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13日目(昼): 援軍とクソ野郎ざまぁ!

 ふわり、と。


 真紅のドレスを翻したミヤコと、儀式用の純白の衣装を纏ったフウカを背に乗せたウミが、音もなく地面に降り立つ。


 その姿に。

 ラインハルト家の家来団が、どよりと悲鳴のような声をあげた。

 それはそうだ。当然の反応だ。

 目の前に現れたミヤコとフウカがまたがっていた生き物は、――いかなる幻獣とも似ていない。

 透き通った身体、波打つ背びれ。

 額には、宝石が埋め込まれている。

 黒魔術に白魔術・召喚術等、魔導の心得のあるものも護衛のなかにはいたけれど、ウミのような姿を見たことがあるものはいなかった。

 沸き起こるのは、畏れと戸惑い。

 なぜなら、その姿は、文献にある――


「その姿……、先ほどの濁流をいとも簡単に御した力……、まさか、まさか」

「水精霊、か? しかし、四大精霊との契約なんてっ、本当であれば国家の最重要人物だぞ⁉︎」


 悲鳴のような囁き声がひろがっていく。

 それは、いきなり当主が倒れたことに動揺していたハミルトン家も同様だった。


 妾腹の子ゆえに、という大義名分のもとで長姉でありながらひどくないがしろにされていたフウカが、得体の知れない生物――強大な水精霊の背に乗って、自分たちの前に立っているのである。


