5日目(夜):夜の冒険と月光草
百合はいいものです。
闇の中を馬車が走る。
手綱を握り締めるのは、ミヤコだった。
御者席の隣には、フウカ。
「だ、大丈夫ですの!? ミヤコ!!」
「ななななにが!?」
「馬車なんて、あなた動かしたことありますの!?」
「ないよっ!」
「っ!?」
「だって、シャンリィさんに運転させるわけにはいかないよ……っ!」
一人娘の苦しむ中、シャンリィが自ら馬車に乗り込もうとしたところを、ミヤコが御者を買って出たのだ。
乗馬のたしなみはいくらかあるけれど、馬車となると――まあ、どうにかなるだろう。
社畜生活から異世界にやってきたミヤコは決めたのだ。
徹底的にポジティブに。
やらない後悔よりも、やった後悔の方がまし! と。
だから、家のため、名誉のため、結婚のために――と無茶な努力を繰り返して、父親や妹たちからの理不尽な待遇に耐え続けていた悪役令嬢であるフウカを絶対に助けようと……幸せにしようと決めたのだ。
「フウカちゃん、もうそろそろのはずっ!」
さらに馬車の速度を速める。
誰もいない車内で、『まったく、我があるじは物好きじゃにゃあ~』と。
ウミがくぁっとあくびをした。
***
「ここからは……歩いていくしかなさそうですわ」
山道の入り口までやってくると、ランタンを片手にフウカは馬車から地面に降りた。
これ以上先は、道幅が狭く馬車のままでは進めない。
昼間に秘湯を目指して歩くのとはわけが違う。
ひんやりとした夜の空気。
こころなしか地面も硬く冷えているような気がした。
ランタンの光が照らすのは、夜のほんの一部だけ。
ミヤコはフウカに寄り添う。
「大丈夫……月光草が生えてたのは、小川のところ。そんなに遠くないし……っ」
「ええ、ええっ。何日か通いましたもの、道も一本道ですし……何の問題もありませんわっ!」
きゅう、とフウカの手を握る。
しっとりと汗ばんだ手は、冷え切っている。
怖いのだ。
それなのに、フウカは気丈に前をむいて、シャンリィの娘を助けようとしている。
なんて優しいんだろう。
「……? ミヤコ、何ですの?」
思わず、その横顔に見とれてしまっていた。
自分のことよりも、他人を優先する性格。
そこに迷いがないことだとか。
自分が思っていたよりもずっと照れ屋なことだとか。
そしてすごく、すごく、優しいことだとか。
「ううん、行こう。フウカちゃん。ウミもっ!」
そうして、フウカは片手にランタンを。
ミヤコは片手に猫型の水精霊ウンディーネ・ウミを抱いて。
もう片手は、しっかりとお互いに握りあい――夜闇の中を駆け出した。
***
無言。
足跡が響く。
遠くに聞こえる、山鳥の啼く声。
山犬の遠吠え。
「……っ、こんなに遠かったですの?」
「うん……露天風呂に行くときには、フウカちゃんとおしゃべりしてて、楽しくて、あっという間なのにね」
囁くように二人は喋る。
身を寄せ合うようにして歩く。
時折、近くの茂みがガサリッと動く。
そのたびにフウカは小さく悲鳴をあげて身をこわばらせた。
「だっ、大丈夫! いざとなったら、私がなんでもやっつけるよ!」
「なにか魔術の心得でもありますの? それとも剣術?」
「うっ、それは……でも、大丈夫だからっ」
『にゃー。わらわのご主人は夜盗にも勝てないのかにゃ??』
「あんまり勝てる女の子はいないと思うよ、ウミ」
『つまらにゃいにゃー、ステゴロのひとつでも見せてほしいにゃ』
「ふふっ」
不満そうに尾っぽを揺らすウミの場違いなくらいに暢気な声色に、フウカが思わず吹き出す。
ミヤコの空元気もあいまって、少しだけ気分が軽くなった。
そのときである。
前方に、地面が淡く光っているのが見えた。
