽを振るう。
フウカが言葉を続ける。
「それから、治療もどうにかなって……シャンリィさんたちの馬車でミヤコをここに。メイド長のスージーさんにも良くしていただいて」
「スージーにも、会ったんだ」
「全然目を覚まさないから、ほんとうに心配したんですからね」
「そっか……フウカちゃん、助けてくれてありがとう」
『フウカはにゃあ、昨日は寝ずに看病してたのにゃ』
「う、ウミ!!」
「そんな……フウカちゃんも、あんな目にあったのに!」
土砂降りのエノート川で、生贄みたいに祈祷役をさせられていたフウカ。
それこそ倒れそうなくらいに疲労しているはずなのに。
「だって」
フウカは言う。
まるで、そんなことは当たり前であるかのように。
「だって、ミヤコに言わなくちゃいけないでしょう。屋敷まで押しかけてきたこと、アティーカ地方で暮らしたこと、色々なあたたかさを教えてくれたこと、人の役に立つ嬉しさを教えてくれたこと、もう一度、どこまでもわたくしを追いかけて来てくれて……もう一度、わたくしに、手を差し伸べてくれたこと」
フウカの指が、そっとミヤコの頬に触れる。
「ねえ、ミヤコ。わたくしは、そういうことが……すごく、すごく、幸せですのよ」
14日目の朝。
定められた、約束の朝。
14日以内に幸せだと言わせたら、ずっと一緒にいてください。
その約束の朝に、フウカ・ハミルトンは静かに告げる。
「わたくしは、すごく、幸せですわ」
それはすなわち、この先も。
ずっと、ミヤコと共にいてくれるという――フウカの告白で。
ミヤコは、こみ上げてくる涙を見られないように。
「フウカちゃん、幸せになろうね。ずっとずっと、私たち二人なら、幸せでいられるから!」
そっと、フウカの唇に口付けた。
どこまででも、旅をしよう。
春の花畑に、ピクニックに出かけよう。
美味しい料理をつくって、なんでもない夜を過ごして。
ずっと、幸せに暮らそう。
そんな睦言が、朝の日差しに揺れるカーテンとともに踊っていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます!!
正ヒロイン×悪役令嬢のカップル成立編はひとまずここで終了です。なかなか面白かった、ミヤコとフウカはお幸せに!というかたはぜひ、ブクマやポイント評価や感想やレビューをいただけるとぴょんぴょん跳ねるくらい嬉しいです。
次回エピローグを更新後は、幸せスローライフ短編集を不定期に更新する予定ですので、お付き合いいただけたら嬉しいです!!!!