『……にゃあ』

「うわああっっ!!」


 ウミの鳴き声に、悲鳴が上がる。


 ――復讐されるかもしれない。

 自分たちがすすんでやったことではないとはいえ、フウカへの扱いは使用人たちの目から見ても最悪だった。少なくとも、令嬢に対するそれではない。

 そうでなければ、普通は貴族の令嬢が納屋に閉じ込められたりはしない。


「お、お嬢様……私たちはっ」


 ふりしきる雨の中、メイドのひとりが思わず震える声をあげる。

 保身のためであることは、明白だった。

 その声を無視して、フウカが叫んだ。


「全員、そこを動かないでくださいましっ!」

「ひぇっ」


 フウカの声に、ミヤコも続く。


「みなさん、首です!」

「はっ、く、クビ!!??」

「あ、えっと、解雇って意味じゃなくて……」

「全員、落ち着くのですわ。ダン・ハミルトンのような首の周りに赤い発疹が出てきていないか、お互いにチェックしてくださいまし」


 フウカがすかさずフォローにまわった。


「そ、そういうことですっ!」

「発疹がある者は、こちらに集まってください。斬首病の可能性があります」


 その言葉に、家来団たちが大きくざわめいた。


「ざ、斬首病!?」

「聞いたこともないぞ!」

「わ、わたし回復術師(ヒーラー)の養成所で、一度だけ聞いたことがある……たしか、伝説レベルの疫病よ!」


 お互いの首を恐る恐る見渡して、赤い発疹を発見するたびに悲鳴が上がる。

 症状が出ているものは思ったよりも多いようで、ハミルトン家だけではなくラインハルト家の家来のものも何人かがミヤコたちのもとへとやってくる。


 まだ症状が出ていない者で、逃げ出そうとする何人かをミヤコは一喝した。


「ちょっと! 潜伏期間かもしれないんだからっ、勝手に逃げないで!!!!」


 剣幕に押されてビクリと立ち止まった人間の中には、クラウス・ラインハルトもいた。


「は、ははは……っ、逃げるんじゃない。助けを呼びにいくんだよ、ハニー」

「誰がハニーだっ! とっくに婚約なんて破棄してるでしょう。しかも、そっちから!」


 まあ、そうなるようにしむけたのはミヤコなのではあるけれど。

 しかし、クラウスはこの局面になってもなおも食い下がる。


「だが、ミヤコは俺の元に戻ってきてくれただろう? どうしても、というならもう一度、俺の花嫁候補にしてやっても――」

「シンプルに死ね」


 一刀両断。

 とても時間が勿体無いので、馬鹿に構うのは早々に中断するミヤコである。


 混乱のなかでも、どうにか統率のとれた動きを始めた家来団。

 倒れて、荒い息を吐きつつ動かないダン・ハミルトン。

 フウカは、深くため息をついた。


「……さて、治療をはじめますわよ」


 相手が誰であれ、見捨てることはない。

 全力で助ける。

 それが、悪役令嬢フウカ・ハミルトンの本当の姿である。


***



 水精霊ウンディーネの癒しの力の加護を受けて、フウカはテキパキと治療をしていった。

 回復術の心得のあるものと治療方針の共有をして、フウカ自身は状況に応じて指示を飛ばす。


 ミヤコの役割は、ウンディーネとの契約者として精霊の力を発動させ、それをフウカに送ることだ。


 清涼なる青い光に包まれた、真紅のドレスを纏った姿は神々しい。


 ラインハルト家の、執事頭が恐る恐るミヤコに話しかけた。


「あのう、ミヤコ嬢」

「ん? あ、なんです? 私いま、フウカちゃんの勇姿を目に焼き付けるのに忙しいんだけど」

『にゃふぅ~』

「ひっ、水精霊が喋った⁉ も、申し訳ございませんっ!!」

「いや土下座までする必要はなんですけどもっ! で、何の用ですか」

「は、はい……あの、ミヤコ嬢には、ぜひ坊ちゃまとの縁談をもう一度お考え直しいただきたく」

「はあ、またその話ですか! ウンザリなんですけど!! っていうか、私にはフウカちゃんという人がですね⁉」

「四大精霊の一角であるウンディーネと契約をされた、ということはミヤコ嬢はこの王都で特別貴族の地位を得ることになるのです!」

「はあ、特別貴族」

「血筋によらず、強大な力や才能などを持った個人に与えられる栄えある称号で、称号の相続こそできませんが、ミヤコ嬢は我らがラインハルト家を含む六貴族と並び立つほどの、いや、場合によってはそれ以上の栄誉を手にされる可能性が高く……」

