プロローグ ~正ヒロイン:ミヤコ~
十九才の誕生日。
この国では、「まだご結婚はされないの?」と訊かれるようになる年齢を迎えた朝。
地方貴族の末娘であるミヤコは、婚約者である上流貴族ラインハルト家の長男クラウスに呼び出されていた。
そして、告げられたのはたった一言。
「――婚約を、破棄することにした」
もとより、身分違いの婚約である。
ミヤコに、嫌だという権利はない。
「はい。婚約破棄とのご用命、ミヤコは承知いたしました……ごきげんよう、クラウス様」
一方的な宣告にミヤコは紅茶色の髪を美しく結い上げた頭を深々と下げ、ラインハルト家を退出した。
周囲の召使いたちからの哀れむような視線。
『せっかく、伯爵令嬢を蹴落として婚約されたのに』と誰かが囁く声がする。
ミヤコはそんな声に眉ひとつ動かさず、豪邸の前に停めていた馬車に乗り込む。
馬車が走る。
走る。――走る。
そして、ラインハルト家がすっかり見えなくなったころ。
ミヤコは肩を震わせて――叫んだ。
「いやっっほおぉおおうぅ!!!! これで自由だ~~っ!!!」
万歳、万歳!!
婚約破棄、万っ歳!!
これで自由だっ!!!
全力でガッツポーズ。――彼女は。ミヤコは、かつてこの世界にやってきた転生者である。
転生先であるこの世界は、やりこんだ乙女ゲームの世界。
夢中になってプレイしたのは遠い昔、社畜として日々自分をすり減らしていた夜。
『ああ、もうだめ』と思って眠りにつき、朝起きたらこの世界の十七才の正ヒロインとして目覚めていたのだ。
ご都合主義万歳っ!
「ふふふ……これで私の長年の野望が叶うわけでございますよっ」
ミヤコは特徴的な抹茶色の瞳を輝かせる。
ゲームをやりこんでいたミヤコにも、どうしてもフラグを立てられなかったキャラクターがいる。
そしてそのキャラクターは、ミヤコの心を奪った初恋の人でもある。
そのキャラクターを……彼女を攻略するために、今日まで必死に努力してきたミヤコである。
そう。
婚約破棄をしてもらうように。
「御者さん!」
「はい、なんでございましょう。お嬢様」
走る馬車の窓から身を乗り出し、馬を操る男に声をかける。
頬を撫でるひんやりした朝の風が心地よい。
いまからはじまる、心躍る毎日を予感させるようだった。
「行き先変更よ。急いで、フウカ・ハミルトン伯爵令嬢のもとへ!」
フウカ・ハミルトン。
それは、乙女ゲームプレイ中のミヤコの心をガッチリ掴んだ麗しき伯爵令嬢であり――
「フウカ様。絶対に、幸せにしてあげるからっ!」
――そしてこの世界の、悪役令嬢である。
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