5日目(夕):瘴気中毒と行商人の娘
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ちょっとした事件発生→次回+次々回で解決です!!
シャンリィの荷馬車に乗せられてやってきたのは、馬車でうんと走った村だった。
ミヤコの肩にはすっかり普通の猫の見た目にトランスフォームしたウミも乗っている。
途中、見慣れない女子二人組に興味深そうに視線を送ってくる村人が何人かいたけれど、それに構うことなくシャンリィは荷馬車を走らせた。
到着したころには、もう夕暮れが濃くなっていた。
「さ、もうすぐ到着デスヨーッ!」
普段のやたらと愛想のいい行商人の雰囲気はそこにはなく、とにかく。
――とにかく、シャンリィは焦っていた。
荷馬車は、ごく普通の民家の前で止まった。
「ここは……?」
「シャンリィのお家だヨ~」
「意外と普通ですわね、もっと――」
「大陸風のおウチかと思ったカ? それとも、もっと豪邸だと思っタ?」
ふたりが言葉に詰まっていると、によ~んとシャンリィは笑う。
しかしその表情には、やっぱりいつものような余裕はない。
「普通がイチバンね。目立つとお金持ち思われて、嫌な目に合うヨ~」
幼い少女のような見た目の、実年齢三〇才の敏腕行商人は言った。
なるほど、彼女なりの処世術なのだろうと、ミヤコは思った。
「さ、ここネ!」
通された二階の部屋。
おそらく寝室。
ドアを開ける前から、室内からは誰かが激しく咳き込む音がした。
それに、ぴくんと耳を動かしたのはウミだった。
『うにゃ、疫病の気配……っ。ミヤコ、フウカ、こっちに寄るにゃ!』
「う、うん?」
少女のようなその声に、シャンリィは反応しない。
どうやら、ウミの声は彼女に聞こえていないようだった。
『契約者とその家族には、ウミの声は聞こえるにゃ』
「か、家族……っ」
ぽっ、とミヤコの顔が赤らんだ。
『いくにゃ。……にゃごっ!』
ウミのしっぽが揺れる。
「ん……っ、守護膜っ!?」
「おお、なんだか心なしか元気にっ?」
ウミのしっぽの先からキラキラとした水色の光が、まるで雪のように広がる。
それを吸い込むと、なんだか身体が元気にというか、清浄になったような気分がする。
「むむ? 守護膜を使えるのデスね、さすがは白魔術使い~」
「え? あ、と、とーぜんですわっ!」
フウカが白魔術を使ったのだと勘違いしているシャンリィに、慌てて話を合わせた。
「じゃあ、お願いしますよ。白魔術師サマッ」
シャンリィがそう言って、ドアを開く。
そこには、ひとりの女の子がいた。
ベッドに横たわり、ひどく痩せている。
落ちくぼんだ目がこちらを見るけれど、その目に光は感じられない。
しきりにゲホゲホと咳き込んでいるのが、とてもつらそうだ。
「っ、これは…………っ」
フウカは、その様子を見るとすぐに何かに思い当たったようだった。
「あの、シャンリィさん。この子は」
「シャンリィの娘サンだネ。バリキャリのシングルマザーってやつヨ。昨日の夜から苦しみ始めて、全然良くならないヨ! 医者もよくわからないって言うネ!」
「そうですか……」
むぅ、とフウカは考え込む。
おそらくシャンリィは、数日前にフウカが令嬢のたしなみの一つとして白魔術の心得があるという話をしていたのを覚えていたのだろう。
白魔術とは、治癒や強化そして道具や薬の作成を主体とした魔術体系である。
かつて魔導師たちの祖のひとりである竜の末娘――大魔女ラプラスが確立した攻撃と弱体を主軸とする魔導を単に「魔術」と呼ぶのに対して、泉の聖女が得意とした魔導を祖とする魔術体系を便宜上「白魔術」と呼んでいる。
白魔術のなかでも、治癒術の分野に絞って技術習得をしたものを回復術士と呼んでいる。
薬の作成については、とくに貴族の令嬢のたしなみとされることが多い。
しかし。
(……こんな重病、王都の高名な白魔術師や回復術士を呼ばないとどうにもならないんじゃ?)