「で?」

「ぜひっ、我らがラインハルト家との縁談を! 実は、クラウス坊ちゃまもフウカ・ハミルトン嬢に温情をかけていらっしゃいます」

「はっ!!!???」


 何が、温情か。

 こんな冷たい雨の中、形ばかりの儀式の生贄にしたくせに。


「六貴族の頂点である、ヒックス家の当主との縁談をフウカ嬢に手配しておいでで……」

「ヒックス家の当主って、今年69歳じゃんっ!!!!!???? しかもクソエロ親父で有名なっ!!!!!」


 だめだ。

 もうだめだ、話にならない。

 あんなクソエロ親父とフウカが結婚、なんてことになった日にはミヤコはたぶん王都全部を大洪水にしても足りなくらいに怒り狂うだろう。


 いや。

 もはや、そういう話が持ち上がっただけで不愉快だ。

 まるで、人を、モノみたいに。

 ミヤコが「わ、わたしのフウカちゃんに……ふっざけんな!」と叫びだしそうになったとき、フウカの声が響いた。


「ミヤコ!」

「フウカちゃんっ、ど、どうしたの。何か手伝う!?」

「ええ。発症前の人たちの処置は終わりましたわ……でも、すでに発症した患者は、もうだめかもしれませんわ」

「……フウカちゃんの、お父さん」

「ええ」


 フウカが頷く。

 その表情は、意外にも静かだった。


 ぜえぜえと泥まみれで喘いでいるダン・ハミルトンの姿は、尊大な貴族の家長の威厳はすでにない。


「ぞ、んな……フウカ、どうにがだすげでぐれ……妾腹の子のおまえを、育でだ、恩を、わずれだが」

「その恩、別に永久につかえるチケットでもなんでもないよ」

「ぐぅっ!?」


 いままでのフウカへの仕打ちと、それでも父に従おうとしていたフウカのいじらしい努力を思い出し――ミヤコの口から、勝手に言葉が飛び出した。


「治せない、って言ったでしょう。それに、よしんば治療できるとしても……あんたを治すかどうかを決めるのは、フウカちゃんだよ」

「……ミヤコ」


 フウカの唇が、小さく「ありがとう」と動いた。

 吐息ばかりの声だけれど、その声はちゃんと、ミヤコの耳に届いていた。


「それに、他の者も発症を完全に抑えられるかどうかがわかりませんの。この場所はウミの……癒しの象徴である水精霊(ウンディーネ)の加護があるからいいものの」

「どうすればいいの?」

「それが……アティーカ地方にあった、万能の薬草が……月光草があれば」


 きゅう、とフウカはこぶしを握る。

 目の前の人たちを、きちんと助けたい。

 ミヤコと暮らした場所に生えていた、月光草。

 商人の娘アイーシャの病を治した、あの万能薬さえあれば。


 そのとき。

 ミヤコの唇が……ほころんだ。


「…………ふふ」

「っ、ミヤコ、笑いごとではっ」


 真面目な話を。しかも疫病の蔓延をどうにか防ごうという話をしているのに、とフウカはむっとする。


「ううん。違うの。ねえ、フウカちゃん……聞こえない?」

「聞こえるって、何が」


 耳を澄ませたフウカの鼓膜を、震わせる音があった。


「ぉーーーーい、我が妹よぉおぉ」


 遠くから。


「アイヤー! さっすが早馬10頭立ての馬車はチョーはやいネ!」


 聞こえるのは、蹄の音と車輪の響き。


「わあぁ、お母さんっ。ママっ。あそこにミヤコさまとフウカさまが!」

「ほらほらぁ、あまり身をのりださないで、アイーシャ。あぶないから」


 聞き覚えのある声が、響く。

 蹄の音を轟かせてやってくる馬車から、オディナ・フローレンスが手を振っている。


「あれは、シャンリィさん!? それに、オディナさんまで」

「へへ、本当は……フウカちゃんと一緒に逃げる手伝いをしてもらいたくて呼んだんだけどさ。フウカちゃんの手入れしていた月光草全部あげるのと引き換えに……って」


 オディナの手に握られているのは、ミヤコがしたためた手紙である。

 早馬10頭立ての馬車で、アティーカ地方からエノート川までを全力疾走してきたオディナの目の下にはくっきりとクマが刻まれている。


 暴れる川の流れを怖がる馬を気遣って、馬車は少し遠方に止まった。


「兄さーーーーーーーーーっん!!!! その馬車に、月光草ってどれくらい積んであるの!!!!????」


 ミヤコの声に応えたのは、シャンリィだった。


「ほいっ!」


 片手を、いっぱいに広げたシャンリィの仕草にミヤコはぎょっとする。


「えっ、5株だけ」

「チガウよー!!! 剛腕大陸行商人、ナメたらいけない!!!」


 にやり、とシャンリィは笑う。


「月光草50株、根こそぎもってきたヨ!!」


 その言葉に、食い気味にフウカが応えた。

 声が、興奮で上ずっている。


「全部、買いとりますわっ!!!」

「アイヤ!? ◎×%$##*#〜!?」


 大陸の言葉でなにやら言うシャンリィに、


「×◎◉&#$、ですわっ!」


 フウカも流暢に応える。

 にかぁ、っとシャンリィは笑う。


「交渉成立、ね。オマケしとくよ!」

「ありがとうございます……これで、十分な量の薬が作れますわ」


 フウカは、ほっと胸をなでおろす。

 その後ろ。クラウスが、オディナの姿を見て声をあげた。


「お前はッ! お、隠密じゃないかっ!?」

「げっっ!!! いるっ!!!!」

「主人にむかっているとはなんだっ!」


 あわれ社畜、オディナ・フローレンスは上司の顔を見てげんなりした。

 急に現れる上司 is ギルティ。


「あれ、でも……クラウス様」


 オディナは、おそるおそる指を指す。

 首。

 クラウスの、首に――、


「発疹、出てますよ」

「はっ!!!????」


 クラウスの首をぐるりとかこむように、浮かび上がっている赤い発疹。

 斬首病の初期症状、である。


「う、うわぁぁぁっ!!!?? ど、どうにかしろ、隠密っ!!!」

「い、いやあのどうにかしろって言われても……あっ、俺、今の仕事辞めたいんすけど、いいっすか。もう仕事辞めるんで、クラウス様に義理はないっていうか……」

「はぁっ!!? 我がラインハルト家を裏切るということか!!」

「いやまあ、給料もあんまりよくないし……」

「どこと比べてだ!!! 我が家でやっていけなければ、どこに行っても……」


 その言葉に、シャンリィが手をあげる。


「あいあい、ウチだヨ」

「っはぁ!? 大陸の……商人かっ!?」

「そうだネ。うちの故郷のことわざにこんなのがあるヨ。『口を出したきゃ、金を出せ。金出さないなら、口出すな。金は出しても、口出すな』ってネ。おまえ、隠密の転職に口出しできるほど、いい金だしてるのカ?」


