13日目(早朝): 男と女
ミヤコは豪奢なドレスをまとって、鏡の前に立っていた。
髪を結い上げて、アクセサリーを身につける。
仕上げにルージュを引き直す。
紅茶色の髪によく映える、赤いドレス。
『ミヤコ、顔が怖いにゃあ』
「うん、気合い入ってるからね。一世一代の、告白だから」
『それは、ミヤコが望むことなのだにゃ?』
「うん、そうだよ」
『ならばわらわは、応援するしかなさそうだにゃあ』
「フウカちゃんのことは、止めてくれなかったくせに」
『にゃはは、拗ねるな拗ねるな。妾は、主たるそなたの成したいことには手を貸すし、水精霊として応えるが……忖度を期待するのだとしたら、それは人間の思い上がりだにゃ』
「忖度、ねえ」
『にゃふ。少なくとも、あの小屋で温かくも生ぬるい日々を楽しんでいたミヤコは……フウカへの気持ちに形と名前を与えることはできていなかったにゃ』
偶然掘り起こした水精霊ウンディーネ。
主人が望むことならば、きっと力を貸してくれるモフモフの水精霊。
ペルシャ猫の姿の水精霊。
これからやろうとしていることを考えると、この上なく、もう本当にこのうえなく超絶頼もしい存在である。
「ねえ、ウミ?」
『にゃにかな、我が主人殿?』
「契約者の名において命じます、モフらせてっ!」
『にゃ、っふぅ!?』
もふもふ充電。
さあ、戦いだ。
愛しの悪役令嬢、フウカ・ハミルトンを。
白昼堂々、正々堂々。
衆人環視のもとで正面切ってかっさらう、――一世一代の大勝負である。
そう。
窓の外。
……雨が、降り始めていた。
***
一方その頃、ハミルトン家である。
暴れるフウカを押さえつけて馬車に乗せる使用人達の姿があった。
「お願い、お医者様を呼んでくださいませっ!」
「暴れさせるな! 縛り付けてでも馬車に乗せろ!」
「このままじゃ、このままじゃ疫病がっ!」
ごつん、と。
鈍い音が響く。フウカの体から、がくりと力が抜けた。
馬車が走り出す。
ハミルトン家は全面的に人手と資金を治水工事に注ぐことになっている。
馬車は何台にもわたって、列をなす。
そこに乗り込む従者たちの首には、一筋の赤い発疹が。
そして。
「旦那様。予定通りの時間にエノート川に到着する予定です」
「ふん、フウカめ。妾腹の娘が、手間取らせおって……、っぐ?」
「旦那様?」
「がハッ、ゴホ、ゴホッ」
「っ、お気を確かに!」
「っぐ、げほ、……問題ない。この事業だけは、外せないんだ」
フウカの父親であり、ハミルトン家の現当主であるダン・ハミルトン。
「速度をあげろ。ラインハルト様を万全の体制で出迎えるのだ」
その首筋にも、真っ赤な発疹と脂汗が浮かんでいた。
***
さらに、一方その頃である。
「ああ、だるいな」
ハミルトン家の馬車の数倍、豪華で豪奢な装飾をほどこした馬車が街道を走っていた。
けだるげに車窓から外を眺めているのは、クラウス・ラインハルトであった。
「まったく。父の名代として、治水の祈祷に立ち会いなど……」
金髪碧眼。
絵に描いたような特権階級のハンサムである。
「はあぁ……まったく、どうするんだ。万が一、この俺の留守中に愛しのミヤコ・フローレンスが戻ってきてしまったらどうするんだ。お前もそう思うだろう、隠密!」
沈黙。
「ん? ああ、そうか。あいつ有給をもぎ取っていったか」
普段あらゆる無茶ぶりに応えているラインハルト家の隠密は不在だった。
そういうわけでクラウスがひとり向かうのは、フウカ・ハミルトンが連行されているのと同じ王都はずれのエノート川。
王国一番の大河にして、毎年のように氾濫をおこしている。治水工事が成功し、その周囲の土地を農耕地として利用ができるようになるだけでも国力増大待った無しといった代物である。
上級貴族であるラインハルト家としても、この治水工事の中心に一族が絡んでいたという状況を是が非でも作りたい。それはラインハルト家の優秀な頭脳たちによって描かれた青写真だった。
「あー……早く帰りたい。ミヤコ嬢の居場所もわからずじまいで業腹だが……隠密がいないとつまらんな」
権力。
この世界では、権力というものは生まれつき与えられる特権だ。
王都の貴族であり。
そのなかでも上級貴族であり。
そして男である。
クラウス・ラインハルトにとって、それらはすべてあたりまえのことだった。誇るべきものでもなく、すがるべきものでもなく。
そう。
権力というものは、それを持つものはそのストロングっぷりに気づかない。
だからクラウスにとっては。
かつて自分の婚約者の座を争っていた乙女……フウカ・ハミルトンがその日の治水の祈祷で、生贄じみた、というか生贄そのものとでもいうべき危険な祈りを捧げる役目を押し付けられていることも。
一度は婚約破棄を言い渡した、これまた自分の婚約者の座を争っていた乙女、ミヤコ・フローレンスが当然のようにいまだに自分と結婚したがっているというオメデタイ仮定を信じて疑わないことも。
――全ては、あたりまえのことなのだ。
クラウス・ラインハルトにとっては、とるに足らないことなのだ。
馬車は走る。
***
さらにさらに、一方その頃。
雨の王都の上空を、箒星のように飛ぶ一筋の青い光があった。
水精霊ウンディーネ。
透き通る清流の毛並みを持った、大きな虎のような神々しい姿。
その背中に、真っ赤なドレスをまとったミヤコは乗っていた。
たっぷりのフリルが翻るさまは、まるで炎のようだった。
向かうは、エノート川。
――決戦のときである。
お読みいただき、ありがとうございます。いよいよ、ミヤコとフウカが力一杯クラウス(元婚約者)とダン(毒親)にNOをつきつけます。
よろしければ、ブクマや評価いただけたら嬉しいです。完結後はラブラブなふたりの生活♡短編をぽちぽち投下する予定で、今から楽しみです!!!!!!!!
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2019年5月6日文フリ東京に出店予定です。
サークル名【蛙の歌】
スペース【チ-42】
頒布物『T.S.U.K.U.M.O.の気持ちはわからない』
死別姉妹百合・微SF・ちょっとエッチ
頒布価格1,000円
後日Kindle配信もあります(頒布価格800円予定)




