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「2週間でわたくしに『幸せだ』と言わせてごらんなさい」、と悪役令嬢は言ったんだ。

ミヤコの特殊スキル【千里眼】が見たモノとは。

 馬車の中。

 ミヤコはこらえきれない鼻歌を口ずさむ。


 なんて素晴らしい誕生日なんだろう。

 爽やかに晴れ渡る空。

 気持ちのいい風。

 軽快に揺れる馬車。


 そして、隣には長年恋い焦がれた悪役令嬢。

 フウカが座っているのだ。


「ねぇ、フウカ様」

「フウカ様、なんていう白々しい呼び方はやめて欲しいですわ」

「えっ、積極的!?」

「何をおっしゃているのかしら。わたくしから婚約者を奪って、さらには誘拐まがいのことをしておいて、いまさら様付けなんてっ」

「あー、えっと。じゃあ……フウカちゃん?」

「なんですの」

「うふふ、呼んでみただけ!」

「蹴り飛ばしますわよ?」


 まつげでパッチリと縁取られた目でじろりと睨まれ、ミヤコは口をつぐむ。

 ああ、可愛い!

 だって、どこがどう可愛いって、なにより睨み付けておきながらミヤコが膝のうえで握っている手をふりほどかないのが可愛い!

 ひんやりと冷たいフウカの手を、きゅっと握りしめる。


「なんですの?」

「いや、なんというか。幸せだなぁ~って」

「頭に虫でも湧いているのではなくて?」


 ああ、鋭いツッコミも愛おしい!