令嬢の「たしなみ」程度では、家庭内で起きるような簡単なケガやちょっとした体調不良には対応できても、目の前の少女のように寝たきりになってしまうような病に対応することなど、普通はできないのだ。
「これは……」
「う、うううっ、来るな、来るなぁっ!」
フウカが歩み寄ると、少女は急に苦しみだした。
「こらっ! このお方は白魔術のセンセイ!! 我がまま言うのはダメだヨっ!!!」
「シャンリィさん、いいんですっ! これは病気の症状ですわ」
慌てて制すると、シャンリィは渋々引き下がる。
そっとフウカが距離を取ると、少女の呼吸も落ち着いた。
門外漢のミヤコは、腕にウミを抱きながらその様子をじっと見守っているしかない。
何かを考えこんでいたようなフウカは、ウミにむかって低くつぶやく。
「…………、ウミさん。わたくしにかけている守護膜を解除してくださいまし」
『にゃ? 正気かにゃあ、伝染する病気かもしれないんだからにゃ!?』
「わかってますが、確かめたいことがありますの」
ウミは、フウカの剣幕に推されて、「ふにゃぁ……」とため息をつく。
同時にフウカを覆っていた、水色の光の幕が取れていく。
ベッドに歩み寄るフウカ。
今度は、まったく苦しむ様子がないシャンリィの娘。
その様子を、ミヤコはかたずを呑んで見守る。
「フウカちゃん……」
ミヤコは気づいている。
いや、知っている。
フウカは誰よりも責任感が強くて、本当は誰よりも優しい。
たとえば、病気の子どもを放っておくことなどできないのだ。
「……、この手触り」
フウカの手が、少女の頬に触れる。
「目の濁り」
続いて瞼。
「それに、この匂い……」
ふう、とフウカが息をついて、
「ウミさん。守護膜をお願いしますわ」
『にゃあ』
再び、水色の光に包まれる。
人間が長い詠唱の末に発動させる魔術と同じ効果を、偉大なる水精霊はふさふさのしっぽの一振りで発動させる。
心配そうに様子を見守っていたシャンリィに、フウカは言葉を選んで考えを伝える。
「わたくし、医術書は8冊ばかり暗記しているだけですが」
「ふ、フウカちゃん相変わらず努力がでたらめだ……っ」
「これは、自家瘴気中毒に間違いありませんわ。体内で有毒な魔力……瘴気が発生するようになってしまう魔力疾患ですの」
フウカは淡々と語る。
この病気のやっかいなところは、体内で瘴気が発生してしまうため、例えば治癒魔術をかけられてもその効果が得られない――それどころか、治癒の祝福がそのままに肉体へのダメージとなってしまうことだった。
ふつうの病気であれば、水精霊ウンディーネの水属性治癒魔法でたちどころに治せるはずだ。
しかし、先ほどの守護膜をまとった人間が近づいただけで苦しんでいたところを見ると――
「おそらく、症状もかなり進んでいて……このままでは、残念ながら娘さんは助かりませんわ」
「そ、そんナっ!!」
「おそらく、明日の朝まで持つかどうか」
「い、医者はそんなこと言わなかったヨッ!」
「とても珍しい症例ですので、診断を誤った可能性がありますわ……、治癒方法はひとつだけ」
はっ、と。
ミヤコはある可能性に思い至る。
「月光草?」
フウカは、こくんと頷いた。
月光草。
非常い珍しい高山植物で、万病に効果があると言われている。
フウカ曰く。
唯一、自家瘴気中毒に効果があるのが月光草なのだという。
「月光草なら、温泉に行く山道の途中に――っ!」
ミヤコとフウカは頷きあう。
シャンリィは、小さな手をきゅっと握りしめて二人を見つめる。
少なくとも――ちょっと強引なところがあるけれど、いつも元気で美味しいものを届けてくれる大陸から来た行商人を見捨てる道理はない。
絶対に。
「シャンリィさん、荷馬車を出してくださいっ!」
闇の中の山道なんて、きっと恐ろしいに決まっている。
モンスターだって出るかもしれない。
でも――。
フウカの手を強く握って、ミヤコは走りだした。
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