10日目(昼過ぎ):雨だれと置手紙
絶対にハッピーエンドです。
目覚めて気が付いた。
「……フウカちゃん?」
それは、たぶん予感のようなもので。
あれほど温かかった布団にはひとりぶんの体温しかなくて。
小屋の中が、静かだった。
そうして、ミヤコは確信する。
――フウカが、いない。
窓の外を見れば、もうとうに昼は過ぎているだろうことがわかった。
毎日美味しいケータリングを持ってやってくるシャンリィからの使者はどうしたのだろう。
「フウカちゃん、どこ!?」
静寂に焦って、ミヤコは声を荒げる。
慌てて駆け込んだ台所。
小さなダイニングテーブルには、精緻な筆跡で書かれた一通の封書が置かれていた。
震える手で、封書を手に取る。
なかにおさめられていたのは、フウカからの手紙だった。
置手紙。
それは、別れの常套手段だ。
書いてある文字列を、むさぼるように、読んだ。
***
ミヤコ・フローレンス様
堅苦しい挨拶は抜きにします。
形式ばった手紙を、あなたは嫌うでしょうから。
さようなら。
わたくしなりに、色々と考えました。
上手くいかない料理も、畑仕事も、薬師の真似事も、すべてが初めてのことでした。正直に言ってしまえば、それは夢みたいに楽しかったのです。わたくしが、王都で『ハミルトン家の令嬢』として綱渡りのような日々を過ごしていたときからは考えられないくらいの。
でも、きっとこの日々は正しくないことなのだと思います。
ラインハルト公爵家からの使いがきた、というのもいい機会だと思いました。
わたくしは、王都に帰ります。
家の後ろ盾もなく、男性の助けもなく。
女ふたりでずっと楽しく生きていくなんて、できっこないのです。
すくなくとも、わたくしにはその方法がわからない。
ミヤコ。あなたはとても優しい。
一緒に暮らしてわかりました。
それだから、婿選びに敗れたみじめなわたくしに、手を差し伸べたのでしょう。
わたくしは思うのです。だからこそ、ミヤコ。
あなたがわたくしと一緒に暮らすことで、不幸になってはいけないのです。
ミヤコの『千里眼』がわたくしの行く先を見抜いても、どうか追ってこないでください。
楽しい日々をありがとう。
きっと、この日々をずっと忘れません。
親愛なるあなたへ
フウカ・ハミルトン
***
ミヤコは唇をかみしめる。
「そんな……ひどいよ、フウカちゃん」
絶対に、幸せにすると決めたのだ。
頑張り屋で、父に、婚約者に、献身的に尽くそうとしてしまうフウカを。
幸せにすると、決めたのだ。
フウカの逡巡に気づかなかった自分を悔やんでも仕方ない。
「ぜったい、追いついて見せるから!」
だって。
だって、まだピクニックに行く約束を果たしていないのだから。
だってまだ。
まだ、「幸せだ」っていう言葉を、聞いていないのだから。
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