 あまり怒らせてもいけないので。ミヤコはしばし口をつぐむ。

 しばし無言で、馬車の中。


「……ミヤコ」

「なあにっ!?」


 呼ばれた声に、ミヤコは目をキラキラさせて返答する。

 もしミヤコに尻尾が生えていたら、ブンブン振り回しているに違いない。

 はふはふと息を荒げる……とまでは行かないまでも、名前を呼ばれただけでここまで嬉しそうにするのは一種の才能だ。


 ――余談だが、現実世界にいるときにやってみた動物占いの結果は『犬』である。


「さっきのアレは何ですの?」

「うん? アレって?」

「だから、その……アレですわよ」

「アレじゃわからないよ~」

「ああっもう! わたくしのことを慕っているとか、慕っていないとか!」


 ああっ! とミヤコは声をあげる。


「あれは、告白ってやつです!」

「……あなた、本格的に頭がマズいですわね。医者でも紹介しましょうか?」

「だって、フウカちゃんのこと知るほど……好きになっちゃって」

「わたくしのことを?」

「うん」


 ミヤコは頷く。

 乙女ゲームの世界で正規ルートを取った場合、悪役令嬢として敗北人生を歩むことになるフウカである。

 しかし、彼女のキャラクター設定資料を目にしたとき、ミヤコはたちまち恋に落ちた。


「責任感が強いところとか」

「努力家なところとか」

「本当は朝が弱いのに、勉強のために早起きしているところとか」

「白魔術が得意なところとか」

「クラウスを立てて知らない振りをしてたけど、実は物知りなところとか」


 乙女ゲームの世界ではそれらは全部ヒロインへのあてつけとして使われていたけれど。


「実家のお父様に振り向いてもらうために、頑張っているところとか」

「ちょっ、ちょっと! 待ちなさいなっ!!!」

「ん?」

「あなた、どうしてそんなことを知っていますの……?」


 気付けばフウカが完全にどん引きした表情……具体的にはストーカーを見る目でミヤコを見つめていた。


「わたくし……あなたに着いてきたのは気の迷いだったようだわ……」

「ふぁーー!? ちょっと待って、違うんですっ!!」


 しまった。

 喋りすぎた。


 ミヤコは慌てて口をつぐむ。

 この世界では知らないはずの情報だった。


 しくじったな。

 こうなったら、フウカには自分の『秘密』を教えなくてはいけないだろう。


「えっと、実は私……【千里眼】のスキルを持っているんです」

「千里眼? それって、未来や過去を見通せるという特殊スキルのことですの?」


 特殊スキル。

 この世界の住民がまれに持っている異能。いわゆる、天賦の才だ。

 ミヤコは乙女ゲームプレイヤーとして未来を知っている。

 そのせいか、ゲームのシナリオになかったことも断片的ではあるがあらかじめ夢で知ることが出来るというスキルを持っていた。

 いわゆる予知夢である。


「その能力で、フウカちゃんのことを知ったの」

「……どこまで見ましたの」

「全部、ですかね」


 婚約破棄をされてから実家でひどくなじられたこと。

 敬愛していた父に見放されてしまったこと。

 それでも努力をやめなかったこと。

 それらはすべて、この世界に来てから【千里眼】で知ったことだ。


「だったらどうして、わたくしから婚約者を奪うようなことをしましたの?」

「それは……」


 これも【千里眼】で知ったこと。

 もしもミヤコがクラウスと婚約をしなければ、言い換えればフウカが婚約破棄をされなければ、フウカは不慮の事故で死んでしまうことになっていた。

 そして、ミヤコがあのままクラウスと結ばれれば……その結婚式の夜、フウカは自らの不遇を嘆いて死を選んでしまうことになっていた。

 いったいどうして? と思ったが、その結末は何度夢を見ても変わらない。

 しかたなく、その結末を変えるために乙女ゲームの既定路線どおり、ミヤコはクラウスと婚約し――そして、向こうから婚約破棄を切り出すように仕向けたのだった。


 ふたたび【千里眼】で知ったのは、婚約破棄をされた後のフウカの暮らしぶりだ。

 フウカのことを愛する気持ちを、もう誰にも止められないと思った。

 ぜったいに、自分がフウカを幸せにするのだと誓った。


 ちなみに、クラウスから婚約破棄を持ちかけさせたのもこの【千里眼】を使ってそれはもうあの手この手を仕掛けたのだけれど、それはまた今度。


「どんな理由があったとしても、あんなふうに理不尽にフウカちゃんを捨てるような男やフウカちゃんをないがしろにするご実家を私は許せない」

「クラウス様やお父様のことを悪く言わないで。すべてはわたくしの力不足ですわ」

「力不足なんかじゃない! ……ごめんなさい。でも、これは私の本心だから」


 ミヤコは再びフウカの手を取る。

 そして、隠しておいた小さな薔薇の花束(ブーケ)を取り出して愛しいフウカに捧げる。

 本当はフウカの艶やかな黒髪に似合う白百合が良かったのだけれど、どうやらこの世界では百合の花は栽培することができていないようだった。


 ミヤコはその特徴的なきらきらと輝く抹茶色の瞳で、凜とした美貌の乙女を見つめる。


「私、ミヤコ・フローレンスは全身全霊とこの【千里眼】で、ぜったいにフウカちゃんを幸せにすると誓いますっ!」


 その宣言にフウカは驚いたように蒼みがかった黒い瞳を見開く。

 そして、その頬をみるみるうちに朱に染めた。ぷしゅうぅ……と音が聞こえるようだ。

 だって。こんなふうに、好意を伝えられたことなんて、いままでのフウカの人生で初めてのことだから。

 しかも、相手は同性で、しかも自分から全てを奪った元恋敵。


 フウカは戸惑う。

 それでも。それでも沸き立つ、この胸のときめきはなんだ?


「……幸せ」

「うん、幸せになろう!」

「わ、……わたくしなんかっ」


 婚約破棄をされて実家に報いられない自分に、幸せになる権利なんてないのに。

 蒼黒の瞳を潤ませて、押しつけられた花束(ブーケ)を小さく抱きしめる。薔薇の香りがフウカの鼻孔をくすぐる。

 そして――、そしてフウカは首を横に振る。


「だめです。わたくしはハミルトン家の長女。そんな、家を捨てるようなこと……」

「でもでもっ! ハミルトン家は、フウカちゃんを幸せにしてくれるのっ?」

「なっ!」


 フウカの脳裏に、ないがしろにされる日々が蘇る。

 あの家において、フウカは政略結婚の道具だ。

 それでも――。


「2週間よ」

「え?」

「2週間もあれば、きっとハミルトン家の追っ手がわたくしを見つけてくれるに違いないわ。それまでに……わたくしに、『幸せだ』と言わせてごらんなさい」


 きょとん、とミヤコは抹茶色の瞳を見開く。

 2週間。

 そのタイムリミットまでに、フウカを幸せにする。


「……~っ、もちろんっ!!」


 ミヤコは叫ぶ。

 つまり、2週間はフウカはミヤコを拒否しないということじゃないか。


 うっわ、なにそれ!!!

 まさかの、まさかの脈ありっ!!!


「ひゃっほ~~~ぅっ!!!」


 爽やかな朝。

 駆ける馬車。

 ミヤコの歓喜の雄叫びが空に響き渡った。



***



「そういえばこの馬車、どこに向かっていますの?」

「あぁ。ごめんなさい、フウカちゃん。行き先も言わずに」


 びゅんびゅんと流れ去る車窓の景色を眺めながら、ミヤコは答える。


「うちの実家に向かっているところ」

「……は?」

「あ、ちなみにアティーカ地方ね」

「はぁっ!!!!???」


 フウカは思わず立ち上がる。

 アティーカ地方といえば、王都オーデから遠く離れた……いわゆる辺境である。


「や、やっぱり気の迷いでしたわーーーっ!!!!???」


 爽やかな朝。

 駆ける馬車。

 フウカの悲鳴が空に響き渡った。


 ――なお、アティーカ地方は米の産地として有名である。

ミヤコとフウカの甘酸っぱい2週間のスタートです!

面白かった、続きが気になると思っていただけましたら、ぜひページ上部からブックマークしていただいたり感想をいただけたりすると嬉しいです。

(いきなり日間総合ランキング76位に入りました……感謝ですっ)

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