「っ、あの光は! 間違いありませんわね、図鑑で見た月光草にそっくりですわ」
「やったぁ!」
整備された道から外れた、小川の辺。
そこに月光草が群生していた。
「たしか、ほかにも薬草が生えていたのを見ましたわっ!」
「あ、フウカちゃん。危ないよっ」
わき目も降らず急斜面を降りていくフウカをミヤコは慌てて追いかける。
高低差は大きくないとはいえ、転べばケガをしてしまう。
「大丈夫ですわ。周囲に危ないことがないか、ミヤコはそこで見張っていてくださいませっ!」
「わ、わかった」
すたすた、と軽快に斜面を駆け下りたフウカは月光草をそっと摘み取る。
繊細な薬草だ。
月夜にもっとも薬効を増す、と言われている万能の霊草。
フウカは空を見上げる。うっそうとした枝の切れ間から、満月が見える。
きっとこの夜ならば、月光草はフウカたちに力を貸して――シャンリィの娘を助けてくれるはずだ。
月光草をポシェットに入れ、周囲に生えている薬草のなかから使えそうなものもいくつか採取する。
根をつかうものは根ごと。葉を使うものは、小さな鋏で葉っぱを切り取る。
まるでその川べりは、あまり人が通らないからこそ発見されてこなかった天然の薬箱だった。
フウカは手慣れた様子で、次々にポシェットに薬草を詰め込んでいく。
フウカにとって実家は気の抜けない修練の場だったけれど、自分で育てた薬草を集めた小さなベランダだけは別だった。
そこで白魔術の修行がてら簡単な薬草を育てていた経験が活きている。
「これだけあれば……っ!」
地面に置いておいたランタンを拾い上げ、フウカはもときた斜面を駆け上がる。
上では心配そうにミヤコが見守っている。
「ふ、フウカちゃん。大丈夫?」
「問題ありませんわ、早く戻って調合を…………ぁっ、きゃあぁあっ!?」
「フウカちゃんっ!!?」
突然、フウカが視界から消えてミヤコは悲鳴をあげる。
嘘でしょまじで大丈夫ですか愛しのフウカちゃん!!
「だ、大丈夫ですわ」
斜面のぬかるみに足を取られて転んでしまったフウカだったが、どうにか立ち上がる。
魔導具のランタンはどうにか無事で、内部に仕込まれた魔力によって火をともし続けている。フウカに大きな怪我もなさそうだ。
「さあ、ミヤコ。急いで戻りましょう!」
「うん! シャンリィさんの娘さん……きっと、大丈夫だよね」
「もちろんですわ! わたくしを誰だと思っていますの。きっと、絶対に解決して見せますわ」
フウカは、にやりと口の端を持ち上げる。
「誇りあるハミルトン伯爵家の娘なのですから!」
ミヤコは、思わずフウカを抱きしめた!
「フウカちゃん!」
「ひゃっ、ちょ、ミヤコ!? こんなときに……」
「うん、うん! でもね、あのね、そのまま聞いて」
「……?」
ミヤコは、フウカの形のいい耳にそっと囁く。
大事な宝物を渡すように、大切に、囁く。
「フウカちゃんがハミルトン伯爵家の人じゃなくても、どこの人でも、誰であっても。……私はきっと、フウカちゃんのことが大好きになってたと思う」
「~~っ!! なっ、はっ!!」
暗いので、ミヤコにはよく見えなかったけれど。
「は、はははははやく戻りますわよっ、ミヤコっ!!」
「うんっ!」
宝物を受け取ったフウカの耳は、真っ赤に燃えていた。
それを見ていたのは、もふもふ姿の水精霊で。
『にゃふ~、お熱いにゃぁ』
「っ、ちょっと、ウミっ!!」
「っ、ウミのこと忘れてた~っ!」
きゃあ、と二人して黄色い悲鳴をあげながら、もと来た道へと引き返す。
――手を繋いで、山道を駆け戻る。
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