 にこり、と営業スマイルをうかべるシャンリィ。

 その隣で、豊満な美女――マリアがふぅっとため息混じりに言う。


「……悪いけど、うちの()がねぇ。その男のこと、買い取ったから」

「は、あ、え?」

「ちなみに、金額はこれくらい」


 ひょい、と提示された額に、クラウスは目を向いて叫んだ。


「ひ、非常識だっ!! 隠密とはいえ、ただの使用人だぞっ!!」

「イヤイヤ、フットワークの軽さは最高の美徳だヨ。多少の無茶も通せる体力もあるし、なにより可愛げのある男だネ」

「かっ、かわ、可愛げがある隠密なのは認めるがっ!! し、しかし……」

「そういうわけで、すみません。クラウスさま。あなたの病気を心配する義理はもうあんまりないんすよ……高給与と休暇たっぷりには逆らえませんでした!!! さよならクラウスさま、お元気で」

「お、隠密〜〜〜〜っ!!!! この首を見ろ、俺は全然元気じゃないんだ、助けてくれっ!!! そ、そうだ薬草っ」


 意中の相手にも使用人にもすげなく振られた大貴族、クラウス・ラインハルトの虚しい叫びが響いた。


 なお、フウカによる、


「煎じてある月光草の服用は、順番ですっ!! クラウス様であろうが、お父様であろうが関係ありませんわ!」


 という言葉で、地を這うダン・ハミルトンもしょんぼりと肩を落とすクラウス・ラインハルトも、使用人達とともに一列に並んで処方を待つことになった。


「だずげでぐれ、ブウガ……、父をおぉ」


 という声は、フウカの裾にすがりつこうが、ミヤコの靴を舐めようが、完全に無視されることになった。

 フウカ・ハミルトンへの虐待じみた対応は、ダン・ハミルトンの使用人達からの信用を知らず知らずのうちに失っていたのだ。



 治療は進む。



「これで、発症のリスクはかなり抑えられるはずですわ……」




 靴を舐め、土下座をし、泣いて許しを請うていたダン・ハミルトンに薬草を投げつけて、治療がひと段落し……あとは、フウカとともにこの場所からオサラバだと。


 そう、ミヤコが胸をなでおろしていたそのときである。

 

 


「っわ、わっ⁉︎ ミヤコっ!! あぶないっ!!!!」

「えっ」




 ドンッ!

 と、衝撃を感じて。



『にゃふっ! あ、あるじっ!!』

「ミヤコッ!!!!!!!!!」



 ふわっとミヤコの身体が浮く。

 断崖の下。

 ウミの力によって鎮められた、エノート川に。


 ミヤコの身体が真っ逆さまに落ちていく。



「ら、ラインハルトに組みさないのなら……っ、新たな特別貴族の誕生など、我々にとって害しかないんだっ!!!」


 

 鬼気迫る表情の、――ラインハルト家の、執事長だった。



(うそ、うそうそうそ、そんな……っ、これからの、フウカちゃんとのめくるめく逃亡生活とスローライフがっっぁぁぁぁあ!!!!)



 声にならない叫びとともに。

 水面に落下したミヤコの意識は、途切れた。








***










 朦朧とした意識のなかで。


 ミヤコは、愛しい悪役令嬢の声を聞く。








 ミヤコ。




 わたくしは、わたくしは――あなたとの、ミヤコとの日々は。





 すごく、すごく幸せでしたのよ。






(ああ、そういえば――)





 2週間で、あなたに幸せだと言わせて見せると。


 宣言した期日は、たしか。

幸せでしたのよ。


フウカの言葉を聞いたミヤコは、無事生還できるのか!?

(水精霊ウミちゃんの力、フウカの愛の力があるので余裕で生還するし執事頭は死ぬ)



次回。

正ヒロイン×悪役令嬢の百合ファンタジー、ハッピーエンディング。

そしてエピローグ……からの、のんびりスローライフ編へ!


お読みいただいている皆さんに、3000回の感謝を。

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